第136話 ニコルズさんの推察


 明日は始業式だし、今日事務所が開く10時ごろに帰寮して、挨拶やら準備やらしなくてはいけない。



 母さんから借りているマジックバッグの中に荷物は入れたので重たい荷物はない。

 ドラゴ君のカバンにいつものようにミランダとモカを入れて、クランマスターはいなかったのでルードさんに挨拶した。



「今日から学生寮に行ってきます。ディアーナ殿下の件は改めてお知らせします」

「エリーさん、こちらは無理しなくていいですよ。あなたはご自分の勉強とお願いした資格試験に合格することを考えてください」

「ありがとうございます。行ってまいります」

 ルードさんが玄関で見送ってくれて私たちは出発した。



 何事もなく学校に到着し、そのまま事務所へ向かう。

 受付に行くとすぐにニコルズさんが対応してくれた。



「トールセンさん、お手紙はもらっていましたがあなたの無事な顔が見られて本当に良かったですわ。もう少し早く来ていただけるともっとよかったけれど」

「申し訳ございません。静養先から戻ってくるのが遅くなりまして、他の後援先の方へのご挨拶を優先してしまいました」

「過ぎたことは構いません。では早速ですが奥の部屋で事務手続きを始めましょう」



 奥のテーブルと椅子だけの部屋で、ニコルズさんは書類を取り出した。

「以前手紙でお知らせしたように、あなたの授業料は今年1年間すべて免除になりました。そのことを了解する書類にサインをいただきたいのです」

「わかりました」


「あなたの英雄的行為はもっと優遇されて当然だと思います。

わたくしも副学長も掛け合ったのですが学長の意見が通ってしまいました。

これが学院なら絶対にありえないことです。申し訳なく思います」

「お心遣いいただいてありがとう存じます。ニコルズさん」



「あなたが預かっている教会ダンジョンでの戦利品のことなのですが」

ああ!すっかり忘れていた。みんなで分ける約束していたヤツ。

シャイナたちに分けたくないって思ってたんだった。


「あなたと同じ班の方々が全員権利を放棄しましたので、あなたが持っていて構いません。少しでも治療費の足しにしてほしいとのことでした」

 ああ、きっとジョシュたちがシャイナに話を付けてくれたんだろうな。



 私が母さんから借りているマジックバッグは大容量だけど時間停止が無くて生ものは入れてはいけないと口を酸っぱくして言われていた。

 でもダンジョンの戦利品は魔獣の素材が一番多い。

 だから、私は別のバッグを作った。

 

 もちろん、時間停止の魔法などまだ付与できない。

 実はクランマスターが作ってくれた作業台の保管庫に転送する魔法陣を埋め込んだバッグを作ったのだ。

 マスターが汚れた水やゴミを直接ゴミ処理場に転送する魔法陣を描いてくれたおかげです。その転送先を保管庫にしただけ。

 

 こう考えるとあの方々に苛められたことにもいいことがあったのだ。



 それからクラス替えがあり、私がAクラスになったことを告げられた。

 ダイナー様から伺っていた通りだ。

 寮の部屋の変更もないということなので、私はモカをニコルズさんに紹介するためにドラゴ君のカバンから出した。



「まぁ、ティーカップ・テディベアですか。これはまた貴重な魔獣ですね」

「こちらもドラゴくん同様、クランマスターからお借りしています。私は体だけでなく心まで弱ってしまったので側で私を癒してくれています。モカという名前です。

モカ、ニコルズさんにご挨拶して」

 モカはぺこりと頭を下げた。



「こちらの従魔もとても賢いのですね。わたくしはフィリッパ・ニコルズです。よろしく」と手を差し伸べたので、モカはテトテトと近寄って握手した。

「この子も小さいですし、ドラゴ君同様同じ部屋にいていいですか?

