第168話 ヒヒとの戦闘


 帰る帰らないでもめて時間を喰ったせいか、ドラゴ君が小声で言った。

「エリー、奴が動いている。ぼくらに気が付いたのかもしれない」

「わかった。そっと出口の方へ向かおう。皆もこれからは声もあんまり立てないで」


 皆で音を立てないようにそっと出口の方に向かったが、後ろからヒタヒタヒタと乾いた足跡がした。

 付けられている。



「エリー、防御!」

 ドラゴ君のからの指示が飛び、私はみんなを守るため魔法陣を起動した。

最近はグリモワールを出さなくても魔方陣が起動できるようになったのだ。


「サンクチュアリ!みんなこの魔法陣から外に出ないで!」



 私が叫んだと同時に遠くから何かの塊が飛んできて、サンクチュアリのシールドにぶつかった。

 ジャイアントベアの頭だ。噛んだ痕はない。引きちぎられている。

 とりあえず相手は強い腕力があるということだ。



「僕、エリーにバフかけるよ!」

 メルが呪文を唱え始めて、私のサポートをしてくれた。

 これで私とメルの魔力が尽きるまでサンクチュアリのシールドは守られる。



「俺たちはどうすればいい?」

 マリウスが問いかけると、

「相手が何かわからない。まず見極めてからだ」

 ドラゴ君が鑑定で見てくれているがわからないようだ。



 すると森の奥からものすごい勢いのとても大きな塊がシールドに体当たりしてきた。



 猿だ。しかも大きい。3メートルぐらいある。

 ぶつかられた衝撃でシールドはビリビリと打ち震えた。



「サル?なにこれ、ぼく知らない」

「……もしかすると、ヒヒかもしれない」マリウスが呟く。

「ヒヒ?」


「前に家に東から来た旅人を泊めたことがあったんだ。その旅人が東には女を食べる猿がいるって。それがヒヒなんだ」

「そういやこいつ、さっきからエリーとユナしか見てないかも」

ジョシュが指摘する。

「止めて!」

 ユナがおびえて叫ぶ。


「「ご、ごめん」」

 マリウスとジョシュが謝る。

「ユナ落ち着いて!」

 アシュリーが諭したので彼女も黙った。彼はかばうようにユナとケインの前に立った。



[Onna……Yokose……]

「何か話してる?」

「女を寄こせと言ってるみたい。知能が少しはあるみたいだね。でもこのシールドを破るのに魔法を使わないということは攻撃魔法が使えないのかもしれない」

 ドラゴ君は心話の応用で意味を捉えたようだった。



 ヒヒは辺りの木々を引きぬいてシールドに当ててきた。馬鹿力だ。

 サンクチュアリに物理耐性もあってよかった。



「ぼくが出て、魔法攻撃を掛ける。モカとミラはエリーたちを守る。

それとジョシュ」

「ああ」

「魔法耐性があるかもしれない。タイミングを見計らって、あいつの首を落とせ」

「わかった」


「おい、何でジョシュなんだよ」マリウスが抗議する。

「こいつが一番速い」

 そうだね。多分ジョシュがこの中で一番剣が使える。



 ドラゴ君が手招きして、ジョシュが後ろに就く。

 モカは近くにあった長い蔓を持って、鞭のようにしならせた。

 ミランダも何時でも飛び掛かれる態勢をとり、2匹は一番前にいる私の横に立った。



「エリー、ぼくが抜けるときヤツの攻撃が来ると思う。しっかり耐えて」

「うん」

「先にぼくが抜ける。お前はたたき切るその時に出ろ。奴の攻撃に当たるなよ」

「了解」

 ドラゴ君の呼びかけにジョシュが答える。緊張した様子はない。もしかして慣れている?



 サンクチュアリは中から出る分には自由に出れる。

 ドラゴ君が抜けたと同時に、ヒヒはシールドに体当たりでぶつかってきた。

 シールドがビリビリする。



 メルの顔色が悪い。魔力がギリギリなんだ。サンクチュアリは結構魔力を使う魔法だから。相手が魔法を使えないなら他のシールドでもよかったけど、わかんなかったからなぁ。



「メル、ちょっと休んで。ユナ、バフかけれないの?」

 錬金術師は付与や補助魔法が得意な子が多いはず。

「僕が少し掛けれるよ」

 ユナの方をチラチラ見ながらもケインが私にバフを掛け始めた。そのすきにメルがポーションを飲む。



 ユナはただ固まって、アシュリーの後ろにいるだけだった。



 シールドの外ではドラゴ君がヒヒにありとあらゆる属性の魔法を打ち込んでいた。

 でも彼の見立て通り、ヒヒには魔法耐性があったようだ。


 それで、ちょこまかと転移して敵を翻弄して隙を作る作戦に出た。

 ヒヒはイライラし、鋭いかぎ爪の付いた長い腕をドラゴ君に振り上げては空振りしていた。



 ドラゴ君に攻撃が当たらないことに業を煮やしたのか、ヒヒが咆哮すると殺人スズメバチキラーホーネットたちの一団が現れた。

 何百匹もいるんじゃないだろうか?

