第107話 ジョシュの回想10 ボス部屋


 入ったとたん、目の前が強い光で眩しかった。

 しまった!これは攻撃魔法だ。

 目を開けると先頭にいたコリントン先生が倒れていた。

 まずい!不味すぎるこれは!



 見れば奥にあるボスの座に座っていたのは、オークではなかった。

 魔法使いのローブの骸骨が杖をこちらに向けている。

「全員、散開!相手はリッチだ!」

 カイゼル先生の叫び声が聞こえる。僕らは練習通りにさっと動いたが、ほとんどが動けずに叫び声やら泣き声が上がった。



「ダメだ!恐怖心はリッチに力を与える。聖属性持ちはいるか?」

「もう駄目よ、だってコリントン先生が」と誰かが泣き出した。

 ああ、ダメだ。僕に聖属性はない。



 そんなやり取りをしている中、リッチはカラカラと笑った。

『わしが出るほどの相手はおらんようだな。面倒じゃ。お前らにチャンスをやろう。【出でよ、地獄の番犬ケルベロスよ】』



 リッチが古代語の呪文を唱えるとケルベロスが現れた。

 ものすごく大きい。2階建ての家くらいの高さがある。

 そしてカラカラと笑って、リッチは姿を消した。



 最初に動いたのは、Dランク冒険者のエリーだ。

「みんなケルベロスは火属性です。水属性を中心に攻撃お願いします!とどめは剣で首を同時に叩き落としてください。あと炎を吐くので気を付けて!」



「わたくしが詠唱する時間稼いで!」水属性の強いロイヤー先生が叫んだ



「アイスランス」

「ウォーターアロー」

「ウォーターボール」



 皆で銘々に出来る水の攻撃魔法をぶつけていく。

 それで効けばよかったのだが、ただ苛立たせただけでケルベロスは魔法を放った生徒を前足で払いのけた。



 ギャーという叫び声と泣き声が響き渡る。

 誰かがロイヤー先生の詠唱を邪魔したらしい。先生の詠唱が止まった。

 何やってんだよ!



 それを見たケルベロスはロイヤー先生のいる方向へ向かって炎を吐いた。

 ロイヤー先生が危ない。でも僕は何もできなかった。



 気が付くとエリーがロイヤー先生の前に飛び出して、叫ぶように呪文を唱えて杖をふるった。

サンクチュアリ聖域!」

 彼女は聖属性の防御魔法を維持するため、杖と両手を上げた。



「ロイヤー先生、私が守っている間、詠唱してください。ただし魔力量が少ないので守れるのは5分程度です」

「わかったわ!」



 高難度の防御魔法サンクチュアリをエリーが張ってくれたおかげでケルベロスの炎から守られた僕らは一瞬ホッと息をついた。



「ロイヤーの詠唱済むのと同時に攻撃を開始する。他の水魔法持ちは全員前に出て一斉に攻撃の用意だ。他の子は出来るだけケルベロスの意識を逸らせるようにしてくれ」

 カイゼル先生の指示が飛ぶ。



 僕はこの中で唯一の高位貴族だ。

 カーレンリース辺境伯子息としての身分を隠してはいるけれど皆を守る義務がある。


 ただ一応四属性持ちだが水魔法が一番弱い。

 しかも今は平民のフリをしている。

 バレたくない。そんな気持ちがよぎり、集中力を欠いた。

 水属性持ちの下位貴族の少女が前に出たくないと泣く。うるさい!集中できない!


