第179話 ドーン孤児院
放課後、3人と女子寮の門の前で待ち合わせすることになった。
ジョシュのマジックバッグにジャイアントラビットを入れてもらうためだ。
私が解体済みのラビットを持っていくとアシュリーがすまなそうに言った。
「解体までしてもらって悪い」
「慣れてるから大丈夫。こっちの包みがお肉でこっちが毛皮と魔石。骨は処分した」
骨は美味しいスープ取ってモカのシークレットガーデンの肥料になりました。
「肉だけでいい」
「薬草や獲物が狩れないってことは現金収入もないってことでしょ。このラビットはドラゴ君が捕まえてモカが倒してくれたものだから。でもいつでももらえると思って期待されると困るけど」
冷たいようだが、これはしっかり言う。
昔、実際にあった話だ。
ニールの孤児院でよく寄付してくれる冒険者がいた。
彼が狩った獲物を頻繁に寄付してくれるので、子供たちも肉をよく食べるようになり贅沢を覚え、野菜を育てるのを怠るようになってしまった。
でもその冒険者は突然姿を消した。
死んだのか、別のダンジョンに行ったのかはわからない。
そうしたら誰も肉をくれない。
野菜を取ろうにも畑には痩せた野菜しか残っていなかった。
それでいつもの年より、子供たちがやせ細り病気で死んでしまうことが多かったそうなのだ。
いつでももらえるという気持ちはヒトを怠惰にする。
孤児院側が寄付に依存しないように、寄付する側も気を配った方がいいのだ。
ドーン孤児院は王都のはずれの教会に付属されていた。
ここから学校まで1時間近くかかる。遠いのに毎日通うのは大変だと思う。
聞くと身体強化で走って学校に行くのだという。
「朝の内はヒトも少ない。帰りは全速力は無理だが」
寮費や食費が借金にならないだけ、孤児院の子どもは有利だとアシュリーは言う。
自宅から通える王都出身の子どもも、集団生活になれるため寮に入れられている。
でも私は特別に1人部屋でしかも台所を持っているのであまり集団生活になじんでない。とても自由で過ごしやすい。
そう考えると私はとてもラッキーだったのだ。
ドラゴ君、付いてきてくれてありがとう。
まずはアシュリーの案内で院長室に連れていかれた。
寄付をするための書類にサインしないといけない。
部屋に入ると、落ち着いた60代くらいのシスターが書き物をしておられた。
「院長先生、俺の学校の友人たちだ。右からエリー、ジョシュ、マリウス。
後ろにいるのはエリーの従魔たちだ」
「ようこそ、ドーン孤児院へ。私が院長のマイヤです」
「「「こんにちは」」」
「先生、エリーが、ジャイアントラビットを1羽寄付してくれる」
「それはありがとうございます。でもよろしいのですか?換金されればそれなりになると思いますが」
「心配いりません。どうぞお納めください」
それで肉と皮と魔石を渡し、寄付する書類にサインした。
「今日はご馳走ですね。ありがとうございます。先日の薬草採取も手伝っていただいた皆さんですね。本当に感謝いたします」
「僕らもアシュリーがいてくれて楽しく過ごしているので気にしないでください」
ジョシュが卒のない返答をする。
「ユナとケントも呼びましょうか?」
「先生、そのことなんだが、ユナがエリーのことを毛嫌いしていてややこしい。
だからエリーと会わせたくない」
「まぁ、喧嘩でもしたのですか?」
「そういう甘いものじゃない、先生」
アシュリーがかいつまんで説明する。
ユナの裏切りと私の吊し上げの話になったとき、マイヤ院長は顔を青ざめさせた。
「それは名誉棄損にあたりますわね。ユナに謝罪させましょう。どうかヴェルシア神に訴えないでください」
そうか、そんな風に考えていなかったがあれは名誉棄損に当たるのだ。
私が訴え出たら、あの時私をつるし上げた全員が有罪になる。
「口だけの謝罪なんてしたって意味がない。それにユナはエリーを見ると興奮して悪口を言い、手に負えなくなる」
「最近、あの子の様子がおかしいのはそう言うことがあったのね」
「具体的に院長先生から見てどのように変わったのか教えていただけますか?」
私が聞くと、お詫びの代わりにと口を開いてくれた。
「ユナは、そうですね。器用で色々なことをこなすいい子ですよ。ちょっと自信過剰なところもあって偉そうだけど、小さい子の面倒もよく見てくれました。
ケントは同い年だけど昔はよく熱を出していて、あの子が率先して看病してくれました。自分は旅をするために丈夫な体に生まれついているからって」
旅芸人の娘だってことだな。
「でも最近、そう夏休みの少し前くらいからかしら。あの子が暗く落ち込むようになって、下の子たちの面倒も見ないし、身なりにも構わなくなって。でもここにずっといられるわけではないから口を酸っぱくして注意したんです。そしたら言われたことはちゃんとやるようになって。まるで別人になったみたいでした」
「院長先生はそれを不審に思われなかったのですか?」
ジョシュ、聞きにくい質問するなぁ。
「そうですね、少し早いですが思春期にそれまで明るかった子が暗くなったり、その逆があったりは別におかしなことではないのですよ。
とくにいろいろ自分に足りないものに気づき始めて暗くなるケースは多いですね。
少し早いけれどユナはませていましたし、時期が来れば落ち着くだろうと思っていました」
「そうですか……」
「失恋したとも言っていましたし、新しく友達になった子がすごくきれいで、頭もよくて、何でもできて嫌んなっちゃうとも言っていましたね」
それ、私のことかな?
