第205話 従者としての初仕事


 今日から学校です。

 何だかちょっと行きたくないです。

 だって今日から私はクライン様の従者なんだもの。



 教会で朝の奉仕活動を終えて、私とドラゴ君はクライン様の執務室に行く前に食堂でお湯と茶葉、そしてミルクをいただいてきた。お金はもちろんクライン家がもつ。

 執務室にクライン様専用の茶器があるそうなので、それでお茶を入れるためだ。


 お湯の入ったポット、お茶の缶とミルクのツボををワゴンで執務室まで運び、ノックした。

「入れ」

「失礼いたします」

 中にはクライン様が座って仕事をされ、ダイナー様は側で手伝っていた。

 ドラゴ君は私が中に入ったのを見届けると転移して、部屋に帰っていった



「おはようございます。本日から従者としてお世話になります。

 どうぞよろしくお願い致します」

「おはよう、エリー君」

「おはよう、トールセン」

「早速ですが、まずはご依頼のモーニングティーをお入れしましょうか?」

「ああ、頼む。サミー、茶器の場所を」

「はい」



 教えてもらわなくても扉付きの食器棚が見えていたのだが、ダイナー様は首から下げていた鍵を取り出した。

「リカルド様の防衛魔法がかかった部屋ではあるが、入室の許しを得たものが毒を混入することもある。

この食器棚は俺がカギを管理するので必要があるときは言ってくれ」

「わかりました」



 私はダイナー様にそのまま尋ねた。

「今回は食堂から茶葉とお湯をいただいてきました。もしよろしければ目の前で沸かすことも出来ますけれどいかがいたしますか?」

 その方が毒物の混入を防げる。


「この部屋で出来ればあまりリカルド様と俺以外の魔法は使ってほしくないんだ」

「それはどうして?」

「リカルド様には聖獣であるソレイユ様が侍っておられる。

 ソレイユ様はあまり他の人間の魔力を好まれないからだ」

「エリー君、私の従魔は愛称をソルと言う。今は朝の散策に出ているんだ。

 そのうち会えるよ」

「ではお湯を温めなおしたいんですが、外でやってきますか?」


 私がそういうとクライン様が指をパチンと鳴らし、やかんの中のお湯が沸騰した。

「ソルが許せば使えるので少し待っていてくれ。もうじき戻ってくるだろう」



 私はお湯で棚から出した茶器を温めて、モーニングティーを入れた。

 目覚めに良いブレックファーストという濃い味のものだ。

「ミルクや砂糖はいかがいたしますか?」

 食堂にリカルド様に出すと言ったら本物の牛系魔獣のミルクをくれた。

 こんな貴重品があの食堂に用意されていることに驚いた。

 余ったらウチの従魔たちにもらってもいいだろうか?

 あとでダイナー様に聞こう。


「リカルド様は朝のお茶には砂糖2つとミルクを入れられる」

 それで砂糖とミルクの壺も用意する。

 私はミルクを温めない派だが、クライン様はどうだろう?


「温めなくてよい。冷めてすぐに飲めるから」

 私が聞こうとしたら、クライン様はこちらに顔を向けずに答えた。

「温めるのには魔法がいるからな」

 ダイナー様がそっと私に言ってくれた。


「あのー、今回初めてでしたので『常闇の炎』のマドレーヌをお持ちしました。

お召し上がりになりますか?」

「ああ、いただこう。サミーの分もあるかい?」

 もちろん、お二人のお茶を入れていますので。


 今後も必要ならばお菓子を用意すると伝えると、そのうち頼むとのこと。

 残念、営業失敗です。



 私はお茶を入れてテーブルを設えると、お二人は優雅にお茶を飲み始めた。

 しまった……。もうちょっと早く来ればよかった。

 だってあと15分で授業開始なんだもの。


 5分前になったらお声を掛けようと思ったら、ダイナー様がいつも時間をチェックされているようでお二人は5分前にはすっかり飲み干して教室に向かわれた。

 私はその後クリーンの魔法をかけて食器を片付けると、自動的に鍵がかかった。

この食器棚は魔道具だった。間違えて入れ忘れないようにしなきゃ。

 

 いけない! あと3分。

 ワゴンを返せない!



 それで本当に申し訳なかったがドラゴ君にお願いして、食堂にワゴンを返してもらった。

 明日はお二人がお茶を飲んでいる間にワゴンを返しに行けばいいのだ。


 とにかく遅刻しないように私は教室に走った。

 ああ、やっぱり従者なんて面倒くさい!



「みんなおはよう」

「「「おはよう」」」

 なんとか時間内に教室に滑り込むとジョシュとアシュリーが声を掛けてくれる。

「エリー、大丈夫?」

「ギリギリだ」

「お疲れさん、昼は俺も一緒に行くから手伝うぜ」

 マリウスも私をねぎらってくれた。



 マリウスも仮だがクライン家の騎士見習いになっていることが公表された。

 冬休みの間にマリウスが泊めてもらったヴォイス家はダイナー家と同じくクライン家に代々仕える騎士の一族で、その家にいる間に見習いになったということになっている。


 本当はマリウスの悪魔憑きを見張るためであったのだが、マリウスが懸命に訓練をしたせいかとても気に入られたという。

 今では首の聖属性の印は薄くなっていて、包帯を外してハイネックシャツになっていた。

 これは手紙をもらっていたので知っている。



 ジョシュも、アシュリーも変わりなく元気そうだ。

 変わったのはドロスゼンがいないことくらいか。



 ドロスゼンと仲の良かったティムセンさんはロイドさんとは少し話すだけで相変わらずだが、姫騎士志望のサスキア様と仲良くなったみたいだ。

 サスキア様はいつも男言葉だけれど、案外可愛いもの好きでティムセンさんの持つ小物に目を止めたらしい。

 2人でニコニコ笑っている。



 みんなの様子を観察している間にカイゼル先生がやってきて、社会の授業が始まった。




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