第204話 バート・ディクスン


 ロブとの食事から家に戻ると夕食時に母さんに首尾は?と聞かれた。

 何の首尾?

 モカが上々よと答えると、父さんの顔が青ざめていた。


 何のことか聞くと、デートがうまくいったかという話で母さんとモカで父さんを揶揄からかっただけだった。



「ロブと私は友達なの。テイマーの先輩で私の知らないことを色々教えてもらえて、とっても楽しかったよ」

 すると父さんはますます顔をしかめた。


「もう呼び捨て……」

 そりゃあ友達なんだから普通でしょ? 違うの?



「トールったら。エリーはまだ子供なんだから心配しないの」

「でもこういろいろ教えてくれる尊敬できる奴って、恋に変わったりしないか?」

「そうなったら、それはそれでいいことじゃない」

「ロブはすごいハンサムだったよ。紫の目がキラキラしてた」

 そういう恋愛話なんかに入らないドラゴ君の一言に父さんは頭を抱えた。


「俺の宝が嫁に行ってしまう……」

「もうトールには私がいるでしょ。娘離れはちゃんとしてよね」



 父さん……、本当にみんなただ揶揄からかってるだけだから。

 大丈夫だよ。



 みんなで寝支度して、ベッドに入ろうかと思ったときに、モカが私に言った。


「エリー、あの子バート・ディクスンよ」

「バート・ディクスン?」

 誰だっけ?

 えーっと、そうだ! 乙女ゲーム『この愛を君に捧ぐ』の攻略対象だ。



「ホントに?」

「そうよ。ロバート・ディクスン。だからロブね」

「ディクスンってあの王都、ううん、この国最大の商人の息子ってこと?」

 モカは頷いた。



「じゃあモカ会えてよかったね。

 確かに攻略対象だけあってすごいハンサムだったよね」

「そうだけど、そうじゃないのよ」

「何が?」

「私の話を覚えていないの?」



 モカの話?

 確かバート・ディクスンはチャラ男で女遊びの激しいタイプだった。

 そうそう、12歳の時に初恋の女の子をバートの従魔が嫉妬で死なせてしまったんだよね。

 それで人を好きになっても無駄だと思って、女の子と適当に付き合うようになったって話。

 その心の傷をヒロインさんが癒すんだっけ。



「覚えているよ」

「つまり初恋の女の子を嫉妬で殺す従魔って、シーラのことだよね?」

 シーラちゃんが?


「そんなことないでしょ。私にもすごくなついてくれたし。温厚なシーラちゃんが人殺しをするとは思えない」

「でもエリーの買った卵をバートに買わせないようにしたんでしょ。

 嫉妬深いんだと思う。ギーブルの基本性格はそうだよ。

 愛情深くて信頼する分、囲い込みたがるの」

 確かに私を持って帰ろうともしてたな。


 でもどう考えても、シーラちゃんがそんなことするとは思えない。



「モカの心配しすぎじゃない?」

「エリー、わかってないのね。バートの初恋の人をシーラがこれから殺すの。

 昼間言ってたでしょ。12歳になったばかりだって。

 ヒトを殺したらシーラは討伐対象よ。

 シーラに引導を渡すのはバートなのよ。

 バートはその件でテイマーを辞めてしまうの。

 そのことも彼に女遊びに走らせるきっかけなの」



 ロブがシーラちゃんを殺す? ありえない。

 でも従魔が討伐以外でヒトを殺してしまったらそうしないといけない。


 私はモカやミランダを殺さなければいけない事態を思い浮かべてみた。

 ダメだ。絶対に殺せない。

 魂が引き裂かれるほどつらい。


 しかもロブとシーラちゃんは心話でつながっている。

 その喪失感はもっとすごいだろう。



「どうしよう、そんなの絶対ダメだよ」

「だからあたしたちでロブの初恋の人を守りつつ、シーラに人殺しさせないようにしようよ」

「うーん、ただの妄想ならいいけどそうじゃなかったら困るもんね。やる」

「ドラゴ君とミラも手伝って」

「ぼくの使命はエリーを守ることなんだけど。

 でもシーラはぼくのお嫁さんになるかもしれないし、やってもいい」

「にゃー!」



 それで私たちは作戦会議に入った。

「それで何から始めるの?」

「まずエリーはバートともっと仲良くなるのよ。それで彼の初恋の女性を聞きだすの」

「えっー! そんなの難しいよ。ユナみたいに打ち明けっこしようって言うわけ?」

「その辺なんとか考えて」

「全然思いつかない。私恋愛に興味ないし」


「それぼくの方が適任かも」

「そうなの?」

「シーラに聞けばいい。シーラならロブのすべてを知っている。話すなって言われていれば話さないだろうけど初恋の人ぐらいなら教えてくれるかもしれない」

 うん、私が聞き出すより絶対いい!



「だけどエリーがロブと仲良くするのは絶対だよ。ぼくだけでシーラに会いに行きにくいから。シーラに婚約したと思われても困るし」

「そうね。でもドラゴ君とシーラちゃんが婚約したら、嫉妬で初恋の人を殺さないんじゃないかな?」

「エリー、995年後とはいえぼくの将来なんだけど」

「ごめん、そうだね」


 995年後なんて全然思い浮かばない。

 ドラゴ君もシーラちゃんもそんなに長く生きるんだ。



「ねぇ、モカやミランダもそんなに長く生きるの?」

「うーん、あたしわかんない」

「みぃ」


「ティーカップ・テディベアで50年。ケット・シーは個体差があるけど数百年は生きるよ。もちろんギーブルなら数千年単位」

「カーバンクルも?」

「種族の秘密だから言いたくない」

 でももうすでに130年以上生きてるって言ってたもんね。つまり生きるんだ。



「ええっ! あたし50年しか生きられないの?」

「モカは腐っても生きてるし、聖獣だから大丈夫なんじゃない?

 殺しても死なないタイプだよ」

「いったいあたしのこと、何だと思ってるのよー!」


 うん、このやり取りを聞くととても平和に感じる。

 あんまり不安に思うのはやめよう。



「とにかく私はロブと仲良くなってシーラちゃんに殺人をさせないこと。

後はおいおい考えようよ。それでいい?」

「「「オー!(みゃー)!」」」



 みんなで一致団結して、シーラちゃんを救うんだ。

 何もなければそれはそれでいいもの。



 ヴェルシア様、私たちをどうかよき方向にお導きくださいませ。

 


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バートルートの話は初出です。

 一冊の小説を読み聞かされているようだったという一文しかありませんので、読み返さなくて大丈夫です。

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