 くそっ、剣さえあれば。あの首を叩っ切ってやるのに。

 身分を隠していたせいでいつもの剣がない。

 いざとなったら、マリウスの剣を奪うか?でもなまくらだ。僕の剣技にもつかどうか。



「いやああああああ、あの子焼けてるー―ーー‼」



 見ればエリーがケルベロスの炎の熱に焙られていた。整った顔は焼けただれ、指先は黒く無くなっていた。

 ただいつも着ている生成りのローブは焼けていない。ローブから出ている部分だけ焼けているのだ。



 エリーが焼けている。顔と手が。

 まるでエロイーズのように。

 目の前で友達が死ぬ。

 エリーが死ぬ。

 そう思うとまるで呪いのようだと心の底から冷える思いをした。



 そう思った瞬間エリーが倒れ、ロイヤー先生が「フラッドオブビッグリバー大河の洪水」を放ち、正気にかえって遅れながらも僕も「アイスボム氷爆弾」を放った。



 でもケルベロスは全然倒れなかった。

 痒いものでも当った位に首を振っただけだった。



 エリーどころか、僕たち全員が死ぬ。そう確信した。



 するとその時倒れたエリーのすぐ上の空間が歪み、彼女の従魔ドラゴが転移で現れた。

 彼はケルベロスを指さし、古代語の呪文を唱えた。

「【コキュートス氷結地獄】」



 彼のただその一言だけでケルベロスは凍り付き、粉々に砕け散った。

 僕らはただあっけにとられただけだった。



 ドラゴは宙に浮いたままエリーに手をかざすと、エリーの体もふわりと浮かんだ。

「このままだとエリーは死ぬ。先に連れ帰る」

 そのままエリーをひっつかんで転移するのかと思ったら、僕を見て、

「やっぱりお前役にたたねーな」



 そう一言残して、消えた。



 違う。

 確かに僕はエリーの従魔のドラゴに嫌われていた。

 彼は僕の変幻と隠蔽に気が付いていて、でもエリーに味方が少ないから渋々認めていただけだった。

 それでも毎日近くにいたから彼の魔力はよく知っている。



 でも今のは、今のはドラゴじゃない。

 何だ、あの圧倒的な力は?

 誰だ?



 僕は混乱し皆もあまりの恐ろしさに固まったままだったが、経験の差でカイゼル先生が立ち直った。



「みんなー無事か?班で集まって点呼してくれ」

 当然、エリーがいないのでウチの班は4人だ。マリウスとメルがエリーを心配する声を上げ、嫌味を言っていたシャイナがバツ悪そうにしていた。

 いつも苛めていた令嬢たちも、無視を決め込んでいた同級生も黙りこくっていた。



「みんな、トールセンが心配なのはわかるが、とにかく無事に帰ろう」

 そういうとボス部屋の奥の転移石にみんなを誘導し始めた。

 まず最初にケルベロスの攻撃で出た怪我人を返すことになった。



 カイゼル先生は持っていたハンカチをコリントン先生の顔にかけて、

「先生、ありがとうございました。どうか安らかにお眠りください」

 と聖属性が使えないながらも聖句を唱えて弔っていた。

 リッチに殺されたコリントン先生をそのままにしておくと、彼もまたリッチになってしまうからだ。

 教会へ戻って聖属性魔法で魂と肉体を清めてもらわないといけない。



「すまないがコリントン先生の弔いのため先に帰る。あとは任せてもいいか?」

 残った先生方は了承しカイゼル先生は転移石で帰ってしまった。



 あとは行きと同じように転移石で全員帰った。



 今までのダンジョン見学でリッチなど出たことなかったのに。

 犠牲者も出てしまった。

 いや全員死んでいてもおかしくなかった。



 僕は高位貴族なのに一体何をしていたんだ?

 保身のために戦いを前にして躊躇するなんて、そんなこと剣聖として許されることではない。

 僕ならばエリーがあそこまで重傷を負う前に助けられたかもしれないのに。



 父上や師匠たちが言っていた意味が初めて分かった。



 自分を偽っているものに、真実の力を発揮することは出来ない。

 でももうローザリアに僕の人生を邪魔されるのだけは嫌だ。

 あいつさえいなければ、あいつを殺したい。



 自分の中に湧きおこる憎しみの嵐が僕を揺さぶる。



 どうしたらいいんだ。どうしたら……。





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