第177話 キンバリー・ロイド
古代語の授業の時にちらりとユナを見てみたが特別大きな変化は見られなかった。
ただ宿題の精度が1学期に比べて甘いって感じはする。
でもちゃんとやってきているし、アシュリーが言うほどの無気力な印象は見られなかった。
私は別のことを考えていた。
もしユナが洗脳なり、魅了なりを受けていたとしたら、私はユナとまた仲良くなれるのだろうか?
ユナが望むなら話をしたり、勉強を教えたりはするかもしれない。
でも、前のように秘密を打ち明け合うなんてことは出来ない。
だってまたユナがそういう目に遭えば、同じように私に攻撃してくるかもしれないもの。
ちょっと待って!
どうしてユナが洗脳されるの?
なんのために?
はっきり言ってユナはとても頑張ってはいるけれど、この学校で抜きんでた存在でもないし、重要な役割を担っているわけでもない。
ユナが他の子と違うのは、旅芸人のお母さんがいて離れて暮らしていること、孤児院に在籍していること。
でもそれが理由ならもっと前から洗脳されててもおかしくない。
ユナが洗脳されたと仮定して彼女が起こしたことってなに?
私に対する糾弾ぐらいしかない……。
まさか、私を窮地に追いやるためにユナが洗脳されたの?
そんな、私を追い詰めることに一体何の価値がある?
1,『常闇の炎』にダメージを与える。
ううん、まだそこまで私はここの中心人物ではない。
2,私に対して個人的な恨みがある。
これはありそう。私のせいで転校を余儀なくされた方々が6人。そのうち3人が平民落ち。
特にチェルシー様は私に対して最後まで許さないと言っていたとニコルズさんから聞いた。
3,クライン様絡みで私に嫉妬心を持っていて、排除したいと思っている。
これどうだろ。でも妄想って怖いし。
モカのクライン様とダイナー様の話を聞いていると、私まで時々お二人は愛し合ってるんじゃないかって錯覚してしまいそうだもの。
でも本当にお二人を見ても、信頼関係はあるけど恋慕のようなものはないと思う。
むしろダイナー様は私に優しい目をしてくださっているような……。
いやいや、これもジョシュが「ダイナー様は優しいね」ってニヤリと言ってくるからだ。
私も周りに毒されているんだ。
4,奴隷商人の組織を壊滅させたから、その筋で恨みを買っている。
これもあるかも。
私が未だに一人で出歩けないのは、残党がいるかもしれないからという話だから。
特に見つかっていないのは主犯だ。
かなり大きなグループで組織的な犯行だったから、収益も多かっただろうし、同じ組織を1から作ることを考えればかなりの損害を与えたことになる。
うん、考えてもわからない。
案外1が理由かも。この間の裁縫師資格のときのこともあったし。
そう言えば、マスターが私が弱れば近づいてくる悪い人が現れるなんて言ってた。
私を弱らせてクランの秘密を聞き出そうとしてるんじゃないか?
なんだか怖い。
やっぱり3人の商人の娘たちを調べた方がいいかもしれない。
でもどうやって調べよう。
私は彼女たちと接点が全くないのだ。
でもそんなことは杞憂だった。
次の日、私が朝の奉仕活動を終えてドラゴ君と共に寮に戻ろうとすると声を掛けられた。
「おはよう、トールセンさん」
「おはよう、ロイドさん」
一番大人しくて、一番大きな商店の娘のキンバリー・ロイドだ。
「あなたにちょっと聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」
「……あなた、ビリー様の隠し子って本当なの?」
「えっ?なんですか?それ」
「だから、ビリー様がその……昔の恋人と作った子供か?って聞いてるの」
「全く違います!私のどこにそんな風に思われることが?」
「冒険者ギルドのアントニウスさんがあなたがビリー様の隠し子だっておっしゃってたの」
「えーと、私は王都に来るまではマスターと顔を合わせたこともなかったですし、父も健在でそういう話は聞いたこともありませんけど……どうしてそんなことに?」
「ビリー様が子供に優しくしているなんて、他に考えられないからって」
そう言うことか。外では怖がられてるからなー。
「外ではそういう顔をお見せになりませんが、マスターはクラン内でとても子供たちにご親切ですよ。一緒に造花を作ったり、剣の訓練に参加されたりしています。
クランの子どもたちはみんなが懐いて尊敬しているんです」
「なんだそうなの。よかった。私てっきりあなたがビリー様の隠し子なら、私の子どもになるかもしれないって心配だったの」
何を言っているのだろう?ロイドさんの子どもに私がなる?
「ああ、まだ婚約はしていないわよ。ビリー様は私の憧れの人なの。
父は私が乗り気なら婚約の話を持ち掛けてくれるっていうし。
そんなときに隠し子だなんて、面倒じゃない」
「はぁ……」
「じゃあ、あなたは何なの?」
「クランに仮契約しているただの冒険者です。でも能力を認めていただいているとは思います」
「そう、だったらいずれ私の部下になるかもしれないのね。わかったわ。私もあなたを守ることにするわ」
「あの……」
「何か?」
「ユナ・ドーンって知ってます?」
「ああ、1度お茶会で会ったことはあるわ。彼女すごく緊張しててろくに話もしなかったけど。それが何か?」
「たまにみなさんに呼び止められるって聞いていたから親しいのかと思って」
「他の2人が親しいのかしら?私あんまり興味のないことには目を向けないの」
うん、今お話しただけでもそんな感じします。
だってロイドさん、マスターと結婚するって本気で思っているっぽい。どうしてそんな風に考えられるの?
でもその可能性はないだろう。
普通に考えても年齢差とか、条件とかでも釣り合わないし。
だから私が彼女の部下になることなんてないと思う。
でも見たいものしか見ない人なら、そういう思考もありうる。
ロイドさんは聞きたいことを聞いたらさっさと立ち去って行った。
「何あれ、変なやつ」
彼女を見たドラゴ君の感想だ。
全くもって同意しかない。
ああ、だからロイドさんいつも大人しいんだ。
興味がないから、関わらないようにしてるんだ。でも気になることがあれば行動的になる。
うん。あれがすべて演技でなければ、ユナの件にロイドさんは関わっていないと思う。
裏は取ってないけど、一つの可能性は消えた。
そんな気がした。
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