第135話 ソフィアのために出来ること


 ソフィアの私室は本当に質素だった。

教会は清貧を旨とするとは聞いていたけれどここまでとは思わなかった。



「エリー、その子とはわたくし初対面だと思うの」ソフィアがモカに微笑みかけた。


「うん、私の新しい従魔でティーカップ・テディベアのモカだよ。モカご挨拶して」

 もちろんモカは魔石の効果で喋られないので、テトテト歩いてソフィアに近づき握手をした。

「可愛い!!それに賢いのね。ソフィアです。よろしくね」

 モカはわかったと言わんばかりに頷き、ドラゴ君の側に戻った。



「エリーの従魔はみんな可愛くて賢い子ばかりだわ。でも3匹って多くないかしら?」

「ミランダ以外はクランマスターからお借りしてるの。

私……学校でいじめに遭ってるから他の人とパーティー組むのが難しいんだ。

だからテイマーとしてソロで活動するつもり。

怪我する前はマリウスとジョシュと組むはずだったんだけど。

私死んだことになってるのよね。どうなるかわからない」



「マリウスさんならお会いしたわ。ご祈祷にいらしたの。エリーが無事なことを伝えたらとても驚いていたわ」

「連絡とる方法が無くてマリウスには言ってなかったんだ。ジョシュは共通の知人がいて伝えられたんだけど」

「それにテイマーならこの子たち戦うのよね?こんなに小さくて大丈夫なのかしら」

「大丈夫。ぼくは強いし、ミラもモカも戦えるよ。僕らは魔獣なんだから」

ドラゴ君がソフィアの心配を打ち消すように力強く言った。



「ドラゴ君は例のケルベロスを倒せる子なの」

「それは頼もしいわね。勇者パーティーにも参加して欲しいぐらいだわ」

「勇者パーティーって、いらっしゃるの?勇者様」

「いいえ、でも見つからなければ召喚されるかもしれない。わたくしたち教会は反対しているけれど」


「何のために?誰かに攻められてるの?」

「いやだ、あなたが被害者じゃない。恐ろしいリッチがいたんでしょ」

「でもリッチなら討伐できるでしょ?」

「普通のリッチじゃなかったの。エンペラー・リッチだったの」



 エンペラー・リッチ!

 リッチとして最高位であり、死霊どもを統べる帝王。



「そんなのわかるんだ」

「ええ、亡くなった方のご遺体の穢れでどの程度の力なのかわかるのよ。

すぐというわけではないけれどわたくしも討伐隊に組み込まれるでしょう」

「そんな……、ソフィア」

「わたくし怖いわ。でもエリーが死んだと聞かされた時にこれ以上の犠牲者は出してはいけないとも思ったの。だから行くわ」


 そう言って私の手を握り決意を述べるソフィアに私は黙るしかなかった。

少しでもソフィアがハルマさんと戦いに行けばいいと思ったことを恥じた。



「大丈夫。わたくしはまだ10歳ですもの。それに他の冒険者が倒してくださるかもしれないし」



 この世界が乙女ゲームの世界な方がいい。

ふしだらな王妃が生まれてたくさんの男性と浮名を流すのかもしれないけど、とりあえず誰も死なないはず。

 ソフィアみたいな優しい女の子が戦いに赴くなんて間違っている。



「わたくしは聖女だから、とても恵まれているの。

家族にもお金を渡せて、そのおかげでみんないい学校へ進めるの。

それに欲しいわけではなかったけどこんなものもあるわ」


 ソフィアがクローゼットを開けると数々の美しいドレスやアクセサリーが入っていた。

質素な部屋とのギャップが激しい。



 私が驚いていると、ソフィアが教えてくれた。

「わたくしは下町の洗濯屋の娘で部屋を飾るようなものなど買えないわ。

でも聖女だから外で王族の方々と過ごす機会が何度となくあるの。

そういった場面で失礼にならない程度の装いはしなくてはいけなくて。

皆様のお布施から支払われているから心苦しいけれど、必要なものだから」

 そんなの、欲しくもないのに恩を着せられてるだけじゃない。



「だからエリーが交際用のドレスが無駄だから男装するなんてホントに驚いたし、尊敬すらしたわ。それだけ潔くできたらどれだけいいか!