 しかも1匹1匹が大きい。50㎝ぐらいある。

 どうしよう、これを私たちだけで倒すの?



 ホーネットの出現を見たモカが私のケープを引っ張って、自分を指して外へ出たいとジェスチャーした。

「大丈夫?こんなにいるのに?」

 モカは大丈夫と言わんばかりに胸を叩いて大きく頷いた。

 心配だけれど、私は許可を出した。



 モカはドラゴ君を援護すべく、ホーネットの大群に立ち向かっていった。

 そして前足に絡めた蔓を鞭にして振るった。

 数匹に当たったと思ったら、まるで範囲魔法をかけたみたいにそのあたりのホーネットが全部吹き飛んだ。

 モカ……さすが聖獣様。



 でも多すぎる。

「マリウス、一部サンクチュアリのシールドを解くから中からホーネット達に強いファイアーボールぶっ放してくれる?」

「でもモカに当たっちまうぜ」

「私、モカに防御魔法をかけているの。ボール系なら確実に守れる。それにこんなに多いから火魔法使わないと追いつかない」

「わかった、やる」


「ミラはシールドの空いたところからホーネットが入ってこないようにして。余裕があればマリウスの火が周りに飛んだら消して欲しい」

「にゃ!」


「アシュリーは、中に侵入したホーネットを退治して。ジョシュはそのままドラゴ君の指示通り待機」

「「わかった」」

「メルとケインは私にバフを掛けて」

 ユナについては言わなかった。戦う気がないみたいだったから。



私はサンクチュアリのシールドにマリウスの体くらいの楕円の穴をあける。

魔法の発動には魔法陣が必要だけど、小さな改造ぐらいならイメージで出来る。


「ファイヤーボール!」

 マリウスの援護射撃はうまくいった。

 魔法防御のおかげでファイアーボールはモカを避けたが、相手キラーホーネットが多いので狙わなくても当たった。

 攻撃が当たりそうになるとモカの体の周りがキラキラと膜のように光った。私が思っていたよりもモカは守られている。あの保護膜のようなものは何だろう?



 シールドに侵入しようとしたホーネットはアシュリーの剣とミランダの風魔法で全部真っ二つにされていた。

 マリウスの飛び火の処置もしっかりやってくれている。

 ミラの成長が頼もしかった。


 

 ドラゴ君とヒヒとの対決はまだ続いていた。ひらりひらりと華麗に躱していくドラゴ君へのヒヒのイライラが私たちにも伝わった。


 あっ、ヒヒの爪がドラゴ君に当たる!

 そう見えたが周りに保護膜のようなものがあり守られた。よかった。

 あれドラゴ君の魔法なのかな?



 渾身の攻撃を仕掛けたせいか、ヒヒの意識がドラゴ君に集中して私たちから完全に背を向けた。

 その瞬間、とうとうジョシュがシールドを抜けた。


 彼は身体強化を使ってヒヒに飛びかかり、首を一撃で刎ねた。

 返り血1滴すら浴びない見事な剣捌きだった。



 ヒヒは叫び声をあげることも出来ずに首が落ち、大きな体は重さに耐えかねて倒れた。

 するとヒヒの咆哮で呼び出されたホーネット達は急に戦意を失い、森の奥へ帰っていった。


 ジョシュは刎ねた首を目玉を潰すように串刺しにしドラゴ君は体を氷漬けにした。

 魔獣には自己再生するものがいる。すぐに再生できないようにする処置だ。

 でもヒヒに再生能力はなかったようだ。



「「「「す、すっげー!」」」」

 マリウス、アシュリー、ケイン、メルがジョシュの活躍に感嘆の声を上げた。

 私もそう思う。

 彼は正式な戦闘訓練も受けているし、連携を取っての魔獣退治も初めてではない。

 そうでなければこんなに動けないもの。



 モカがマリウスにさっき教えてたハイタッチをしようとして手を振ると彼はわかったみたいでそれを受けていた。

 すごいな、マリウス。理解度高いなぁ。



 でものんびりしてられない。私はポーションを飲んだがまだ気は抜けなかった。

 ヒヒの仲間が転移してくるかもしれない。

 とにかく早く森を抜けよう。



 そう伝えようと口を開きかけると、

「もう嫌!だからエリーとなんか行動したくなかったのよ。全部アシュリーのせいよ!」

 ユナがそうわめいて泣き始めた。


「ユナ、悪いけどそういうことは安全になってからにして。とにかく早くこのセネカの森を抜けよう。このヒヒは冒険者ギルドに持っていかないといけないし」



 ヒヒの頭もドラゴ君が凍らせたのでジョシュのマジックバッグに入れてもらった。私のバッグだと保管庫の中へ一方通行なのだ。

 ドラゴ君はモカとミランダを自分のカバンに詰めて、私の手を握った。


「帰ろう」



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