第108話 目覚めてみれば


 目覚めるとそこは知らない天井だった。



 寮の部屋でも、クランの部屋でもない。

 窓が大きく取ってあって、風通しがよくとても涼しい。

 どうやら水辺の側らしい。柳の葉の向こうに池のようなものが輝いている。



 部屋の中はシンプルだがなかなかにお金のかかった作りだ。

 美しいシフォンのカーテンに、上質な家具。ベッドに掛けられている羽布団もとても高価だ。



 なんでこんなところにいるんだろう。

 確かダンジョンに見学に行って、シャイナとその友達が図々しくてみんなで怒ってたんだよね。

 それで早々とボス部屋の前に集合して、コリントン先生が全員揃いましたなって言ってて。

 あれ?それからどうなったっけ?



 そしたらノックされて、返事を返す前にドアが開いた。

「エリー!」

「母さん?どうしてここに?」

「ああ、神様。ありがとうございます!」

 母さんが駆け寄って泣きながら抱きしめてくれる。ちょっと苦しい。



「母さん、息が出来ない」

「ごめんなさい。エリーは病み上がりだものね」

「病み上がり?私病気だったの?」

「やっぱり、何も覚えてないのね」

 母さんが私の目を覗き込むように顔を寄せた。まだ涙がどんどん溢れている。

 私母さんがこんなに泣くのを初めて見た。



「うーんと、ダンジョンのボス部屋の前で集合したところまでは覚えてる」

「そう、じゃあビリーさんのおっしゃる通りの記憶になっているのね」

 ?クランマスターに何の関係が?


「それよりここどこなの?ニールの近く?父さんは?お店に一人なの?」

「父さんは店を片付けてからおっつけこちらにやってくるわ。ここはニールではなくてセードンという湖畔の町よ。王都に近い避暑地なの。あなたはひどい熱を度々出していたから涼しいこの町にビリーさんが移してくださったの。この家もクランの持ち物だそうだわ」



 母さんは簡単に説明してくれた。



 ダンジョンのボス部屋にリッチが現れてそれが召喚したケルベロスが出たそうだ。

それで私がみんなを守るために防御魔法サンクチュアリを掛けたんだけどケルベロスの吐いた火で大やけどしたんだって。

 そのケルベロスの火がインフェルノという地獄の罪人を焼くためのやっかいな魔法の炎だったらしい。火傷を治しても私の記憶が焼かれたことを思い出して、何度も何度も火傷を繰り返し、発熱が下がらなかったんだという。



 それで最後の手段として、私がインフェルノで焼かれた記憶を完全に消し去ることにしたんだそうだ。

 だけど記憶を消してもなかなか私の熱が下がらず、命の危険もあるかもしれないと母さんが飛んできたそうだ。

 私はなんと3週間も寝込んでいたのだ。



「ビリーさんがおっしゃるにはね、魔法の力は記憶だけじゃなく魂にまで作用することがあってそれが残っているんだろうって。

でも火傷が起こらなくなったし効果がなかったわけじゃないから、側で様子を見るよう迎えの馬車まで寄こして下さったの」



 そうなんだ。ものすごくお忙しい方なのにご迷惑おかけしてしまった。



「ずっと何日もあなたに付き添ってくれていたみたいよ。

あなたの部屋に書類持ち込んで仕事しながらね。記憶を消してから少しは離れられるようになったらしいけれど」



 どうしよう。リカルド様に言った以上に本当に返しきれないご恩を受けてしまった。



「そうだ、エリーの同級生にも会ったのよ。こちらに移る前に準備のために少しだけ買い物に出た時にね」

「誰?」

「サミュエル・ダイナー様よ。知ってるでしょ」

「……うん。錬金術科志望で同じ授業をいくつか取ってる」

 サミー様?どうして?