3匹はとても仲良しなんです」

「ええ、かまいませんよ。エリーさんの部屋から問題は何も起こっていませんし。

ただ戦闘従魔でないと学校には入れられないのはご存知ですよね」

「はい、モカはこの間まで野生で戦いに慣れています。その点はご心配いりません」



 本当は私の部屋がうるさいとケルピー様たちが苦情を出していたのは知っていた。だがニコルズさんは虚偽の申告と認定してくれたのだ。

 ニコルズさんが公平な方でよかった。



「ご存知かもしれませんが、あなたに危害を加えていた女生徒6名が転校いたしました」

「そうですか。転校するということはケルピー様から伺っておりました」

「平民落ちされたので、ただのカーラさんですね。チェルシー・マチスさんからもあなたの消息伺いが出ているのですが、わたくしの判断で返事は返しませんでした。

逆恨みをして襲ってこないとも限りませんから気を付けるように」



 そうなんだ。私はあの方たちを許して欲しいとお願いしたのに。

全く違う風になってしまった。



「やはり今後も苛めは続くんでしょうか?」

「そうですね、ないとは言えません。

わたくしたちの目の前で行ってくれればその場で注意も出来ますし、以前のようにあなたに責任を擦り付けようとされたのなら糾弾することは出来ます。

ただ、生徒同士で内々に隠されると証拠をつかむのも苦労します」


「そうですか……。私がクライン様やその他の貴族の方々と交際をしないと魔法契約で宣言してはどうでしょうか?」

「一定の効果はあるかもしれませんが、そのようなことはしない方がいいでしょう。男性の方を侮辱したことになりかねません」

 あっ、そうか。そうですね。



「この苛めの問題は本当に難しいのです。真の原因がそこにないからです」

「どういうことです?」

「今回のあなたに対する苛めはあなたとクライン様の仲を邪推してこうなったと思っているでしょう?」

「ええっ?違うんですか?」


「真の原因は彼女たちが自分たちの身分や境遇に満足していないことから始まっているのですよ。クライン様は確かに素晴らしいお方です。身分・能力・容姿どれをとっても申し分ない」

「はい」


「ですがクライン様は王太子を決めてその方が王位につくまで結婚できないことは貴族ならば誰でも知っています。

つまりクライン様と婚約関係になるということは婚期が非常に遅れるということなのです。

もしかしたら彼女たちは低い身分の貴族でしたし、わかっていなかったのかもしれませんが」

 何を言いたいのだろうか?わからない。



「言いたいことはですね、クライン様以外にも結婚相手として素晴らしい方はたくさんいるということです。

それでもクライン様に執着するのは彼自身を本当に愛していたか、彼だけが持つ特別性を愛していたかに他なりません。


ですがクライン様はほとんどの女性と付き合いを制限されているので前者はないでしょう。

つまり後者、彼女たちは王の近習になる特別なクライン家の妻の座を狙っていたことになる。

ですがクライン家はこれまで子爵以下の家柄と婚姻を結んだことはないのです」


「そこはご自分の魅力でと思われたのでは?」

「そうかもしれません。

ですが上位貴族たちから見れば思い上がりも甚だしいことでした。

自分たちの階位を乗り越えて上位貴族にのし上がりたい野心家にしか見えませんでしたし、それが真実でしょう」

「そうなんですか……」


「だからわが校の上位貴族からは彼女たちはひどく蔑まれていました。

表立って何かをする方はいませんでしたが、彼女たちはいつも苛立っていました。

自分たちがなりたい立場の方々から受け入れられていないことを日々感じているのですから」

 つまり彼女たちも苛められていたということ?



「苛め、とまではいかないでしょう。

過ぎた野心を不快に思い、親しく付き合っていなかったのです。

もちろんクライン様もそうです。

そんな中一人だけクライン様と話が出来る仲間がいました。カーラさんです。

同じ錬金術科ということで話が出来ました。でも親しくはありません。

もっと親しく話す平民がいた、彼女はそう言ったと思います

それがきっかけになったのだと推察しています」



「本当にただのとばっちりだったんですね」

「ええ、ですがこれからは違います」

「どうしてですか?」

「あなたはすでにクライン様の関心を得ています。

それはあなたが退学にならずにこの学校へ来られていることがその証拠です。

それだけで充分嫉妬に値します」

 


 どうして?ただ同じ科を希望してるだけだよ。

 それに退学って?苛められただけなのに?そんな目に遭うはずだったの?

 

 私はどうしたらいいんだろう?早い目に結婚してしまうとか?

 いや相手もいないし、私はインフェルノの火傷のせいでしばらく大人になれないんだった。


 そうだ!私は大人になれないから子供を産めないと言ったらどうだろう?

 だめだ。自分の身を守るためとはいえ、そこまでの大嘘をつき続けることが出来るとは思えない。



 逃げ場のない迷路に入り込んだような昏い気分になった。






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