第196話 ホーリーナイト


 試験が終わっても私はまだまだ忙しかった。


 まず資格試験は貴婦人のドレスを縫える1級裁縫師試験に落ちたから、今は皮革裁縫師の勉強をしている。

 なぜかって?

 モカがスケート靴を欲しいと言ったからだ。



 モカは向こうの世界でフィギュアスケートというものをしていたらしい。

 スケート靴自体はこちらにもあって先代勇者のユーダイ様が作ってくれていた。

 きっとモカが転生してきたらやりたがるって分かっていらしたのだ。

 でもフィギュアスケート専用のエッジではなかったらしく、改造するように絵を描いてくれた。



 それでもモカはティーカップ・テディベアなので、人間用の靴はとても履けない。

 だから私用とドラゴ君用で靴の作り方をマスターして、クマ用にアレンジするつもりだ。エッジの方はクランの専門家にお任せしました。

 とにかく必死で作っています。

 それもこれも、セードンでの冬休みを目一杯楽しむためなのだ。




 年末に勇者の国で大事にされるホーリーナイト(クリスマス)という行事がある。

彼らの偉業を称えて行われる大聖堂での礼拝に、私も奉仕活動で楽士として参加しなきゃいけない。

少しお預けを食らうけど、それでも残り10日程は遊べるもの。







 12月24日。

 今日、大聖堂カテドラルでホーリーナイトの礼拝が行われる。

 レオンハルト様の許可を得て、関係者控室に従魔を連れてきていいというので3匹も連れてきた。

 他の方の従魔たちもいて、一緒の気持ちなんだなと嬉しくなった。


 だっていつも一番側にいてくれるのは従魔たちなのだ。

 特に学生だとそうなってしまう。家族はあちらの正式な招待席に呼べるしね。



 今回の3匹はマスターのお手伝いで、どこかの大掃除をしたらしい。

 だからねぎらってあげなくては。



 私のスペースに連れて行くと3匹は私のプレゼントした色違いのマフラーをして、かしこまって座っている。


「じゃあみんな、1時間半ほどだけどここで聴いていてね」

「うん、モカとミラのことは心配いらないよ」

「クマー」


 ちょっとモカが不満そうに鳴いた。

 モカが私の沈黙の魔法を破ってしまったので、人語だけ話せないようマスターに魔法陣を描き替えてもらったのだ。

「あたしだって大人しくできるわよ」と言ったに違いない。



「じゃ、行ってくる」

「頑張ってねー」

「クマー」

「にゃーお」



 ホーリーナイトの礼拝の開会宣言はなんと国王様が自らがなされた。

 国教会に教皇がいらっしゃらないときは、国王がすることに決まっているのだ。


 そばに、エドワード殿下やディアーナ殿下のお姿も見える。もう一人知らない少年はシリウス殿下だろう。



 その少し離れた後ろに、20代くらいの一人のとても美しい男性が座っていた。

 金髪に緑の瞳。

 そうだ、間違いない。

 この方がハミル様。私に白のお道具箱を下さったお方。

 王都三大美男の1人で、私が似ていると言われているお方。

 似てるかな?全然違うような気がする。



 大聖堂は私がいつも通う教会よりも数倍大きくて、神の祭壇の前に合唱団が並んでいても狭苦しいということはなかった。

 私も楽士として舞台の上にいるが合唱団の端っこの後ろになる部分にいる。

だから私を見つけることは余程探そうとしなければわからないだろう。



 レオンハルト様のパイプオルガンの演奏から合唱が始まる。

 ソプラノ、アルト、テナー、バス。

 女性と男性の声が混ざり合い、重なり合い美しい響きをもって神を称える。



 そして、まるで女神のように美しい聖女ソフィア。

 彼女は祭壇の少し高い位置に立ち、その歌声はまるで煌めく星のよう。

 こんなに立派ですばらしい人が私の友達なんてとても誇らしい。

 彼女の歌声が響くたびに教会がキラキラと光に満ち溢れて、聴いているみんなの顔に喜びがあふれていた。



 私もフルートのソロがあり、とても緊張した。

「緊張を乗り越えるには、練習あるのみ!失敗できないくらい体に叩き込むのだ」

 レオンハルト様がいつも以上に厳しかったが、おっしゃる通りだった。

 実際本番になると頭の中が空っぽになって、いつも通りにしか吹けなかった。

 だからいつもを最高の状態に仕上げておく必要があるのだ。



 そして最後に神の祝福として、クライン様の聖獣フェニックスが光をまといながら教会中を飛び回った。

 50センチほどある大きな体がソフィアの腕輪に止まると彼女は微笑んだ。

 それはとても感動的で光輝いていた。

 見ているだけで涙が出てきた。



 なんて素敵なホーリーナイト。

 父さんと母さんも呼んでおけばよかった。

 来年も参加させてもらえるなら、是非呼びたい。

 ああ、母さんは出奔中だった。

