第119話 セードンへの移住


 とうとう夏休みがあと1週間で終わる。

 私は父さんと母さんと別れて王都に向かう乗合馬車に乗っていた。

 ドラゴ君のカバンを改造して、モカとミランダが一緒に入れるように工夫して隠れてもらうことにした。

 半日ぐらいなので2匹とも我慢してくれる。



 モカは前世で猫を飼っていたそうでミランダが大のお気に入りだ。

 ミランダも撫でるのがうまいのかモカのことを好きになったみたい。

 おはようの鼻チュー(鼻と鼻をこすりつけるご挨拶)を初めは私とドラゴ君にしかしてなかったのに、3日目ぐらいにはモカにもしていた。



 父さんにはなかなかしてくれなくて、ちょっと焼きもち妬いていた。でも別れるときにミランダが鼻チューしてくれて感動していた。

 母さんはそういうことにはこだわらないみたいだ。



 あれから変わったことは父さんと母さんがセードンに移住することになったことだ。



 ギルマスのセイラムさんのご家族との飲み会(私たち子どもはご飯を食べただけ)で、お土産に渡した父さんのパンを奥さんのラリサさんがいたく気に入ってくれた。そして奥さん仲間に紹介したところ瞬く間に人気が出てしまったのだ。


 それで臨時営業でいいのでパンを売ってくれということになり、ひと月だけ借りたお店でパンを売ったところ他のお客様も付いてしまった。

 その上、セードンの領主様のお目にも留まって、ここで店を始めてほしいと資金提供のお話までいただいたのだ。



 家族会議の結果、ニールで冒険者相手にパンを販売するよりも、セードンで貴族や奥様達に売る方が日々売れるし、父さんが前々からやりたいと思っていた素材にこだわった高級なパンも作れるのだ。

 それにもっとすごいことがあった。



 モカの前世の記憶だ。

 モカがこういうパンを作れないか?と父さんに言ったのが、メロンパンとあんパンとデニッシュだ。



 あんというものはマメを甘く煮て潰したものというだけでなかなかわかりにくかったけれど、市場に白いけど似た感じの豆(モカに味を見てもらった)を見つけて作ることができた。


 メロンパンはパン生地にクッキー生地を乗せて焼くという斬新なパンでこれもすごくおいしかった。メロンは入れてもいいし入れなくてもいいそうだ。

 最後のデニッシュだけはさすがにあれほどのバターを練り込むのは超高級品になるので商品化は見送ったが、領主様のお茶会にだすのならいいかもしれないとレシピをさらに研究することになった。



 ただ父さんの独占にすると妬まれるので、特許を申請してあんパンとメロンパンはレシピを公開した。

 そのレシピを一番最初に買ってくれたのはなんとルードさんだった。



 ルードさんは日ごろから美味しいものの噂に敏感で、セードンで父さんが発売して1週間後には店に買いに来たのだ。店で私と会ってお互いビックリした。


 ルードさんにはお世話になっているから無料公開すると言ったのだが、

「心配いりません。ウチのクランは有難いことに資金が潤沢にあります。これは王都でも売れます」

 そう言ってホクホクした顔で帰っていった。


「エルフって思ったより気さくなんだな」と父さんは言ったけれど、ルードさんは普段は全然気さくなヒトではない。美味しいものが絡んだ時だけ、とっても気さくなのだ。



 それでニールのお店は出来れば今代わりにやってくれているダッカさんが買ってくれるといいけれど、ダメなら居抜きで商業ギルドに売ることにした。

 あと家財道具はさすがに必要なので、母さんが持つ大容量のマジックバッグで持ってくることになった。


 母さんなら警護の依頼をこなしながらニールの近くまで行き、ダッカさんとの魔法契約解除も店の権利を売却をして、また護衛依頼を受けてセードンへ戻ってくることができる。

 父さんは今の仮店舗で営業しながら新しいお店を探す予定だ。



 2人が引っ越してくるのはもちろん良い機会に恵まれたからというのもあるけど、きっと私の苛めのことが原因だと思う。

 嫉妬の原因であるクライン様は今もいらっしゃるし、今回私が皆をたすけたことで次も矢面に立たされる可能性は高い。

 貴族は私を捨て石にして当然と考えるだろう。

 私に何かあってもニールではやってくるのに2週間以上かかるのだ。



 ニールのお店は父さんの父親、会ったことないけど私のおじいちゃんが作ったお店だ。頑固で怖い人だったそうだけど、働き者で努力家だったそうだ。

「店やって初めて親父の苦労が分かった」と尊敬しているおじいちゃんのお店が大切でない訳がない。



 それでも「俺にとってもいい機会なんだ」と言って父さんは笑った。



 本当の父さんはすごい人見知りだ。

 だからニールでは初めはよく知っているヒトにだけパンを売っていた。

 でも母さんと結婚して、私が生まれると分かったときにこのままじゃいけないとものすごく努力したのだ。



 ヒトに慣れるために忙しい中でも教会の奉仕活動に行って、はじめは緊張しながらも知らない人に蚊の鳴くような声で挨拶をして、それを徐々に声を大きくすることを頑張って。


 今もあんまり慣れない相手に喋るのは得意ではないけど、ヒトの話を聞くと喋らなくてもいいという素晴らしい法則を見つけた。ヒトは話を聞いてくれる人のことを嬉しいせいか好意を持ちやすい。すると相手は無口を職人気質なんだねといい風にとらえてくれる。

 そんな父さんが、いや誰だって新しい社会に入るのはとても勇気がいるのに。



 ありがとう、父さん。母さん。

 迷惑ばかりかけてごめんね。

 なんとかあと4年半、乗り越えられるように私頑張るね。





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