第92話 エドワード王子の茶会3

 

 全員着席するとワゴンに乗った私のケーキが運ばれてきた。

「こちらはトールセン様から頂戴したケーキでございます。確認いたしましたのでお召し上がりいただけます」

 つまり毒見は終了しているということね。

 表側を見てもきれいなので裏側のものを食べたのかな。



「何だねこれは。初めて見るが。ケーキなのか?」

 私はジョシュを見て応答の許可をもらう。

 するとエドワード殿下が、

「もういいよ。ふつうに話してくれ。いちいち面倒くさいから」

「ありがとう存じます」



 私は一度深呼吸して、

「このケーキはクロカンブッシュという勇者のレシピを使用して私と『常闇の炎』の調理頭ルードとで作りました。特殊な製法で焼くと空洞になるシューという生地に様々な味のクリームを詰めて積み上げております。

上に掛けてあるチョコレートの色で中のクリームがわかりますので、お好きなクリームのものをお召し上がりください。

もちろん全部召し上がっていただいてもかまいません」


 ピンクがイチゴ、緑がピスタチオ、黄色が卵、青紫がブルーベリー、ベージュが紅茶、茶色がチョコレートと説明した。カスタードと言うクリームについて話してもいいのかわからなかったので黙っておいた。



 初めて見るせいか、みんな恐る恐る食べていたが、美味しいとわかるとたくさん食べ始めた。このお菓子美味しいよね。生地がサクッとしててクリームと相性が良くて、くっつけるための飴で食感もかわって、いろんな味が食べられるのも魅力的だ。



「うむ、なかなか旨い。先代勇者の秘匿レシピというわけか」

「はい、『常闇の炎』の菓子部門の製造者しか作ることを許されていません」

「君は作っているではないか?」

「殿下、エリーはこの前のマドレーヌも焼いている製造者です」

 これまで挨拶以外は一言も発してなかったジョシュが代わりに答えた。



「おお、あれも君が焼いたのか。なかなかうまかったぞ」

「ありがとう存じます」

「トールセンは何でもできると名高いようだけど、苦手なものはあるのかしら?」

 ラリック公爵令嬢が問いかけてくる。

 私は初めて来た人間だからか皆さん興味津々だ。



「はい、あまり攻撃魔法は得意ではありません」

「なんだ。誘拐犯討伐者で有名な毒婦に手合わせをしてもらおうと思ったのに」

 グロウブナー公爵令息、あなた魔法士団の準団員なんですよね?無理です。



「私がこちらにいらっしゃる皆様と戦って勝てる方はいません。ジョブ判定式まで魔力を育てたことがなかったので入学ギリギリの最低ラインなのです」

「魔法の発動は得意ですよ。失敗しているのを見たことはありません。長く出すのも得意だよね」

「うん。いえ、はい。弱い力を長く続けるのは得意です。でも一気に強い力を出すのが不得意なので、敵を倒すのは不意打ちしかありませんね」

 ジョシュに話しかけられて普通に返事しちゃった。失敗失敗。



「それで討伐も出来たのかい?」

「はい、彼らは私が生活魔法が出来ることは知っていましたが、攻撃魔法が使えるとは知らなかったので服従の首輪を嵌められる前に先制攻撃しました」



 あの誘拐犯たちのその後の状況は、エドワード殿下の方が詳しかった。



 平民側の捜査はほぼ終了し、貴族側は組織の中枢にいた子爵の自殺で幕が下りたがそれも操られていたのにすぎないとみられている。

 そのため、王都のすべての貴族宅に家宅捜索が入ったのだ。しかしこの国で奴隷扱いされている子供や青年は見られなかった。玩具として殺された可能性もあるだろうが、見つかっていないのが優秀な魔法能力がある子供が多かったことからそのまま売却された可能性が高い。



「一番の可能性は、外国へ販売されたのではないかと言うことだ。魔法が使える兵隊としてな。子供の方が従順な兵になりやすいからね」

「そんな!恐ろしいことですわ。何のためにそんな兵を」

「もちろん戦争に勝つためだろう。きな臭いところがない訳ではない」

 なんか和やかなお茶会の席で話す会話じゃないな~。



 私の経歴から派生した話だったが、あまり興味が持てなかった。もちろん、そのまま捕まっていたら私もその兵隊として売られていたかもしれないがもう関わりあいたくなかった。



 王子や公爵の子どもたちが政治的な話に夢中になっている中、ソフィア様が私に声を掛けてくれた。

 彼女はハルマノートに出てくる通りの優しい聖女様だ。柔らかそうな茶色の髪に金色の瞳が美しい。彼女の纏う清らかな空気で私も浄化されそうだ。

 うん、こんなかわいい清楚な方に腿まである白いロングブーツはいいけれど、ローブの下に白いスケスケのブラキャミソールとショーツしか付けられないなんて絶対ダメだ。

 犯罪の匂いしかしない。



「エリーさん、その件では随分辛い思いをなさったと聞きました。今はお体大丈夫なのですか?」

「はい、元気に学校へ通っています。仕事も順調ですし、教会の奉仕活動もしています」


「私も学院に通わせていただいています。本来なら学院の側の教会で活動するのが良いのですが、どうも女性の立ち入りを制限なさっておいでと聞きました」

「ええ、私も祈祷所の清掃や一部の書類整理を手伝っているだけで、あまり奥向きの仕事はしていません。ニールでは孤児院の手伝いもさせていただいてたんですが」


「まぁ、子供の扱いがお上手なの?私は王城の側の教会にいるのですけど、みんないたずらっ子が多くて大変ですわ」

「得意というわけではありませんが今のクランでもお世話しています。子供たちの尊敬を勝ち得るには、彼らより体が動かせる方がいいですね。逃げたらすぐに捕まえられるくらいでないといたずらっ子を制するのは難しいです」