母さんの家族に見つかってはいけないのだ。残念。



 礼拝が終わってクランハウスに戻ると、従魔3匹がニマニマして私を食卓へ連れて行った。

 もう遅いから私たちだけしか食べないのに、ご馳走はきれいに盛り付けてあった。

 その中にひと際大きなコッコのローストチキンが目に入る。



「このコッコ、僕らが捕ってきたんだよ」

「中身はリンゴなの」

 でもアタシたちの採ったのとは違うのとみんなちょっとしょげていた。

 どうしたんだろ?



 でも気を取り直したのか、3匹は声を揃えて言った。

「「「召し上がれ!(にゃー!)」」」

「ありがとう、これを用意してくれてたの?すごく嬉しい!」



 3匹のチキンはジューシーでやわらかくて、中のリンゴの甘みと肉の塩気が混ざると得も言われぬ味わいだった。


「とっても美味しい!みんなありがとう」

 3匹がえへん!と言わんばかりに胸を張ってドヤ顔(ハルマ用語です)した。




 食事が終わると、私が新しく作った緑の外套を着て荷物を詰めたカバンを持って外に出た。

 マスターがセードンまで私たちを送ってくださるのだ。



 この外套はスケートをするときにとても寒いし、ミランダのスケート靴は作れなかったので、彼女専用の胸ポケットを作ってある。

 私がこれを着ると、ミランダはスポッと胸ポケットに収まった。

 ちょうど顔の辺りが見えるように窓を作ってあるのだ。


「ミラ、苦しくない?」

「みにゃ~」

 ふふ、嬉しそう。



 モカを抱いたドラゴ君と手をつないでクランハウスの庭に出ると、大きなトナカイを付けたそりの側でマスターが待っていた。

 モカがマスターの胸の中にポンと飛び込む。



「お兄さん、赤い服じゃないの?」

「おいおい、俺はサンタクロースじゃないからな。でも代わりにフライングレインディアートナカイのそりは用意したぞ。エリー、ドラゴ、ミランダ。後ろに乗ってくれ。萌香はどうする?」

「そうねぇ、お兄さんといる」

「わかった。危ないから俺のコートの内側に入ってろ」

 マスターがモカをマフラーでくるんで落っこちないようにしてコートの胸元に突っ込んだ。



 私たちがそりに乗ると、肩と膝を毛布でくるんで軽くバンドで固定された。

 ミランダ入りのポケットを外が見える位置にずらしておく。

「落ちるといけないからな。1時間もしないでつくから我慢してくれ。苦しくないか?」

「大丈夫です。苦しくないです」


 マスターはにっこりして、

「じゃあ、出発だ」



 トナカイたちは走り出し、クランハウスの庭から空へするりと浮かび上がった。

 月の側まで空高く飛び上がるそりから見ると、いつもはあんなに大きいと思っていた王都がとても小さく見えた。


 風を切る感覚が冷たいけれど爽快だった。

 モカがキャハハと笑う。

 私たちも楽しくなって笑う。


 誰にも出会わず、邪魔されない空の旅は揺れもしないし快適で、1時間どころか30分くらいでセードンについた。



「あっという間だったね」

 もっと飛んでいたいぐらい。

「さぁお前ら存分に楽しんで来い。エリーはしっかり英気を養ってくるんだぞ」

「はい!わかりました」

「ドラゴ、みんなをちゃんと守れよ」

「ウィル様、まかせてよ」


「萌香は目立って売り飛ばされるなよ。ミランダは萌香を見守っててくれ」

「にゃ~」

「なんかあたしだけ内容が違う気がする」

「モカはそれだけ狙われやすいの。そろそろ喋らないでね」

 モカが頷く。



 トナカイのそりは音もせず、父さんと母さんのいる店に到着した。外から覗くと父さんがいた。

 手紙で母さんも戻ってきたって書いてあったもの。奥にきっといるんだ。



「マスター、それじゃあ行ってきます」

「ああ、行ってこい。俺は転移で帰るから見送らなくていい」

 そう言って、本当にすぐ転移されてしまった。



 私はドアに飛びついて開けた。

 父さんが驚いて私たちを見る。


「ただいま!」



 待ちに待った冬休みがやっと私にも訪れたのだ。



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 従魔たちがローストチキンをどのように用意したのかは、下記のSSに掲載しています。後編も読んでくれると嬉しいです。


「Holy night」


前編)

https://kakuyomu.jp/1177354054893085759/episodes/1177354054893085991


後編)

https://kakuyomu.jp/1177354054893085759/episodes/1177354054893086337





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