第169話 洗脳?


 結局ユナがなかなか泣き止まず座り込んでしまったが、アシュリーとケインが慰めておんぶして帰ることになった。

 お願いだから落ち着いてほしい。ここはまだ安全じゃないから。



 ユナも一応冒険者なんだよね?

 これでいいと本当に思っているんだろうか?

 普通の女の子ならそれでいいと思う。だから魔獣討伐になんか出ない。

 でも私たちは全員魔法学校の生徒で、ジョシュとケイン以外はダンジョン攻略しないといけないのに。



 それにさっきの言い草は何なのだろう。

 ヒヒと私には何の関係もない。

 むしろ、セネカの森に来たがったのはアシュリーたちだ。

 私のDランク冒険者の名前だけが要ったのだ。

 釈然としない重苦しい気持ちになったが、やはりユナのことはないものねだりだったのだと確信を持った。


 もう迷わない。

 アシュリーに何と言われようとも、ユナと仲直りすることはないのだ。

 そうは思ったけど、重苦しい気持ちが更に強くなっただけだった。



 その後ヒヒの仲間は出なかったし、無事にセネカの森を出て冒険者ギルドに行った。

 ドーン組の3人は先に帰った。ユナが泣きわめくからだ。



 冒険者ギルドにヒヒとキラーホーネットを提出すると、やはりギルドでもヒヒを見るのは初めてらしかった。

 それで強い冒険者を送って他の魔獣がいないか調べることになった。

「こんな未知の魔獣が出るとはな。セネカの森もしばらく閉鎖だ。学生の冒険者登録に猶予期間を設けねばならん」


 冒険者ギルドマスターのアントニウスさんがそう宣言したので、兎を狩れていないマリウス、ジョシュ、メルは安堵の息をもらした。



「でもよかったよ」ジョシュがホッとしたようにため息をつく。

「ホントにな」

 マリウスが、ねぎらうようにジョシュの肩を叩く。

「僕が心配だったのは、あのヒヒがヴェルディ様のコレクションでなかったことだよ。あとでどこかに従魔の印が出てきたとか言われたらどうしようと思ってさ」


 全員何とも言えない顔になった。それは滅茶苦茶面倒くさいです。


「まぁ、僕らに襲い掛かった時点で制御できていないんだから倒さなきゃいけないんだけど。それでも絡まれるの必至だからね」

 そんなの嫌だなぁ。



「それより俺、ジョシュの剣さばきに見ほれちまったぜ。あんなの出来るのになんで文官なんだよ」

「僕もそう思った。すごいね、ジョシュ」メルも珍しく興奮している。

「うーん、僕も騎士がよかったんだけど家族が心配するからなんだ」

 やっぱり何か事情があるんだね。



 ヒヒの計算に時間がかかるため、メルはリアが心配するからと先に帰った。 

 ヒヒは結構なお金になった。

 情報料込みで金貨80枚(80万ヤン)だ。


 今はエンペラーリッチの出現もあり、未知の魔獣の情報量は高いそうなのだ。

 ヒヒを倒したのはジョシュなので、報酬を彼に渡そうとしたら、

「エリーの防御とドラゴ君が陽動してくれたおかげだし、いらない」

 そんな訳に行かないので折半することになった。



 清算が済んで私たちも冒険者ギルドを出るとアシュリーが息せき切って走ってきた。

「アシュリー、お前の分け前は後で渡す約束だろ?そんなに焦らなくても」

「違うんだ、みんな。聞いてくれ。やっぱりユナがおかしいんだ」


 ユナがおかしい?



「ユナはエリーほどじゃないけど気が強くて、あんな男の後ろで泣いてるタイプじゃないんだ」

 私は気が強くないよ、アシュリー。それ誤解だから。


「そうかな?気になる男の子の前なら弱く見せたいんじゃない?メルもいたし」

 ジョシュ、結構言うね。でも私もそう思う。初めは大人しくしてたもの。


「さすがにさっきみたいな危ない時にそんなことしない。少なくともケインの方が大人しくて引っ込み思案だったんだ」


 私たちはお互いの顔を見合わせた。なんとなくこういう尋問めいたことはジョシュ向きだと思ったので彼を見つめたら,私の意図を汲んでくれた。



「アシュリー、なんか心当たりあるのか?」

「ああ、ユナがおかしくなったのは夏休み前だ。エリーが貴族たちから苛められるようになってからだ」

「具体的に言ってくれ」


「それまでのユナは、気が強いし、大人ぶって、ちょっと上から目線だから女の子の友達が少なかったんだ。だけどエリーはそういうの全然気にしないから喋りやすいって、友達になれて嬉しいって言っていた。


