第94話 鍋オーブンの茶会

 

 自分勝手に生きるとは決めたけど、出来るだけ周りと軋轢を起こさないためにも約束したことは守るし、友達とも時間をかけて徐々に距離を置いていこうと思う。

 予科が終わればマリウスとジョシュは自然と離れるから心配しなくてもいいだろう。



 だから今日はちゃんと約束通り、野外での鍋オーブン料理の講習会兼お茶会だ。

 きっと私を嫌う貴族たちは下品だと笑うだろうが来てくださった方に喜んでもらえばいい。



 お招きしたのはリリー寮長とお仲間の姫騎士を目指すご令嬢たち。ジョシュとマリウス。それにソフィアだ。

 ジョシュにエドワード殿下たちをお呼びした方がいいのか尋ねると、

「あの人たちは忙しいから招き返す必要はないんだ」

 よかった。来てもらってもまた妬まれるだけだもの。



 まずは作り方の手順を見てもらうために私が部屋から持ち出した作業台の前に設置した椅子に案内した。

 近くでパン生地や火加減などは見てもらった方がわかりやすいからだ。

 鍋オーブンは3つ使うので、火も3つ用意済みだ。熱くなりすぎないように精霊石で調整する。

 別にテーブルも用意してあり、食事とお茶の提供はそちらでするつもりだ。



 この設営はジョシュも手伝ってくれた。

 マリウスは時間直前に来て、手伝いがいったのを知ると、

「手伝いがいるなら俺にも声掛けろよー」

 そっか。普通の男の子ならこういう準備が忙しいって知らないか。

ジョシュの気が利きすぎるんだな。



 お客様が全員揃ったので私は茶会を始めた。こんな茶会見たことないけど、平民だからいいんだ。



「本日はお越しいただきましてありがとうございます。今日は野外で役に立つ鍋オーブンを使った料理とパンとお菓子を作らせていただき、それをご賞味していただきたいと存じます。少々お時間を頂戴しますがよろしくお願いいたします」



 まずはパンの作り方だ。

 粉と水と砂糖と塩と油、それと商業ギルドで販売されている酵母を使う。

父さんの使っている酵母とは違うけどあれはまだ特許を取っていないのであまりお知らせしたくないのだ。



 パン生地をこねて鍋に入れる。

「ここまでを朝の出発前にされるとよろしいかと存じます。もしお時間がない場合は前日に作って氷魔法や魔道具で冷やして発酵を遅らせる方法もございます。必要のある方はやり方のレポートを差し上げますので後でおっしゃってください」

 今も大体の手順を書いたものをお渡ししてある。みんなに生地の仕上がりの様子を確認してもらって話を続けた。



「この状態で1時間ほどすると生地が1,5倍に膨らみます。今言った時間はあくまで目安です。その時の気温や置いている場所に左右されますので生地の大きさが目安になります。ではパンは発酵を待つためここまでにして鳥の丸焼きの作り方に移りましょう。次のページをご覧ください」



 それから鶏の丸焼きの作り方に移った。今回は鶏にしたがもちろんオーク(豚型の魔獣)でもコッコ(鶏型の魔獣)でもミノタウロス(牛型の魔獣)でも他のものでも構わないがある程度肉がしっかりしているものがおすすめだ。



 ジャガイモ玉ねぎニンジンセロリなどを大きめに切って、内臓を取ってきれいにした肉に塩とニンニクを擦り込みハーブと共に野菜を中に入れ込む。余れば周りに敷いておく。塊肉の時は中に入れないで下に敷き詰める感じで。ちょっと焦げるがそれも旨味だ。

 用意ができたら精霊石で燃やしてあった火にかけ、ふたの方にも赤くなった炭を乗せて焼く。こうしないと下ばかり焼けて上に美味しそうな焦げ目がつかないのだ。



「では先ほどのパン生地を見てみましょう。ここは火の側で温かいので1時間もかからずよく膨らんでいますね。発酵ができたかどうかは真ん中に粉を付けた指を突き刺して穴をあけ、少し戻るくらいで穴が開いたままなら発酵完了です。いい感じなのでこのまま続けますね」



 パン生地を作業台に乗せて全面的に潰す。ここでみんなが驚いた。知らなかったのかな?



「これはガス抜き作業です。こうしないでもパンは焼けますが膨らみの少ない固いパンになります。一度ガスを抜いて食べやすい大きさに切り分け成形しなおすと食べるときに切り分けないでも手でちぎれて便利です。

