第213話 ユナの舞台

 

 学校が終わり、私はモリー以外の従魔3匹と急いでクランハウスに戻った。


 今日の樹の日の夕方からユナの出る舞台をビアンカさんと見に行く約束をしているからだ。

 無事に従魔登録を終えたモリーはソルちゃんのところでお留守番。

 2匹はとても気が合うようで仲良しなのだ。


 とにかくビアンカさんに「うんとおめかしするから早く帰ってきてネ」と言われているから急いでいます。



「エリーちゃん、そんなに息切らせちゃって。そんなに急がなくてもいいのヨ。

アタシの準備は出来てるからネ」

「は、はい」


 ビアンカさんは裁縫室のソファに私を座らせて息を整えさせると清潔クリーンの呪文をかけてくれた。


「うふ、今日はエリーちゃんがいつもは嫌がるうんと甘い格好にするワヨ」

 そういって見せられたドレスは淡いピンク色にリボンとフリルがふんだんにあしらわれたドレスだった。


「何着せてもいいものネ。エリーちゃんは色も白いし、小柄で優しい顔立ちだからこういう甘いドレスの方が似合うのよ」

 そういってビアンカさんたち裁縫部の方々がにじり寄ってきた。

 3匹の従魔たちはビアンカさんに拍手している。

 私の味方、してくれないの?



「あの、でも」

「問答無用。アンタたち、エリーちゃんをひん剥きなさい」

「ひぃっ!」


 裁縫部のお姉さん方とモカとミラにひん剥かれ、私はお着替えさせられた。

 ビアンカさんはドラゴ君の目を抑えていた。

 一応、男の子だからね。



「うーん、薄茶色の髪でもいいけど短いから、カツラにしようか。

金か銀がいいワネ」

「銀にしたら?ぼくとお揃い」

「そうネ。じゃドラゴの案、採用」


 それで銀髪のカツラを被せられて、化粧もされるといつもの私はどこに行ったのだと思うくらいの化けっぷりになった。砂糖菓子みたいです。

 ビアンカさんの化粧技術、恐れ入ります。



 でも着替えただけでへとへとです。

 モカも似たドレスを着せてもらっていたし、ミランダもドレスとお揃いのリボンが首に巻かれていた。

 ドラゴ君は私のドレスに合うように、淡い水色を基調にしたスーツを着ていたし、ビアンカさんは白のフロックコートがよくお似合いです。


「さて行くワヨ。今日もアレーナにこのデザインのドレス売りつけるから、エリーちゃんはお姫様のように楚々としててネ」

「わかりました。営業頑張ります!」



 劇場についたら、私たちは裏口からアレーナさんの楽屋へ直行した。

「ヤダー。エリーちゃんたら、今日は一段とかわいいわ。

誰かぁ、トラウト呼んできてー」

「次の舞台は甘々ラブロマンスと聞いたから、うんと甘くかわいく仕上げてきたワ」


 脚本家のトラウトさんは、

「うぉ! 今回はネズミープリンセスみたいだ。女の子の夢だ。

 アレーナ、これはいけるよ~」


 すると、モカが私に合図を送ってきた。

 カ・ク・テ・イ

 確定か。ネズミープリンセスは向こうの言葉なんだな。


 その後の3人は次の舞台の話で持ちきりで、トラウトさんに話しかける余裕などなかった。



 それでビアンカさんに断って、ユナの楽屋を訪ねることにした。


 ユナは他の女の子たちと共同の楽屋だそうで、私がそのまま行こうとするとアレーナさんの付き人さんに止められた。

「あの楽屋は狭いからこのドレスだと入りにくいわ。呼んできてあげる」

「ありがとうございます」



 しばらくたつと、メイドの衣装に着替えたユナがやってきた。

「ユナ」

「えっ? エ、エリーなの?」

「うん。仮装みたいでしょ。アレーナさんの次の舞台用の衣装サンプルなの」

「……そうなんだ。すごいドレスね」



 ユナは恐る恐る私の着たドレスの生地を触ってみる。

「キレイ……」

「ビアンカさんの創意工夫が詰まったドレスだからね」

「エリーはこんなのしょっちゅう着てるの?」

「滅多に着ない。でももうすぐデビュタントが近いからいくつかサンプルドレスは着ることになるかもね」

 またあのカタログ撮影かとちょっとげんなりした。



「すごいよ。あたし、一生で1度でも着られるかどうかだわ」

「ユナ、あなたがアレーナさんみたいなスター女優になったら毎回着られるよ。

その時は『常闇の炎』に頼んでくれると嬉しいな」

「出来ると思う?」

「私には女優のことは全然わからない。

 でもユナはオーディションを受かったじゃない。チャンスがないとは思わない」

「……そうね」



「私はドレスに興味ないの。美しい布を縫ったり、刺繍をしたりする方が好き。

モノづくりが好きだから錬金術師に向いてるのね。

私がこの役目をしているのは、『常闇の炎』には人間が少ないからだと思うの。

 それと私はサイズが当分変わらないからもある」

「サイズが変わらない?」


「私、ダンジョン実習で大怪我したでしょ。

 あの怪我が元で成長がしづらいんだって。

 いつかは大人になれるって言われているけど、本当のところはそれがいつなのかもわからない」

「エリーのあの怪我、そんなすごいことになってたんだ」



 私がこの話をしたのは、ユナの目が前に私の顔の話をした時と同じ羨むような色が見えたからだ。

 だから全然羨ましいことではないと強調しなくてはならない。


「そうよ。だから一つのベースを使いまわして装飾を変えるだけで新作に見えるの」

「エリー、苦労してるんだ」

 はい。やっとわかっていただけたようで。

 しかも今は暗殺ギルドに狙われているかもなんだからね。

 だから私のことを羨まないでください。



「すごいね、エリーは。あたしは錬金術科、諦めちゃった」

「いい選択だと思うよ。これから女優になるなら必要なことはもっと他のことだもの。工芸は特にいらないよ」


「あたし、古代語の追試に落ちてもう一度試験をお願いに行ったら、レヴァイン先生に言われたの。

 やる気がないなら早いうちに錬金術科は外れた方がいいって。

 上位職だからこれから先もっとお金もかかるし、ダンジョンで素材を取りに行かないといけないし。


 でもやる気があるなら、再試験してあげるけどどうなんだって。

 あたし錬金術師の仕事は、お金になる以外何の興味もなかったから辞めたの。

 辞めたらもう二度とチャンスはないけど、それでもいいってね」


「うん」

「あたしはエリーになれない」

「ならなくてもいいんじゃない? ユナは劇場に入れる才能がある。様子がおかしいことに気が付いて助けてくれる仲間もいる。悪いことばかりじゃないと思うよ」


「ビアンカさんがね、あたしの地味顔は化粧次第でいかようにも化けられる。

 だから女優向きだって言ってくれたの」

「そうなんだ。ビアンカさんは演劇や舞台にすごく詳しいの。間違いないわ」


「あたしは頑張ってみる。あたしの道を」

「うん」

「今日は楽しんでってね。あたしエリーのために踊るわ」

「ありがとう、楽しみにしている」



 アレーナさんの舞台は楽しかった。

 ユナは照明の当たりにくい端の方にいたけど、切れのある踊りで他の子よりもきれいに見えた。

 ユナはあの心制御から立ち直ったようだ。


 素敵だよ、ユナ。

 これからもちょっと離れたところで応援してます。



 少しだけ心の重荷が軽くなりました。

 ヴェルシア様、お導きありがとうございます。



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 ネズミ―ランドは千葉にある夢の国の仮の名前で、そこにいるお姫様のようなのでネズミ―プリンセスです。



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