「でも嫌っていた訳ではありませんよ。友達との付き合いで自分にあるものやないものに目覚めるのは当然で、ユナもわかっていました。
逆にその子は人間関係に不器用であたしが面倒見てあげないとねーとも言っていました。嫌いな子にそんなこと言うわけないでしょう?」
「そう、ですね」
「だからエリーさん、あなたに対してそんな私刑のようなことを行うなんてとても信じられません。ですが知らなかったこととはいえ、わたくしの管理不行き届きです。
申し訳ありませんでした」
「先生に謝っていただきたい訳ではないんです。どうぞ頭をお上げください」
「先生、俺はユナがおかしくなったのはお茶会に行ってからだと思うんだ」
「ああ、それはあるかもしれませんね。
お茶会のようなきらびやかな場所に出ると孤児院の子は皆肩身が狭くなるのです。
お金もあって家族もいて愛されて育った子と自分を比べてしまうのです。
ユナはきらびやかな世界の好きな子でしたし、引け目を感じたのかもしれません」
「他に変わった点はありましたか?」
「そうですね……」
院長先生は考え込んでいた。
「あまりありませんが、買い物の帰りに寄り道が多くなりましたね。お金を使いこんだり、買ってきたものをなくすようなことはなかったので大目に見ていました。
外に友達でもできたのだろうくらいです。お金を使わせるような悪い相手ならすぐにお使い係から外す気でした」
「すごく疲れていたじゃないか?」
「夏で暑かったですし、ばてていたのでしょう。だからすぐに休ませるようにしていましたよ」
アシュリーは院長先生の言葉になんだかガッカリしているようだった。
院長先生のお話では、ユナの変貌はよくある成長期の変貌に過ぎないようだ。
とてもよく見てらっしゃるのに、アシュリーと全然考えることが違うのに驚いた。
これが経験の差なのか。
これ以上院長先生にお時間をいただくのもいけないので、ここで切り上げた。
くれぐれもユナを訴え出ないで欲しい。何らかの形で償いをさせるとも言われた。
「わかりました。でも今はそっとしてもらえますか?」
「エリーさんがそうおっしゃるのでしたら」
結局私たちはユナには会わなかった。
私、マリウス、ジョシュと3匹の従魔で、帰り道をなんとなくとぼとぼと歩く。
「なんかさぁ、アシュリーの言う洗脳の話が眉唾な感じがしてきたぜ」
「うーん、長年の教育者の勘と、近しい幼馴染かぁ。幼馴染にしたら友達の変化は受け入れがたいからね」
「洗脳を受けていなくて、私を嫌っているだけならいいけど。どうして急にあんなに嫌われる羽目になったのかな」
ううん、全然よくない。本当は嫌われたくなかった。
でも洗脳や心制御なんて恐ろしいことは起こっていてほしくない。
「そうだね。それにエリーに対する憎しみは何もユナに限った話じゃない。
エドセンとかもそうだし、他の奴だっている。早急に答えを出さないで、もう少し調べてみようよ」
「そうだな」
「私はなんだか疲れたよ。調べてやっぱりただ単に嫌われてるって分かったら悲しいもの」
「エリーはユナに突然嫌われて苦しそうにしてたよ。だからほんとうのことを知っておいた方がいいよ」
ドラゴ君がそう言った。彼には心配ばかりかけている。
「諦めんのまだ早いって。調べたらエリーの名誉の回復にもつながるかもしれないし。やるだけやってみようぜ」とポンとマリウスは私の背中を叩いた。
するとモカもマリウスの背中をポンと叩いた。
マリウスが嬉しそうに笑って、モカを肩車する。
ほのぼのした光景に気持ちが和らいだ。
「みんなありがとう」
もしかしたら、悲しい結果になるかもしれないけど、ここにいる2人と3匹は少なくとも私の味方だ。
私はひとりじゃない。
ヴェルシア様、素晴らしい友人を授けていただきありがとうございます。
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