第137話 ニコルズさんの過去


 ニコルズさんの話は続いた。


「あなたの入るAクラスの女性陣は皆クライン様の婚姻相手になってもおかしくない方々ばかりです。

もちろん彼女たちはクライン様といつ結婚できるかわからないので表立ってアプローチはしません。

でもチャンスがあれば物にしたいと考えている方は少なくないと思います。

特にあまり財産を分与されない女性は要注意です」


「どうしてでしょうか?

確かにクライン様は私が彼と同じくらい勉強できることで興味はお持ちでしょう。

ですが私に恋されるなんてありえません」

「その女性たちは愛人になりたいのです。結婚するよりも実をとるのです」

 驚いた。貴族の方はみな妻になりたいのだとばかり思っていた。



「ちょっと待ってください?

愛人って正式な妻ではないのでいろいろ認められていないのですよね?」

「ええ、そうです」

「だったらどうしてそんなことに?だって今なら他の方と結婚できるのですよ」

 さっきそう仰ったじゃないですか?



「自分の子どもがクライン家の跡取りになれば正式な妻になれるからです。

今のクライン家がそうです。長男のピエール様は光の精霊の祝福をお持ちでした。

次男のリカルド様は光の精霊王の加護を持っていました。

精霊の祝福と精霊王の加護では比べようもありません。

だから次男の母親であるヴァレンツ侯爵令嬢が正妻になりました。

今クライン伯爵夫人は社交界の花として、数々の男性との恋愛を謳歌されています。お金も使いたい放題。楽しい暮らしが待っているのです」


「それ楽しいんですか?」

「貴族には貴族の価値観があり、社交界で華やぐことを求める人は少なくありません」



 何それ、めちゃめちゃじゃない!

そこに幸せがあるんだろうか?でもまぁあるってことなんだろうな。

それが私と何の関係が?



 ニコルズさんは言いにくそうにしていたが、

「わたくしもあなたがこのような立場になるとは考えもしませんでした。

ここから先の話は私にしかできません。お役に立てばよいのですが」

 ニコルズさんだけにしかできない話?



「わたくしの父の領地はクライン領の隣にあり、現クライン伯爵のアンソニー様とわたくしは幼馴染でした」

 それってもしかして……。


「いいえ、恋愛関係などはありませんでした。

年も離れていましたし、兄と妹のような関係でしたわ。

でもアンソニー様は今のクライン様同様あまり女性と親しくはされませんでした。

だから余計にわたくしの存在が目立ったのでしょう」


「まさか、ニコルズさん」

「ええ、今あなたが苛められたようにわたくしも苛められました。

あなたのように高度な防御魔法が使えたわけではないので被害は甚大でした。

それでアンソニー様がかばってくださって余計に火に油を注いだようになりました」

 そんな……、酷すぎる。



「アンソニー様は13歳のデビュタントのパートナーにもなってくださいました。

その日のパーティーは楽しかったですわ。でもその翌日わたくしの乗った馬車は何者かに襲撃され、わたくしは殺されかけました。

その時に目を潰されたのです」

 私は叫びそうになり、慌てて口を押えた。



「その時襲撃者に、

『お前さんの紫の瞳を美しいと言った男を恨むんだな』と言われました。

アンソニー様は私があまり美しくないのをご存知でしたが、紫の瞳はキレイだとよく言ってくださってました。

どうしてこんなことが起こったのかすぐにわかりました。

目の傷は治癒魔法で治りましたが、視力は落ちて今もほとんど見えません。


アンソニー様はその当時最高の魔道具技師に視力回復の眼鏡を作らせて、プレゼントしてくれました。

そして私共とは絶縁いたしました。

お互いの領土や家に入れなくする魔法契約です。

そのくらいしなければ次はわたくしの命がなかったからです」



「ニコルズさん……」

「この眼鏡なしでは何も見ることが出来ないわたくしは、美しいものを見ることを生きがいに生きることにしました。

そして理不尽な苛めから生徒を守りたいと学校の事務に入り、生涯を終えるつもりでした。


ですが予想外の結婚をすることにもなり、今はとても幸せです。

だから同じような境遇に陥りかけているあなたのことが心配なのです。

でも四六時中あなただけに構い続けることは出来ません。

自衛してもらうしかないのです」


「ニコルズさん、そんな辛い話までしていただいて本当にありがとうございます。

なんとか自分で自衛します」



 ショックだった。

 ニコルズさんに起こった悲しい出来事もそうだが、ニコルズさんは多分伯爵以上の家柄で、そんな方でもご自分の身を守ることが出来なかったのだ。

 そしてそういう非情な手段を取る人がローザリア嬢以外にもいるのだ。



 ニコルズさんは否定されたがそこまで可愛がられていて、ほとんど婚約者同然の扱いを受けていたから起こったのだと思う。

 だから余計にどうして私がそんな目に遭うんだろう?

 妻にも愛人にもなりたくない。もちろん望まれてもいない。当然、ニコルズさんほどの深い付き合いもない。

 

 勝手な妄想が産んだ疑心暗鬼のために殺されるかもしれないなんて!



 ホントにクライン様なんてどうでもいいのに。



「ここまで言ったのはあなたに注意喚起したかったのです。のほほんとしていたら足元をすくわれます。

誰もこんなことは言ってくれないでしょうからわたくしが言いました」

「ありがとう存じます。ニコルズさん」


「安心してよいのはディアーナ殿下だけです。クライン様は王家とは婚姻できませんから」

「降嫁された話を伺いましたが」

「ええ、光の精霊の祝福をもった跡継ぎを失って血を絶やさないために王家の血を入れたのです。今回クライン家のご令息はお二人とも祝福や加護をお持ちなので降嫁はありえません」



 もう嫌だ。

「ニコルズさん、転校したいです」

「錬金術師になるには学院かここしかありません。転校は難しいです」



 何でこんなに面倒なことに私を巻き込むのよ!

 クライン様、私の勉強の邪魔しないでください。



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2022/10/27

リカルドの兄の名前をトーマスからピエールに修正したしました。

私の手持ちの資料ではピエールのままで、後半にその名前で書いてしまったんです。

申し訳ございませんがよろしくお願いいたします。

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