「制するまでは行かなくても本を読むときにじっとしてくれるといいのに」

「なら、その読む本を子供たちに選ばせればいかがですか?自分の興味あるモノから入って、本を読むのは面白いと分かればすこし難しい内容でも付いてきてくれるようになります」


「でも聖書の一説を読んでおりますの」

「うーん、説教はつまらないと思い込んでいる子も多いですしね。神々の戦いのところとか、勇者の恋物語とか、そういったところから読んでみては?あと挿絵の美しい本を選ぶのも重要ですね。

文字ばかりだと飽きてしまうし、状況が分かりにくいこともありますから」


「集中させるのが難しいんですの」

「私は子供が選んだものを一人ずつ膝の上にのせて読んでいます。他の子たちもその話を聞いてくれますし、自分の番になると我先に膝に乗ってきてかわいいです」


 こんなので参考になるんだろうか?

 それにニールの時は孤児院の子供たちもある一定以上大きくなると私に寄らなくなってたし。

 思い出すとちょっと悲しい……。



「エリー・トールセン!」

 大きな声が響き、ビクッとした。ディアーナ王女だ。

「何でしょうか?」

「あなたちょっとそこに座りなさい」

 彼女が指さすところは大きな木の陰にある柔らかそうな草むらだった。


「ここですか?」

 私はなんだかわからないけど、正座して座った。

「ちょっと高いわ。足は延ばしなさい」

 言われるがまま足を延ばす。



 するとディアーナ殿下は私の腿の上に頭を乗せてゴロリと横になった。

 ええっ?膝枕ですか?

「あ、あの」

「あなたは私の頭でも撫でていなさい」

 拒否できないんですね。



 それで言われるがままなでなでしていると、エドワード殿下が妹に笑いかける。

「ディー、何やってるのだ?」

「お兄様たちは小難しい話ばかりだし、ソフィーとトールセンもわたくしと話していないからちょっとお昼寝しようと思いましたの」


「寂しかったのかい?」

「いいえ、アリステア叔父様に似てる子なんてめったにいませんもの。トールセンに撫でられると叔父様といるようですわ。さぁ、もっと撫でるのです」

 私は困って助けを求めたが、ジョシュが撫でろとばかりに目配せしてくるので、撫でているとディアーナ殿下は本当に眠ってしまった。



 そしてそれから1時間経っても起きてくださらなかった。

 皆様が城に戻る時間になってやっと解放されたが私の足はしびれて、生まれたての小鹿のようになってしまった。木に掴まらないと立てない。



 しかもジョシュが、

「ソフィア様、今つつくと面白いですよ」

「痛くないのかしら?あらでも面白いわ」

 ソフィア様~!



 2人で私のしびれた足をつつき始めて、つつかれるたびに私は身悶えした。

「ジョシュ~、覚えてろよ~」

「「ハハハハハハ」」

 ジョシュとソフィア様は大いに笑った。

 ぐぉー、今度からジョシュにはお菓子あげないからな!



 別れるときに、

「ねぇ、わたくしあまりお友達がいないんですの。よかったらお2人とお友達になりたいわ」

「僕らでよければ。いいよね、エリー」

「いいですけど、もうつつかないで下さい」

「うん、友達だから敬語無しね」

 それから同じ馬車で帰ることになって、もうちょっといろいろ喋れた。



 ソフィアは下町の洗濯屋の子どもで貧しく決して身分は高くなかったけど楽しく暮らしてたんだって。5歳のころ母親について行った洗濯場で狼の魔獣に襲われたときに聖なる力に目覚めてしまったらしい。


 初めは王宮が教育することになったが教会はこれまで聖女の管理をしていたと主張。そのまま教会に身を寄せることになったそうだ。

 でもあとでわかったことは、王宮に引き取られると聖女の力を使わされるばかりで出かけることも許されないらしいし、王族と結婚させられてしまう。王子たちとよく会わされるのはそのためらしい。


 だから教会の方がまだ自由が利くんだって。時々親兄弟とも会えるし、学校にも通えるし、今は不自由ないそうだ。

「でも他の人と結婚したくなったら困るよね」

 うーん、聖女は還俗できないのかな?



 ソフィアを王城そばの教会に降ろしてからジョシュは、

「今日はつまらなかったけど、エリーのケーキと最後につついたのは面白かったな」

「ジョシュ……、お前に食わせるケーキはねぇ!」

「えー何で~?ソフィアと仲良くなれたじゃないかー」

「それとこれとは話が違う。人の弱みに付け込んで大笑いしやがって~」

 と言いつつも、2人で大いに笑った。

 とりあえず高貴すぎる困ったお茶会は終了したのだ。



 捨てる神あれば拾う神あり。

 ユナとはもうダメそうですが、ソフィアと仲良くなれました。

 ヴェルシア様、どうかこれからもよくお導きくださいませ。





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