第七章

第197話 ホーリーナイトの報告会


 セードンでの我が家はニールと変わりなく、私たちを迎えてくれた。



 父さんがもうすぐ日付が変わるというのにこんなに遅くまで店を開けていたのは、ホーリーナイトの夜間礼拝の後に、パンを買いたいという予約があったそうなのだ。

「マリアが1人だから奥で相手してくれるか?絶対喜ぶぞ」

「うん!」


 居間で私たちを迎えてくれた母さんは護衛の仕事を終えたばかりだったはずだが、怪我一つなく相変わらず美人だった。

 嬉しくって抱きついたら、母さんは少し涙目だった。

 私たちは最近ちょっぴり泣き虫になったよね。



 父さんも接客を終えて店を閉めたので、改めて家族だけのホーリーナイトのお祝いだ。でも食卓を見るとあまりご馳走ではなかった。


「エリーが明後日来ると思ったから、それに合わせてご馳走にしようってトールと決めていたのよ」

「マスターが送ってくださったの。昨日決まったから驚かせようと黙っていたの。

 ごめんなさい」

「いいんだ。こんなに早く帰ってくれるなんて最高のプレゼントだよ」


「そんなこともあろうかと、じゃじゃん!」

 私は従魔3匹が私のために取ってきてくれたローストチキンの残り物をマジックバッグから取り出した。


 だって2メートルくらいあるコッコの丸焼きなんて、いくら何でも一人で食べきれない。

 それで残ったチキンをルードさんがきれいに包んで持って帰るようにしてくれていたのだ。

 従魔たちが誇らしげにドヤ顔(ハルマ用語です)している。



 父さんと母さんがローストチキンを食べて、落ち着いたころを見計らって、私はティムセンさんのお店で購入したペンダントを2人に渡した。


「エリー!こんな高価なものを。一体どうしたの?」

「あのね、私と友達で魔獣を討伐したの」



 それでセネカの森でヒヒと会ったことやドラゴ君とジョシュの活躍で討伐出来たことを話した。

 ユナの心制御やマリウスの悪魔憑き、ドロスゼンの逃亡の話はしなかった。

 それはクライン様との契約に基づき、話してはいけないとされていたからだ。



「エリーにそんな凄腕の友達がいるのね。それは喜ばしいことだわ」

「うん、すごく助けてもらってるよ。それで少しお金が出来たの。

 手紙にも書いたけど怪我の代償は、私が将来発明する魔道具の特許料で支払うから大丈夫なのよ」

「それでもねぇ」

「むしろお金では支払えないの。

 お金に困っていると思われるとクランの秘密を売れって悪い輩が近づいてくるからって。

 私はこれからもじゃんじゃんお金稼ぐから、これは父さんと母さんにもらってほしいの」



 じゃんじゃん稼ぐあての1つは、クライン様の学校内での従者になることだった。



「その方、王の近習になられるお方よね。そんな方にお仕えして大丈夫なの?」

「近習って国を動かすトップってことだよな。エリー、そんな人に気に入られてしまったのか?」


「うーん、気に入られたというより仕方なくって感じかな。

 彼のせいで私は学校で苛めを受けてしまって、名誉を傷つけられてしまったの。

 だから変に同等の同級生と言う立場よりも、もう従者にして身分は下にしてしまった方がいいと判断されたの。


 それにクライン様には私に手を出さないって誓っていただいたの。

 彼は私を殺すことも愛人にすることも出来ないし、そうしようとしたらペナルティーがあるの。

 他の生徒もこのことをみんな知っているから、もう苛めは起こらないんだ。

 起こした人間はクライン様と敵対することになるから」



 それを聞くと父さんと母さんは不承不承だが、了承してくれた。

 そうだよね。本当は私が暗殺ギルドに狙われているかもしれないことを端折っているんだもの。

 変だと思うよね。



「それにこれは学校に通っている間だけなの。

 私は国への奉仕活動を終えたら『常闇の炎』に入るし、貴族とは付き合わない。

 マスターや他の幹部の方々もみんな素敵ないい人ばかりなの。

 モカもエンドさんが見つかっても『常闇の炎』にいるって言ってくれてるし、

