第178話 マルト・ドロスゼン


 ロイドさんが立ち去った後を見たら、ハンカチが一枚落ちていた。


 K.L.とイニシャルの刺繍が入っている。

 Kimberleyキンバリー・ Loydロイドで間違いないだろう。


 教室で返すか、事務局に預けるか迷ったが、校庭を歩くマルト・ドロスゼンを見かけたので彼女に渡すことにした。



「ドロスゼンさん、待って」

 彼女は振り向くと、声を掛けたのが私だったのに驚いたようだった。

「何か御用かしら?」

「あの、これロイドさんのハンカチじゃないかと思うんだけど」



 彼女はハンカチを手に取って見たが、

「そうかもしれないけど、確実ではないわ。どうして彼女のだと?」

「さっき少し話しかけられてその後に落ちていたから」

「そうなの?キムと何を話したの?」

「えっ、噂話?みたいな」

「質問に答えていないけど」


「ロイドさんに聞いて。

 私だったら友達が私の話したことを他人から聞いてたら嫌だから。

 どうして私から聞かないのって思うもの」

「あなたって本当に優等生なのね」と吐き捨てるように言われた。

「そうかな?ドロスゼンさんほどではないと思う」



 彼女はフンと肩をすくめて面倒そうに、

「ハンカチ、預かりましょうか?」

「いいえ、学校の事務局に渡すわ。親しいあなたが見てもわからないんなら違うかもしれないし。時間取って悪かったわ」


 私がそういうと彼女はそのまま去っていった。



 よそよそしいけれど、特別敵意があるようにも思わなかった。

 でも私の返事に気を悪くしたのかもしれない。

 噂話ならそれくらい言えばいいのにと思ったのかな。

 でも噂話が元になった誤解としか言いようがない。言うと余計広めるような気がして言いたくなかった。



 お昼休みにいつものように校庭でお弁当を食べながらマリウス、ジョシュ、アシュリーに今朝あったことを伝えた。


「へぇー、ロイドってそういう子だったんだね」

 ジョシュが頷いているとマリウスが聞いてきた。

「でもよぅ、エリーんとこのクランマスターっていったいいくつなんだよ」


「はっきりと伺ったことはないんだけど、50年はクランマスターしてるから、70歳はいってるんじゃない?魔族だからとても長生きなんだそうよ」

 本当は130歳以上だけど、公式に分かっている年齢だとこうなる。

「60歳差か……、考えもできない」

 アシュリー、それ普通だから。



「クランのヒトに聞いたんだけど、ロイドさんのお父さんがマスターのことを気に入っていて婿にしたいみたいなの。その影響じゃない?」

「じゃあさ、同じクラスのカロンって魔族だろ。あいつもそんなに長生きなのか?」

 人当たりのいいマリウスでも彼と話をしたことはないらしい。


「わからない。魔族にも段階があって、それによって能力や寿命も変わってくるの。カロン君は俊敏性と闇魔法が得意だよね。強い魔族かもしれない」


「カロンって頭もいいよね。苗字もあるし、魔族としてなら貴族なのかな?」

 ジョシュは、人間の貴族には姓があるから、魔族もそうなのかと思ったみたいだ。

「ウチにいる魔族の皆さんは姓がないか、呼ばないようにしてるみたい」



 そう思ったのはビアンカさんのことだ。

 ビアンカさんは元から男性だけど女性として過ごしてきたヒトじゃない。

 こないだの劇場へ行った時の振舞い方で分かった。


 本当はずっと男性として過ごしてきて、何かがあって今のビアンカさんになったんだと思う。

 そうなるとビアンカという女性の名前ではなかったはず。



「私聞けない。冒険者はね、本人が自分から言わないことを聞いてはいけないの。

 特に身元とか過去とかはね。それが鉄則なの」

「ああ、聞いたことがある。ごめん」



「ドロスゼンさんも特別変ではなかったけど、ユナのことは聞けなかった」

「そこは聞いてほしかった」

「ごめん、アシュリー。何というか悪い感じはしなかったんだけど私とそんなに話したくなさそうというか、クラス委員だから仕方なく話すって感じで聞きにくかったの」


「クラスメイトだぜ。吐き捨てるように言うなんて充分感じ悪いけどな。うん、このハム旨い!」

 マリウスがお弁当のハムに舌鼓を打つ。

 それを見てモカがえへんと胸を張った。


「それ、モカが取ったオークなの。肉に味付けしていい香りのする木で燻製にしたら出来るのよ。褒めてあげて」

「おう、モカ偉いな」

 そう言ってハイタッチしていた。

 マリウスって、意味知らないのに順応性が高いな。



「オークってどこに出るんだ?俺も狩りたい」

 孤児院の肉不足が深刻なアシュリーが呟く。

「どこなの?ドラゴ君」

「うーん、ぼくが適当に転移したところなの。人間は連れていけない」


「お肉、寄付しようか?どのぐらいいる?」

「くれるだけと言いたいが、保管庫がないからジャイアントラビットなら1羽いればいい」

「こないだモカの倒したのがいるからそれを持っていくよ」



 ジョシュがじっと考えて、

「僕らも行かないか?マリウス。アシュリーのところの孤児院」

「別にいいけど、なんで?」

「ユナの普段の様子見ておいた方がいいんじゃないかと思って。ただエリーはあの子と接触を控えた方がいいだろ?その間、僕らが相手するんだ」

「なるほどな。いいぜ」



 ジョシュの観察眼とマリウスの人当たりの良さなら、なにかユナから聞き出してくれるかもしれない。

 それに期待しよう。



 ヴェルシア様、私ドーン孤児院へ行ってきます。





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