「町で急に呼び止められてね。私のこと、エリー・トールセンの母君ですか?って。私今は平民なのにね」

 そうなんだ……。

「私とあなたがそっくりだからわかったって言ってね。顔を真っ赤にして可愛かったわ。花束もいただいたのよ」

「私わかるほど母さんに似てるかな?」

「似てるわよ。少なくとも会ったことのない人がわかるくらいにね」



 話を聞きながら、母さんに手伝ってもらって着替えをした。

 食事は取ってなかったので具のないスープだけだ。急に固形物を入れると胃がびっくりしてしまうから。

 ずっと魔力供給でドラゴ君とミランダが私を助けてくれていたそうだ。

さっきまでミランダちゃんいたのにねぇと母さんが不思議そうに首をかしげている。



「ダイナー様はあなたのこととても勇敢だったってほめてらしたわ。ご自分は騎士でもあるのにあなたを助けることが出来なかったことをとても悔いておられた」

「そんな、急にリッチやケルベロスが出てきて対応できる10歳なんかどこにもいないよ」

「でもあなたはやったんでしょ」


「その……たまたま学院の先生から聖属性の防御魔法を教わっていたからだと思う。何も覚えてないけど」

「たまたまじゃないでしょ。あなたが苛めにあってるなんて母さん知らなかった」

 ……サミー様。母さんに一番知られたくないことを言う。



「そのことも彼は悔いてらしたわ。あの方のお仕えする方のことで嫉妬されて、でも助けるとかえって嫉妬心をあおるからって止められていたそうよ」

「うん、そうだと思う。何をやっても無駄なの。貴族ってそういうものなの。平民はゴミなの」

「そこまで言われたの?ひどいわ」

「でも母さんも貴族だったころは付きあう人じゃないって思ってたでしょ」

 そこまで言うと母さんも黙った。



「私知らなかった。

勉強が人よりできただけなの。傷を治すために貴族の手を素手で触っただけなの。何にもしてないのに泥棒呼ばわりされて無罪を証明したかっただけなの。

でも貴族にとっては私のことは自分たちに逆らう無礼者なの。

私まだ10歳なのに毒婦なんだって」

「何てこと!ひどい‼」


「私魔法のおかげでほとんど被害には遭わなかったわ。

でも私の周りの子が代わりに服が濡れたり、食べ物にゴミを入れられたりしたの。

出来るだけ私も守るようにしたし、2人はそれでも友達でいてくれたの。

でもほとんどの子は将来がかかっているからって私のこと無視するし、面と向かって悪口も。ひどいよ」

 母さんは私を抱きしめてくれた。



「貴族って何なんだろうね。私を苛めることが領民のためになるなら仕方なかったけど、そんなことどうでもいいって叫んでたわ。どうしてそんな奴らの言うこと聞かなきゃいけないの?」

「そういう人ばかりじゃないわ。立派な人もいるわよ」


「そのご立派な人のリカルド様は私が苛められている様を見て楽しんでいらしたわ。

見事に魔法を使うなぁって感心してたんだって。どう思う?」

「そ、それはどうしてなのかしらね」

「多分、私が堪えてないと思ってるのよね。そんな訳ないけど」



 私は自分の思ってることを言った。

「あの人たちおかしいの。貴族だけじゃない。平民もよ。私に人の心がないと思ってるの。私がどんな思いで誘拐犯の討伐したのかも知らないし、知るつもりもない。

ただの人殺しだって言うの」


「そんな……」

「サミー様は大方わかってくださったけど、一つだけ違うの。私が討伐したら人殺しでもサミー様が討伐したら勇敢な行為だと褒め称えられるの。あの方は貴族だから」

 違いはただ身分だけ。



「私貴族なんていらない。でも貴族全部殺しても貴族社会はなくならないんでしょうね。誰かが取って代わるだけ。だからそんな無駄なことしないの。社交のドレスと一緒よ」

「エリーなんて恐ろしいことを」


「あの人たちは平民が全員死んでも構わないと思ってるの。役に立つから生かしておいてるだけ。本当に全員いなくなって初めて困るんだろうけど。

それなのに従っている平民なんて滑稽でしかないわ」

 母さんは悲しそうに私を見ていた。



「私だってみんな嫌な人だとは思ってないよ。でも関わるとろくなことにならないの。貴族のいない学校へ行きたいけど、錬金術師になれる学校は2つしかなくてどちらも貴族の巣窟だし。外国の学校へ行けないかしら」

「難しいと思うわ。学校はあるけど、子供が外国へ出るのは禁止されてるの」


「ああ、そうね。エドワード殿下が仰ってたわ。魔法を使える子供を奴隷にするのは大人よりも従順に育てられるからって。魔法が使える子供が流出することは兵隊が減るもんね」

「エリーそんな言い方ないわ」


「だってゴミくずの平民を魔法学校へ送り込むのって兵隊にするためじゃない。よくよく考えたらおかしな話よね。私たちは確かに学費を立て替えてはもらえるけど、それは働いて必ず返すようになってるの。結局は自分のお金で学校へ行くのよ。それなのに兵隊扱いなんてね。戦争がなければ出世コースなんだろうけど」



 ここまで話すと私は疲れ切ってしまった。

 さすがに母さんに流浪の民になろうとしているは話せなかった。

 それでせっかく着替えたところだけど、もう一度ベッドに入れられた。



「エリーあなたは疲れているのよ。だから後ろ向きなことばかり考えるの。とにかく眠りなさい」

「……うん」



 目を閉じれば思ったよりも早く私は眠りに落ちた。






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