私たちはずっと一緒にいられるの」

「エリーは乗合馬車でその人たちに出会えて、本当に良かったんだな」

「そうよ。私は本当に助けてもらっているの」



「エリー」

 母さんが私をそっと抱きしめてくれた。

「私たちはね、あなたが元気で幸せにいてくれることが一番の贈り物なの。

 でもこのペンダントは2人で大事にするわ。ありがとう」

「うん」

 しっかりと抱きしめてくれる母さんは暖かくて、とても安心できた。



「父さんたちもみんなにささやかなプレゼントがあるぞ」

 父さんはホーリーナイトのことは本で読んでいて、お祝いをするということしか知らなかった。

 でも王都に近いセードンではプレゼント交換はしているそうで用意してくれたのだという。



「これだ!」

 渡されたのは短めの釣竿だった。

「こちらではな、スメルトっていう小さな魚を釣ってその場で揚げて食べるのが人気あるんだ。だからみんな用に釣竿を買っておいた」


「そうなの?やりたい!ありがとう、父さん、母さん」

「おじさん、おばさん、僕ら3匹の分までありがとう」

「みにゃー」

「ありがとう。スメルトってワカサギ釣りよね。すごくおいしいのよ」


 モカは前世でやったことがあるんだという。

 スケート以外の楽しみが増えました。



「母さんの引っ越しの方はどうだったの?」

「たいして話すことはないわ。ニールまでの護衛の仕事はなくてカーレンリース領に行く商人の護衛をしていたの。

 私以外にも夫婦ものの冒険者と4人組の若い男ばかりのパーティーがいたわ。

 私が一番ランクが上で男たちがこの仕事終わってもパーティーを組もうってうるさかったわね。すぐに黙らせたけど」



 その様子は見なくても想像できた。

 母さんは子持ちの主婦にも30歳にも見えないし、普通にしてたら淑やかな美女だもん。

 私だって母さんに冒険者としての修行をしてもらわなかったら、Aランクだと思えなかっただろう。



「父さんの代わりにパン屋やっててくれた人とはどうだったの?」

「交渉決裂。だから権利は商業ギルドに売ったわ」

 母さんが思い出して嫌そうに顔をしかめる。無茶なこと言われたのかしら?


 後で父さんに聞いたら、私と父さんを捨ててそのおじさんの愛人にならないかって言われたそうだ。そのとき父さんの悪口を相当言ったみたいだ。

 まぁ母さんほどの美女ならそういう声がかかることもわかるけど。

 私たちから母さん取ろうなんて、やな感じ!



「それよりも向こうの冒険者ギルドがね、私がこっちに移るのを嫌がっていたわ。

数少ないAランクだからね。

 前にエリーがお世話になった……えーとハルマだっけ?

 あの子が王都で大活躍らしいの。優秀な人材が流出してるからって本当にしつこかったわ」

 ハルマさん、勇者かもしれないのに……大丈夫かな。


「でも私の家はトールとエリーのいるところだから、いくらお金を積まれてもね」

「うん、帰ってきてくれて嬉しい」

「上位貴族が絡んでいるのは嫌だけど、エリーのいじめ問題が収まるならそれに越したことはないわ。でも働き過ぎじゃない?」

「ドラゴ君、モカ、ミラが助けてくれるの。だから大丈夫よ」



 3匹は私の知らないところで大活躍だ。

 彼らが狩ってきてくれる魔獣の素材が増えて最近は売るほどにもなっているのだ。


 しかもモカが育ててくれる薬草の効能も高くて、私の薬は薬師ギルドで高い評価を受けて薬師のランクがCに上がってしまった。

 実力じゃないと思うんだけどドラゴ君が、

「下手な薬師が作ったらいくらモカの薬草でも効能が下がるんだ。だからエリーの実力だよ」


 そう言ってもらえるとちょっとだけ自信をもっていいのかな?



 私の能力が上がればもっと『常闇の炎』に貢献できる。

 商業ギルドなんかに邪魔されないで済む。

 これは穏やかな私の将来のための一歩だ。



 ヴェルシア様、お導きありがとうございます。





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