第106話 ジョシュの回想9 ダンジョン見学


 今日はダンジョン見学だ。

 集合場所である校門前にはほとんどの生徒が集まっている。

 マリウスやメルもいる。シャイナは自分の友達のところでおしゃべりしている。



 エリーはまだいない。彼女は以前10分前行動が基本だと言っていたが、最近はギリギリにしか来ない。時間に余裕があるといろいろ絡まれるからだ。

 彼女が避けているのは苛めをしている令嬢たちやそれに便乗する平民たちだけでなく、リックや彼の騎士のダイナーもだった。

 僕としてはリックとは友好な関係でいてほしいんだけど。



 ああ、やってきた。いつもの生成りのフード付きケープを着てドラゴの手を引いている。今日の見学には従魔は連れていけないのに。でも彼女の従魔はわずかな時間でも彼女から離れない。



 エリーがミランダとドラゴを抱きしめて帰るように言うと、ドラゴは憮然した様子でちらりと僕の方を見てきた。

 わかったよ。エリーは僕が面倒をみるから。

 ドラゴは僕のことが気に入らないが、あまりにもエリーに味方が少なすぎて僕と引き離すのを諦めたらしい。



 ダンジョンに入ってからもエリーは全然気が抜けなかった。

 案の定、昼食の時間にリックから転校通告された令嬢からエリーは絡まれていた。

うぉ、平手打ち。お前もうすぐ平民落ちするんだろ。



 そしたらエリーがまた爆弾を放ち始めた。

「……ケルピー様は本当に貴族としてあるまじきお方なんですね」

「何ですって‼」

「男爵家といえども、あなたの家には仕えてくれる家来や領民がいるはずでしょう?その人たちのことは考えないんですね。

私は貴族の方々が無理難題をおっしゃっているのを何度か目にしてますけど、それだって領民を守るためなら仕方がないと思うんですよ。

でもあなたはそれすらも出来ない。廃嫡されて当然でしょうね」



 まぁそうなんだけど。そこまで言うとは……。ダイナーも固まっている。



「大体根本的に間違っているのが、何でリカルド様が私のことを好きになると思っているんですか?そんなことある訳ないです。

あの方が私を班に誘ったのは、あなたの知力が明らかに低いからです。

あの古代語の訳は本当にひどかった。私がリカルド様ならこう思いますよ。

『私と一緒にいたいならもうちょっと勉強して来い』ってね。

だってサミー様はちゃんと勉強してこられてるんですから」



 これはダメだ。エリーは本気で怒っている。

そして言っていいことと悪いことの見境が分からなくなっているんだ。

だって相手のこと馬鹿ってはっきり言ったも同然だもの。



「確かにリカルド様は身分で下に見ることはないでしょう。

でもあの方こそもっとも身分を重んじなければならない立場なんですよ。なぜならあの方は王の近習になるからです。

そのような方が身分を超えて平民に心を移すことなどありえない。

だから私を苛めるくらいの可愛い焼きもちならいざ知らず、そんなくだらない噂を流したあなた方を許せないんです。

だってあなた方はあの方と結婚したいと色目は使うけれど、彼の政治的立場を全く見ようとしないんですから。それでよく結婚したいなんて思えるのか不思議です」



 うん、その通りだね。むしろエリー、会って3か月もしない君がそこまで理解していることの方が驚きだよ。



「私はリカルド様のことを学友としてならともかく、男性としては全然好きじゃありません。

あの方は私があなた方に苛められているのを見て楽しんでたんです。

実際ご本人からそう言われました。

そんな男になんで私が惚れるんですか?貴族になんかなりたくもありませんしね」



うおっ!今度は矛先がリックに。こんなことで怒らないと思うけど他の奴らがなぁ。



 ここまで言うとさすがに相手の令嬢も理解したみたいだ。

「じゃあ何、あなたはわたくしたちがありもしない恋愛感情を心配して、自分で自分の首を絞めたとでもいうの?」

「ケルピー様、素晴らしいです。まさにその通りです。その理解力を薬草事件直後に持っていただきたかったですね」



 うわぁ、とどめ刺したよ。ああ、相手の子はめまい起こしてる。そうだよな。ショックだよな。

 でも彼女は理解したみたいだ。

 兄上の言ったことは本当だった。

 エリーは自分が損をしても相手に物事の道理を説いたのだ。そしてそれは平民落ちする彼女へのはなむけなのだ。



 これが清廉スキルの力なのか。すごい力だ。すごいけど諸刃の剣だ。



 僕らのいるところに戻ってきたエリーは自分の言ったことに青ざめていた。

「どうしよう。私、大丈夫かな?」

「ダイナー様はなんて?」

「私に借りがあるからって言ってくれた」

「なら、大丈夫じゃない?」

 僕も後で取りなしておくよ。



 そこからはシャイナが僕らと一緒にいたくないとごねた。

 それくらいならいいが、彼女と彼女の友人の班は完全に僕らの班に依存していた。

 僕らが魔獣を倒し、宝物を回収し、ポーションを準備したり、汚れを落としたりいろいろしているのに、シャイナとその友人たちの班は何もしない。

こういうのを冒険者用語で寄生と言うらしい。

 冒険者にとってとても嫌われる行動だそうだ。しかも全員平民。

「まだ貴族なら恩も売れるし、こちらにも利があるのに」とエリーがブツブツ言う。



 マリウスもキレかかっていて、

「なあ、このドロップあいつらと分けなきゃいけないのか?」

「戦闘にも探索にもかかわってないから権利はないと思うけど。でも最終判断は先生が決めるからなー」

 エリーはもう先生任せか。

「あの子たちはもらう気満々のようだね」

 僕はちょっと諦めかけている。

「さすがにそれは抗議したい……よね」

 大人しいメルですらぼやいてた。っていうかメル全然エリーと普通に喋ってる。

いいのか?



「だってさっきの話聞いたら、エリー全然悪くないし。

僕らの間じゃエリーは美形だからリカルド様の愛人を狙ってるって評判だったんだ。

確信犯なら近寄ったら危ないでしょ」

「俺らがいるじゃん」

 マリウスが怒ったように顔をしかめる。

「二人はエリーに騙されてるってことになってた」

 僕の思った通り、間抜け野郎で通ってたんだね。



 集合場所のボス部屋前に行くと結構人が集まっていた。

寄生女どもを振り切ってもう帰りたいそんな気持ちでいっぱいだった。



「全員揃いましたな、では入りますぞ」とBクラス担任のコリントン先生が宣言し、ボス部屋の扉を開けて全員で入った。




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