第93話 失望
「おーい、今日はダンジョン見学の班分けを決めるぞー。お前らは20人だから5人で4班だ。ほらさっさと別れろ」
担任のヨーゼフ・カイゼル先生はこともなげに言うがこれが結構困るのだ。
このクラスのグループは、大きいところが8人、小さいところが2人で2の倍数が多い。私はマリウスとジョシュと組むのであと2人入ってくれればいいけど、私が貴族令嬢と問題を起こしているので女の子たちは全然寄ってこないし、男の子たちも出来れば組みたくなさそうだ。
マリウスがいろんな子に声を掛けてくれるも、
「なぁ、お前ら2人なんだろ、俺たちと組もうぜ」
「ごめん、マリウス。そのやっぱり俺たちトールセンはちょっと……」
「はぁ?こいつは苛めの被害者だぞ。それでも男か?」
「だって将来貴族に仕えた時に、トールセンと親しくしてたって非難を受けたらやってられないよ。俺たちはマリウスみたいに強くないんだ。
悪いけど他のところへ行って」
マリウスは騎士志望なので憤慨していたし、私は悲しかったがジョシュは別の見方をしていた。
「誰かが残るまで待ってようよ。絶対あぶれるヤツいるから。
ただもし僕らが分かれろって言われたら、エリーは僕と一緒の班にした方がいいと思う。エリーの弱点は魔力が少ないことだからね。
エリーは班内で孤立させられる可能性が高い。
そのときに魔力のサポートが不可欠なはずだ」
「お前は腹が立たないのかよ」
「彼らは自分の立場をちゃんと考えて行動しているから責められないよ。
エリーは被害者だけどエヴァンズや学院で悪評が立っているのも事実だ。
貴族はこういうことをしつこく覚えているんだよ。後々まで尾を引くかもしれない。
でもさすがに事情をちゃんと知っている僕らぐらいは一緒にいようよ」
「ありがとうジョシュ、マリウス。迷惑かけてごめん」
「気にするな。騎士はこういう理不尽に立ち向かうものだ」
最後まで待っていたらジョシュの言う通りあぶれた子がいた。じゃんけんに負けてしまったらしい。
1人はメルでもう一人はシャイナ・ジェロムセンという、侍女・メイド科志望の子だった。彼女は私と一緒だと就職できなくなると大泣きしていたが誰も助けてくれなかった。
結局同じ班になってしまったのだが、次に彼女がしたのは、マリウスにベタベタして仲間に引き込もうとしたのだ。ひっきりなしに喋りかけ私の悪口と愚痴を言う。
マリウスも騎士道精神を発揮したかったが、あまりの悪口にシャイナのことがすごく嫌になってしまったみたいだ。
「俺の、理想の女の子像が……。どんどん壊れていく。エリーなんかまだましだったんだな」
「あきらめるな、マリウス。今度お前の理想に近い子に会わせてやるから」
「それってもしかして?」
「うん、ソフィア。優しくて家族思いでピッタリだろ」
「でも……」
ソフィアとはマリウスの望むような恋人になれないんじゃ……。
「エリーにはわからないかもしれないけど、男には夢がないと生きていけないんだよ」
そうなんだ、初めて知った。今度クランのヒトに聞いてみよう。
結局私たちとシャイナの仲は悪いまま、メルは一応何かを決めるときだけ話すという感じだった。
班決めをしたけれど、見学はクラス単位で動くのだし、シャイナもメルも普段仲の良い友達のところにいて、班行動の時だけお互い我慢する感じで落ち着いた。
リカルド様を動かしてブラーエ様を許してもらっても目立った暴力がなくなっただけで状況はほとんど変わらないと悟った。
このダンジョン見学が終われば夏休みだ。
ニールに帰って父さんと母さんに甘えたい。貴族たちとおかしなことになっていることを相談したかった。
でも私は家を出たのだ。
行ってすぐ帰るだけの旅にそれほどの時間とお金はかけられない。
それに『常闇の炎』での仕事だってある。
