第105話 ジョシュの回想8 エリー


 エリーが僕の勧めで錬金術科志望の生徒たちと仲良くし始めた。



 その中にはリックとリックの騎士ダイナーがいた。

 ダイナーの方はエリーに勉強を教わっていると聞く。時間がないから学習帳作っただけというが、見たらすごくわかりやすくて僕もこれで勉強したいくらいだ。



 Dクラスのユナという少女の恋愛相談まで乗っている。

「ジョシュ、好きな子いる?」

「いないけど。なんで?」

「ユナに好きな男がいないとお子ちゃまって言われたんだ」

「別に10歳だし、遅くないだろ」


「だよね。それでメルとくっつけてって言われてるんだけど、メルには幼馴染がいるらしくて。そのこと言ってもいいと思う?」

「それは……、彼女がいるなら言ったほうがいいけど彼女なの?」

「幼馴染って聞いた」

「じゃあ、ただの友達かもしれないし勝手なこと言わない方がいいんじゃない?」


「ならだれか有望な商家の平民の男の子知らない?」

「ユナに紹介するの?でも彼女孤児院の子なんだよね。商家だと結構身元厳しいからなぁ。彼女成績いいの?」

「Dクラスの上くらい。努力家ではある」

「Cクラスの上くらいないと厳しいよ。エリーならどこの商家でも嫁げるけど」

「私はいらない。平民なんだから好きな生き方するんだ」



 彼女の好きな生き方とは『常闇の炎』でみんなに役に立つ生活魔道具を作ることだ。

 貴族には興味がない。

 彼女はかなりの美形で頭脳もこの学校でトップというより、王都でもトップクラスのはずだ。

 でも勉強が出来るからっていつも賢い選択をするわけじゃない。



 あるとき、学校の薬草畑を何ものかに食い散らかされた事件があった。

 そして彼女は容疑者にされた。

 僕がいれば僕も被害者だったので、神殿への訴えも、不寝番も手伝ったのに貴族令嬢とのいざこざが起こる最悪の結果になってしまった。

 元々リックと親しくしていて妬まれていたんだろう。



 令嬢たちはエリーを苛め、その苛めはエリーを直接は傷つけないが周りにいる僕らに振りかかった。

 リックは静観している。というか、僕が右往左往してるのが面白いみたいだ。



 屋敷にリックとクリスを招いて話をつけようと思った。リックが直接かばい立てすると別の軋轢も起きそうだからしょうがないのもわかるけどさ。



「君の性格が悪いのはわかったから。いい加減エリーがかわいそうだろ」

「いやぁ、エリー君の見事な魔法にはほれぼれするね。いつも貴公子の君があんなになるなんて大変だ」

「誰が貴公子だ。彼女は僕の盾なんだ。彼女が目立てば僕は側にいる鈍くさいヤツで終わるからな」


「ローザリア嬢を避けるのは大変だね」

 クリスが心配そうに言う。

「あいつ、早く死なないかな。暗部使えるなら送り込みたい」

「まずいよ。仮にもミューレン侯爵家のあととりだ」

 クリスは魔法士としての力が強いのに、案外優しい。だがあいつはただのもめ事の種にしかならない。


「ミューレン侯爵もいい加減再婚して子供を作ればいいのに。私が侯爵なら彼女はすぐ廃嫡して修道院行きだ」

「陛下も再三再婚を勧めているみたいだよ。そのうち気づくだろうさ」

 クリス、甘い。

 あの親バカにそんな能力はない。そんなこと僕もリックも百も承知だ。



「それよりもリック。君が学院で『平民の毒婦に騙されるかわいそうなクライン様』って言われているの知ってるのか?」

「ほう?それはどんなことなのかな」

 聞けばエリーを苛めている令嬢たちがうわさを流していた。



 何やってんだよ。リックを貶めるなんてホントどうかしている。

 だいたい清廉スキル持ちのエリーがどうやって毒婦になんかなれるんだ。

 むしろあんなお人よし、他で見たことないぞ。

 毒婦なんてのはローザリアみたいな奴のことを言うんだよ。



「馬鹿な奴らだ」

 簡単に激高したりしないのでみんなに穏やかな人物と思われているリックは本当は厳しく容赦がない。味方ならこれほど心強い存在はないのだが、ひとたび彼が敵と見なせば相手の家は没落する。

 しかもリックはクライン家についている光の精霊王の加護まで得ている。



 下位貴族には絶対にないもの。

 なぜ僕らが上位貴族であるかといえば上位貴族の家には精霊が宿っているのだ。

そして精霊から祝福を賜るのだ。その中でも特にお気に入りのものには加護が授けられている。



 僕のカーレンリース家は土と風の精霊が付いている。穢れが生み出す魔獣を抑えるために、聖なる木々を育て守る力が必要なのだ。兄上たちには風の祝福が、僕には土の精霊の加護がある。