 でもエリーが貴族に苛められるようになってCクラスの女子に、エリーと仲良くすると俺たち孤児院から来てるやつもハブられると言われた。

 それでユナはエリーに近づかないようにしたんだ」


 そうなんだ。私もそうかなって思っていた。



「それからしばらくたって、商人の子からお茶会に誘われたって言ってた。

ユナには3つ夢があって、舞台に立つか、手に職付けて自立するか、お金持ちと結婚するかだ。商人の子に気に入られたら結婚話もグッと近づく。

 相手は女子だったようだが、喜んで行っていた」


 うん、ユナならそうするだろう。



「でも帰ってきたらなんだかすごく疲れた様子だった。いつもは小さい子が夜更かししてたらガミガミ叱ってたのに、気にも留めなくなった。それは今も続いている」

「いい男と知り合って恋に落ちたとか?それならボーっとするだろ」


「あいつ、見た目を結構気にするタイプなのにそういうのも構わなくなった。

 院長先生にすごく言われて何とかしてる程度だ。

 そんな姿好きな男に見せたい女子はいないと思う」

「それは変だね。男だってちょっとは気を使うからね」


 へぇ、ジョシュ。そういうのわかるんだ。意外。

 私の思うジョシュの欠点は、女嫌いだ。

 特に我儘で派手目の女の子に対する冷淡さにはびっくりしてしまう。

 私は彼にとって女子の範疇に入っていないのでこの友情が保たれているのだ。



「一番変わったのはエリーに対する態度だ。

 無視するのが辛いって暗い顔していたユナが、率先して嫌がらせに加わってた。

 エリーの討伐話もそのお茶会に行ってからみんなに言いふらしてたし」

「アシュリー、誰のお茶会かわかるか?」

 ジョシュは(レンズが厚くて目元は見えないけど)、深刻そうに聞いた。


「それがCクラスの女子としかわからない。ただ……」

「ただ?」

「今Aクラスにいるあいつらだと思う。時々あのグループに呼び止められてるから」

「ロイド、ドロスゼン、ティムセンか。3人とも商人の娘だね」



 アシュリー、マリウス、ジョシュは難しい顔をしている。

 一応確認のため、私は尋ねた。

「もしかしてユナがその3人から洗脳かなにかを受けてると思っているの?」

「「「ああ(そうだ)」」」

「でも何のために?」



「ドロスゼンはちょっとわかるな。エリーがいなくなれば彼女が平民トップだ」

「ティムセンは転校した貴族に目を掛けられていた。いなくなって就職先が無くなっている」

「ロイドはわかんねぇな。あいつおとなしいし」


「でもロイドの家の方が大きい商家だ」

「そうなんだ。僕は商家のことは詳しくなくて」

「クライン様ファンってこともありえなくはないぜ」

 みんなが銘々に動機を推測し始める。



 なんかへこむなぁ。そんなにスラスラ動機が出てくることにだ。

 私の落ち込みを感じてか、モカとミランダがドラゴ君のカバンから出てきて私の脚にくっついてきた。



「アシュリー、ユナが私を嫌うのは本心じゃないってこと?」

「俺はそう思う。今も」


「よくよく考えればあんな露骨な嫌い方、おかしいよね。もうメルを狙ってないのかもしれないけど、それでも他の人の目もあるし。商家に嫁ぎたいならなおさらだ」

「それに今日の闘いに何にも参加してなかったぞ。Dクラスの奴からわりと好戦的って聞いたことあるぜ」

「本当は気が強くて自分が1番前に出るタイプだ。でも素直になったら付き合いやすい」


 ああ、アシュリーはユナのこと好きなんだ。

 だから、こんなに心配しているんだな。



「とにかく僕らはロイド、ドロスゼン、ティムセンに注意を払おう。絶対に1人で会いに行ったりしないこと。もしかしたら洗脳スキル持っているかもしれない」

「ヤベーな。洗脳スキル」



 洗脳なんて魔王が使うような能力じゃない。

 300年前の魔王が有力貴族たちを洗脳して思い通りに動かしたのは有名な話だ。

 誰かが魔王だって言うの?



「アシュリーはユナを出来るだけ彼女らに近づけないようにしてくれ。

時々呼び出しがあるってことはそんなに長い時間洗脳出来ないのかもしれない。

夏休みの間はどうだったの?」

「時々会いに行ってたみたいだ。お使いからなかなか帰ってこなくて、院長に迎えに行かされた」



 マリウスがお前も大変だなとでも言うように、アシュリーの肩を抱いた。

 ちょっとモカが身もだえしているようだが、見なかったことにしよう。





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