このドレスのお金で幼い子供の命が救えるかもしれないのに」

「うん、だったらずっと尼僧服でいいとかにしてほしいよね」


「そりゃわたくしだって、初めはドレスを着られることが嬉しかったわ。

こんなにきれいな物、見たことなかったし。

でもこれにいくらかかるかわかり始めてからは罪悪感でいっぱいだわ。

教会は清貧を旨としているのに」

「わかるよ。その気持ち」



 ソフィアは聖女として目立つ存在で、この国の外交にも携わる。

聖女がいる国は神から認められた国とされ、国としての権威が上がるからだ。

 それだけに粗末な衣装や同じ服を繰り返し着ることを許されていない。

 貴族のお嬢様ならドレスのことなど当たり前ととらえるだろうが、下町育ちのソフィアにとって贅沢でしかないのだ。



「私まだ資格が取れてないんだけど、このドレスのパーツを生かしてリメイクすることは可能だよ。もちろん私はクランに仮だけど在籍してるからただじゃ出来ないけど、普通にドレス作るよりずっと安く出来ると思う。

それに凄腕の裁縫師さんもいっぱいいるから教えてもらえるし」

「エリーが作ってくれるなら是非お願いしたいわ」



 ソフィアは先の話をするのはやめましょうと言ってくれたので、お土産に焼いてきたお菓子を渡して、従魔3匹と戯れながらなにげないおしゃべりをした。



 最後にディアーナ殿下に保護観察されることとそのことで教会の人に心配されていると話した。


「そうね、エリーに忠告された教会の方のご心配もわかるけれど、ディアーナ様は王位に興味はお持ちではないわ。騎士になりたいのもそのせいだと思うの。

本当のこというと、エドワード様もよ。

わたくしは将来望まれたら王家の方々に限っては結婚することが許されているのだけど、エドワード様に王位が無くても構わないだろうかと聞かれたことがあるわ」


「じゃあ、ソフィアはエドワード殿下と?」

「いいえ、エドワード様もそういうことになるかもしれないから心に留めておくようにとおっしゃっただけ。わたくしは婚約者候補でも何でもないわ」

「そうなんだ」

「王位を継ぐのに熱心なのはシリウス殿下だけね。勉強家で真面目な方だけれど」

「けれど?」


「……エリー、わたくしあの方が怖いの」

「怖いって、意地悪されるの?」

「いいえ、いつも穏やかで優しく接してくださるわ」

「それでも怖いのね」


「ええ、何かお心を乱すものがあるんじゃないかしら?

エドワード様は早く臣下に下りたいとおっしゃっているけど、クライン様に選ばれてしまったら王位を継がないといけないの。

陛下はまだお若いし、クライン様が選ぶのはずっと先だわ。

だから3人とも王位を継ぐ勉強をしなくてはならないの」



「ソフィアもクライン様のこと知ってるの?」

「ええ、エドワード様の遊び相手でわたくしも何度かご一緒したわ。

この国を支える重圧にも耐えてらっしゃるとても聡明な方よ。エリーの話を聞くと悪い方のように聞こえるけど、多分それが最善だったのでしょう」

「私は誰に聞いてもクライン様のことを悪く言う人がいないことに驚いているわ」


「聞く人によると思うわ。わたくしたち教会はあの方をよく知る立場にあるの。

逆に知る立場にない方々こそあの方のことを悪く言うでしょう。

エリーも一緒でしょ。エリーと仲が良かったマリウスさんやジョシュはずっと味方してくれていたんでしょ」

「うん」

 そうか、私も起こった出来事を表面だけ見て判断しているのかもしれない。



「そういえばジョシュは呼び捨てなのに、どうしてマリウスはさん付けなの?」

「だって聖女様って目で見られているのが分かるから、親しくなんかなれないわ。

ジョシュはエリーを一緒につついた仲だし、友達だわ」

 うわー、これマリウス知ったらショックだよな。でもソフィアの言う通りだ。

マリウスは聖女としての彼女しか見ていない。ジョシュも私も下町っ子のソフィアそのものを見ているんだもの。



「エリー、お仕事で忙しいだろうけどまた遊びに来てね。

わたくしエリーのように話ができる人が少ないの。外ではわたくしは聖女だから」

「うん、約束する。必ず来るね」

「ドラゴ君、ミランダちゃん、モカちゃんも是非来てね」

「いいよ」

「みゃー」

 しゅた!とモカが敬礼した。どこで敬礼なんか知るの?ああ前世か。



 私たちが帰るのをソフィアは見送ってくれたが、なんだか寂しそうだった。

 もしかしたら厳しい修行があるのかもしれない。



 その夜はなかなか寝付けなかった。



 クランマスターは報告した最後にダンジョンに入った人たちの名簿で裏付けが取れたと仰っていた。

 マスターならエンペラー・リッチも討伐可能なんだろうか?

 それならソフィアも戦場へ行かなくて済む。



 マスターに相談したかったが夕食の時もいなかったしお帰りでもなかった。

ティーカップ・テディベアの隠れ里に行ってるのかもしれない。

 


 私はソフィアのために何か出来るだろうか?

とにかく1級裁縫師の資格は出来るだけ早く取ろう!

彼女のために少しでも力になりたい。



 ヴェルシア様、どうかソフィアをお守りください。

 そして私に出来ることをお示しくださいませ。

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