休みの期間が長いので、新しい仕事をしてみないかと魔道具担当のアリルさんからも言われていた。
彼は優秀な魔法士で第一級魔導技師なのだが、勢力争いに疲れて王宮を辞してしまった。失業してもこれだけの技術者なのだから引く手あまただろうと思いきや、王宮に睨まれたくないからと誰も雇ってくれなかったそうだ。
そこで『常闇の炎』が手を上げたのだ。
彼の開発した魔力を節約する魔法陣は王国で空前の大ヒットで、今頃王宮は自分たちの利益を失って嘆いていることだろう。
そう思ってアリルさんに言うと、
「お金よりこの論文の権利を自分たちのものにできなかったことの方が悔しいんじゃないかな。
王宮に戻れば
その代わり論文の協力者に名前を入れろってうるさいんだ」
陞爵とは爵位が上がることで、アリルさんはすでに騎士爵を持っているので男爵になれる。
だがアリルさんにそんな気持ちはもうない。
ここにいれば好きな研究も出来るし、論文を盗まれる心配もない。
上司に忖度しなくていいし、仲間と気兼ねなく話せて楽しいと笑っていた。
聞けば聞くほど貴族が嫌になってきた。
ただ心に深く刻んだことはどんな下っ端貴族相手でも、喧嘩を売られても買ってはいけないということだ。
あの人たちにとって私が無実かそうでないかなんてどうでもいい。
平民が貴族に楯突いたそのことだけが問題なのだ。
無実を証明するためとはいえ、ブラーエ様に反抗的な態度を取ったのはやっぱりバカだったなぁと思う。自分で自分の首を絞めてしまった。
ローザリア嬢が私を殺そうとしたことも貴族にとっては、殺すのはひどいとしても当たり前の行動なのだ。
目障りな害虫は目の前から消す、その程度のことなのだ。
だからブラーエ様やカーラ様がゴミである私を苛めるのは当然で、エドワード殿下やリカルド様の方がおかしいのだ。
いやあの方々もただの気まぐれで自分たちの立場に絡んできたら容赦なく私なぞ切り捨てるだろう。
そこまで自分たちの権利を主張するならそれだけ役に立てよと思う。
でも戦争やスタンピードの時に前線に立つのは貴族ではなく、冒険者か平民出の騎士だ。
民衆を守るために強い血を残すという名目は今では自分たちの利権を守るために強い力を残すことになっているのだ。ぬくぬくと守られて贅沢だけして、身分の低い者ものを下に見て、上の者には媚びへつらう。
私の心はどんどん冷えていった。
もうこの国がどうなろうとどうでもいい。
ハルマさんの言う通り、魔王が復活するんならもうそれでいいじゃないか。
ハルマさんとソフィアやディアーナ王女たちが勇者パーティーとして世界をすくってくれるんだし。
ソフィアは友達だけど、彼女の清らかさは本物で強い力を感じるしきっと乗り越えられる。
私は私の出来ることをするだけ。ちゃんとした錬金術師になれば、みんなの役に立てる。病気や怪我で苦しむ人も助けられる。
みんなの役に立つ魔道具を作ればそれを買ってくれる人もいるだろう。
5年過ぎたら借金を全額払ってこの国を出ようと思う。3年の御礼奉公は借金さえ払っていれば追っ手はこないという話だ。
今更私にこの国での評判など考える必要はない。
『常闇の炎』でずっと働きたかったけど、ここまで貴族に睨まれては迷惑になるかもしれないし、だからこの5年の間に出来る限りのことをしようと思う。
ドラゴ君はその時はいなくなるだろうけど、それまでに強い従魔を育てて冒険者兼錬金術師として立場を確立すればいい。この学生生活はそのためだけに使うことにした。
貴族とは付き合いたくないけどこの5年の間だけ我慢する。
とにかく力をつけるためにも勉強を頑張ろう。
ヴェルシア様、私は自分のことしか考えられないあさましい人間です。
許されないかもしれないけど自分勝手に生きるつもりです。
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