 クリスのグロウブナー公爵家は闇と水の精霊が付き、彼も闇の精霊の加護がある。



 ローザリアのミューレン侯爵家にも闇の精霊が付いている。それなのにあいつには火しか使えない。

 あいつの兄のヘルベルト様は闇の精霊の加護があり、とても優しい方だったと聞く。

 闇属性は穏やかな安らぎを与える。行き過ぎると死んでしまうけど。

 ミューレン侯爵家は彼が生きていれば安泰だったのに。

 3年前の馬車の事故でミューレン侯爵夫人と共に亡くなったことが返すがえすも残念だ。



 その中でもリックはただの精霊ではない、光の精霊王の加護なのだ。

これ以上の加護は神しか与えられない。

 わが国の貴族で唯一神から加護を受けておられる方は、王弟のアリステア公で鍛冶神アウズの加護だ。

 しかし光の神ヴァルティスの王国であるこの国では、光の祝福や加護が珍重される。つまり今、王国で最も位の高い加護を持っているのだ。



 それに加護だけでなく、リックの高い能力はみんな知っている。

 3人の殿下だけでなく、陛下もだ。陛下はリックを近習ではなく宰相候補にと考えておられる。

だから母方のヴァレンツ侯爵家が養子に迎えたいと名乗りを上げているのだ。

 そんなリックを貶めようなんてどう転んだって無理なのだ。



 その後、リックとクリスと共に王宮に招かれて茶会に行った。僕もユリウスで出たので女どもが群がってきた。

 家付きの二人ならいざ知らず三男坊の僕に群がってどうするんだ?

 リックもクリスもいつも通りにしていたが、リックのことが心配だと一人の令嬢が例の話を言い出した。



「クライン様、何やら平民の毒婦にうろつかれてお困りと伺いましたわ」

 リックは極上の作り笑い(僕は処刑を言い渡すときに見せる最も恐ろしい顔だと思う)を浮かべて、

「私が?」



 この時茶会に走った冷気は参加者全員を凍り付かせた。

聞いた令嬢は固まって動けなくなった。君の勇気は素晴らしかったよ。

 だがこれでもう学院で噂は流れない。



 その後エリーは苛めを行った令嬢たちを許すようにリックに嘆願していた。

 はっきり言ってそんな価値あいつらにあるとは思えない。

 するとリックはまんまとローザリアの犯罪を聞き出し、エリーに恩を売っていた。

 ローザリアの奴、またそんな恐ろしいことをしたのか。

 どうしてそんなに簡単に残酷なことが出来るんだ。

 あいつだけは更生することは無理なんだな。



 その後はとにかくリックが令嬢たちを諫めて、適当にあしらう予定だった。



 すると今度はクリスから情報があった。

「実はリックの例の噂をシリウス殿下が重く見られているそうなんだ」

「でももう言われてないだろ?」

「ああ。ただリックが王を選任することは変えられないだろ。神託なんだから。

そのリックの正当性を汚すような噂は許せないとそうおっしゃっているそうなんだ」



 その後シリウス殿下からクライン伯爵へ、噂を流した令嬢たちと件の毒婦を処分せよと命令が下った。



 どう考えても非は令嬢たちにあり、被害者であるエリーには酷な宣告だった。

 それで僕とリック、なぜかディアーナ殿下がエリーを擁護することになった。

 彼女にラインモルト枢機卿が後援についておられること、奴隷目的の誘拐犯を討伐し壊滅に持ち込んでいること、いじめの元になった話が明らかな冤罪であったこと、賢者ハインツ師も認める秀才であること、教会へずっと奉仕活動を行っていること等が加味され、保護観察処分になりディアーナ殿下が責任を持つことになった。



「べ、別にリカルドのためにやる訳じゃないからね!トールセンはアリステア叔父様によく似ているし、従魔たちのなつく様子を見ても彼女が悪いわけではないようだから。それだけだからね!」

「ディアーナ様のお手を煩わせるなど、このリカルド痛恨の極みでございます」

 そういってリックがすまなそうに微笑むとディアーナ殿下の頬が赤らんだ。



 そうなのだ。ディアーナ殿下は人前ではなるべくリックと直接話をしないようにされているが、リックのことが大好きなのだ。

 アリアからの情報だとそれは恋というより憧れの騎士のように思っているそうだ。

 結婚できないことを残念がるより、

「そんな、そんなの尊すぎて無理……。遠くから眺めているのが一番いいの」

 尊すぎるってなんだろう?



 そんな訳でエリーは首の皮一枚でなんとか退学を免れた。他の令嬢たちも転校だけさせて処罰はその家に任せることになった。



 このことを知っているダイナーもホッとしている様子だった。

 ああ、ダイナーはエリーに惚れてるんだな。

 才色兼備で優しく働き者のエリーはこの令嬢たちのことがなければ嫁候補としてみるものは多かったろう。

 ダイナーは次男で騎士になるのだし、ほとんど平民だ。



 でもリックに仕えるならエリーは近寄らないだろう。

 エリーの貴族を見る目が段々冷えているのを感じているからだ。

 僕が貴族だと知ったら、僕のこともきっと避けるだろうな。






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