今日は12個に分けます。ウチの従魔も食べたそうにしてますので」

 ここにいる人はみんな私の従魔を気に入ってくれている人ばかりだから笑い声が起こった。

 12個にパン生地を成形しなおして鍋の中に敷き詰め2次発酵をする。



 この間にケーキの準備をする。

 チョコレートを別に溶かしておき、鍋の中でバター、砂糖をすりまぜ割りほぐした卵を加える。さらにチョコレートを入れて混ぜる。


「ここに小麦粉とアーモンドの粉を混ぜたものを加えます。振るっておくのがいいですが、ふるいなければさらさらと風魔法で加えるといいでしょう。

それから粉を入れたら粉っぽさがなくなるまでは混ぜますが混ぜすぎは禁物です。固くなりますからね。

今日はお茶会ですのでチョコレートにしましたがなければドライフルーツをいれてフルーツケーキにしてもいいと思います。

お渡しした紙にレシピが載っていますので是非ご参照ください」


 こちらも火にかける。火にかけて蓋に丸焼き鳥と同じように炭を乗せた。ケーキは焼けるのが早いので時間との勝負だ。時計の時間をしっかりチェックした。



「では二次発酵が済んだかどうかパンの鍋を見ましょう。見てください。さきほど12個に分けて成形したパン生地が膨らんで隙間が狭くなっています。焼けばさらにくっついてしまいますがそのおかげでしっとりと焼きあがります。いい状態ですので火に掛けましょう」

 パンの鍋も火にかけ蓋に炭を置いて話しながら私は片付けを始めた。


 それから12分ぐらいたったので、まずはチョコレートケーキから様子を見る。

 蓋を専用器具で持ち上げるのだが、私は母さんのリザードマンの手袋を使う。この程度の温度ならびくともしません。うん、キチンと焼けてます。

「いい匂い~」

「美味しそう!」

「これは冷めてから食べますので一番最後になりますね。楽しみにしてください」



 次に見るのはパンの鍋だ。パンは思った通り全部くっついてしまったが良い焼き色がついておいしそうだ。

 これは片付けた作業台の上のざるの上で冷ます。



 使った器具を水魔法で全部片付けて、お茶の準備をする。テーブルに学校から借りたティーセット(白いだけの安いセットだ)と料理やケーキを乗せるお皿を用意してある。

 お客様にちゃんとした席に座ってもらって待っていただいた。

 最後に鶏の丸焼きも美味しそうに焼けたので、まずは鶏とパンを分けて一人ずつ提供した。同時にお茶も出した。このお茶は料理に合うハーブティーにして、チョコレートケーキには紅茶を出すつもりだ。



「トールセンさんすごいわ!鍋オーブンでここまでのご馳走が作れるなんて。私たちはスープ煮しか作らないのよ」

「そういう方が多いと伺っています。その場合でも鍋の中で乾燥マメを戻して肉や香りのある野菜で煮るとおいしくて腹持ちの良いシチューになりますし、それに乾燥パンを付ければ立派な食事です。

ここまで手間はかけられないかもしれませんがやり方が分かれば応用も聞きます。

急いでいるときに先ほどのように上に炭を乗せれば早く煮えますし、焼くことも出来ます。

今回私が用意したレシピは先代勇者が鍋オーブンの特許を出したときに提供したものです。特許は切れておりますので是非ご活用ください」



 姫騎士を目指す先輩方だけでなく、マリウス、ジョシュ、ソフィアやドラゴ君とミランダもおいしいおいしいとパクついていた。手間がかかる作業だし、あんまりみなさんと談笑できるお茶会ではなかったけど喜んでいただけたようだ。



「さて次はチョコレートケーキです。お茶も変えますので皆様少々お待ちください」



 私は料理の食器を片付けて、新しいお茶を入れチョコレートケーキを出した。

お皿にのせて粉砂糖を振って赤いベリーのソースを添えるだけだがちょっとした手間で華やかに見える。

 そこで私も招待者として初めて席に着いた。

 みんなが私の料理をおいしそうに食べてくれている。私はこうやって誰かを喜ばせるのが好きなんだなとそっと思った。



 お茶会は滞りなく終わり、

「こんなお茶会初めてでしたけど、美味しくて楽しくて素晴らしかったわ」とソフィアは私に抱きついて最大級の喜びを伝えてくれた。

邪気のないソフィアの笑顔は、私の冷えていく心を刺した。

ダメだ。私はもうこの国の貴族とはいたくない。



 マリウスはもうソフィアにめろめろのようだ。近くの席にしてよかった。彼の考える守るべき美しく優しい女の子がここにいるのだ。

「ソフィア、マリウスは騎士を目指しているんだ。よかったら帰りは彼に護衛としてついてってもらったらどうかな?」

ジョシュが卒なくソフィアに提案する。



「わたくしは構わないけれど、帰りは歩きになってしまうわ」

 ご迷惑じゃない?とコテンと首をかしげる姿も愛らしい。

「そんなの鍛錬の一部みたいなものさ。構わないよな、マリウス」

「お、俺でよければ是非お供したいです」

「ありがとう。でも行きは馬車に同乗してくださいね」

 そうしてマリウスは嬉々としてソフィアを送っていった。



 ジョシュは、

「鍋オーブンはやたら重くて使い勝手が悪いと思っていたんだけどかなりの料理が作れそうだね」

「うん。先代勇者はね、食べることには生きる力と喜びを与えてくれるととても重視してたんだ。乾燥肉しかなくてかじるよりもずっといいってね。まぁここまでの料理をつくるのはあんまり機会がないだろうけどちょっとは鍋オーブンも見直してよ」



 いつもこんな風に和やかに過ごせたらいいのに。

 でも楽しかったな。

 あと5年でみんなと別れるのだから、それまで精いっぱい思い出を作ろう。



 ヴェルシア様。今日この時間を与えてくださったこと、感謝いたします。





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