第206話 特殊個体のスライム


 休み時間になって、マリウスが話しかけてきた。

「エリー、聞いたか?」

「何を?」

「魔獣の卵、買わなくてもよくなったんだよ」


 何ですと? もう買っちゃったよ!

 私がびっくりしている間に話はどんどん進んでいく。



「マリウスは理由、知ってるのか?」

 アシュリーが尋ねる。

「なんでも学院の生徒に売った卵にスライムが出たからって聞いたけど」

「違うよ、マリウス。魔獣の卵にスライムが混じることは時々にあるんだ。ただ出た相手が悪かったのさ」

 魔獣に詳しい知人からきいたと、ジョシュが補足する。



「なんでもかなり有力な侯爵令嬢の卵からスライムが出たんだよ。それで大癇癪起こしたんだって」

「まさかミューレン様?」

 私がふと大癇癪でローザリア嬢を思い浮かべて言った。

「エリー、何で知ってるのさ? 噂聞いてたの?」


「知らなかった。私セードンで卵買っちゃったの。金貨20枚したよ」

 20枚と言ったのは市場での値引きの件はヒトに話さないという暗黙の了解があることをロブから聞いていたからだ。

「それは……辛いな」

 アシュリーがしみじみと言う。

 金貨20枚なんて孤児院のみんながひと月は食べられる。



「魔獣の卵が金貨20枚って安くない?

 僕も一応知人に値段を聞いてもらったら50~100はするって言われたよ」

「一度返品にあった卵なの。

 でもウチの子になるかって聞いたら、なるって言うから……」

「卵ってそんな返事かえすのか? 俺も今度聞いてみよう」

 マリウスがにこにこしていたが、ごめん。

 多分返事を返してくれてもわからないと思う。



 ジョシュはここから声を潜めて言った。

「しかもその侯爵令嬢、ヒステリーのあまりそのスライム逃がしたそうなんだよ。

 だから王都に野良スライムがどこかにいるんだ」

「スライムならすぐに退治できる」

「いくら本人がヒステリー起こしていても、その場にはお付きや護衛だっている。

 つまりそのスライムは特殊個体だったんだよ」



 特殊個体のスライム。

 そんなの逃がしたらダメじゃない。

 私がニールのダンジョンで戦った金属のスライムは、ハミル様の特別な採掘用ハンマーがなければ倒せなかったもの。



「でも特殊個体ならスライムでも当りなんじゃないの?」

 スライムのような知能の低い魔獣はテイム出来ないが、特殊個体は知能が高いのでテイム出来ることが多い。


「侯爵令嬢様のプライドにはそぐわなかったらしい。

 それで卵を売った業者に自分にふさわしい従魔を寄こせって言ってるんだって。

 でもその卵がどの魔獣商の卵なのかわからないんだそうだ」


「うへっ、大変じゃん」

「もう大騒ぎをして、あまりのことにルシウス殿下が王宮のフジノ師に卵の殻を鑑定してもらったそうなんだが、王都産だったそうだ」

「賢者まで出すなんてすげーな」

「それだけ強い魔力を持つ個体だったらしいよ」

 ホントにはた迷惑な話だ。



「そこで別の問題。卵はダンジョン産か、冒険者が捕獲してくる。

 なのにその卵は証明がなかったんだ。どういうことだと思う?」

「ダンジョンの証明がなかったなら、アランカかセネカの森産ってことか?」

「アランカもセネカの卵にも産地証明を付くんだ。冒険者ギルドのお膝元だからね。つまりそのスライムの卵はもぐりの卵だったんだよ」



 もぐりの卵を侯爵令嬢に売ったとなると、話が違ってくる。

 卵の販売責任を問われているんだ。



「結局、学院に売りつけた卵は全部回収。各業者が負担を受けることになったんだ」

「うわぁ、とんでもねぇな」


 うん?もしかして私が買ったのはその時の返品のせいなのかな?



 私が疑問を口に出して言うと、

「違うと思う。この話は2,3日前に出てきたんだ。

 卵の回収は業者の台帳と付き合わせて、調べるためのものなんだ。

 つまり今回収中なんだ。

 本来なら卵はまだ孵しちゃいけなかったんだよ。授業教材なんだからね。

 侯爵令嬢が先走って魔力を与えて無理やり孵したんだ。

 しかも自分の魔力じゃなく、家に仕えている使用人にさせていたそうだよ。

 僕はその方が問題だと思う」


 ジョシュはなにか汚らわしいものを見たかのような口調だった。

 あんまりよくないと思うけど、宿題を従者にさせる貴族と一緒じゃないの?



 うーん、もぐりの卵もよくないけどこれだけ卵の数を集めるために混ぜてしまったのかもしれないよね。

 でもさすがローザリア嬢。

 面倒なことはヒトにさせますか。


 それなら生まれてきたスライムが逃げてしまったのもわかる。

 彼女は主として選ばれなかったんだ。



「今は責任の所在がどこにあるのかの相談で大変らしいよ」

「だよなぁ」

「侯爵令嬢の納得する卵なんかわからないから、成体の魔獣を渡す話になっているんだって。なんでもグリフォンを持っているところがあるそうなんだ」

「「「グリフォン?」」」



 グリフォン? それってまさかエンドさん?


 その続きが聞きたかったが、魔獣学のザハロワ先生が来てしまって話が終わってしまった。

 この授業の内容はさっき教えてもらった使い魔を育てる授業が取りやめになったことから始まった。



 お昼はクライン様の給仕をしないといけないし、4時間目が芸術の授業でジョシュはマリウスと劇場へすぐに行ってしまった。


 エンドさんが来れば、モカがきっと大喜びだ!

 明日こそ絶対聞き出さなきゃ!



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 現代の食品の中に異物混入したら回収するイメージです。

 だから卵を返品しない人ももちろんいます。その場合も台帳の突合せには協力させられます。






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