第88話 ハインツ師の茶会

 

 前々から約束していたハインツ師の茶会へ行った。



 ハインツ師はクララさんのおじいさまで、以前は魔法士団を率いる賢者だった。

高齢を理由に魔法士団は引退されて今は王立魔法学院の『賢人の塔』でご自分の研究と後進の育成をされている。



 賢者になるのはものすごく大変だ。

 まず四属性魔法が奥義まで使えること。付与や魔法陣を自由自在に扱えること。

魔法に関する新発見をしていること等のような魔法に関することだけでなく、

心身ともに健やかで優れている尊敬されるべき人でないといけないらしい。

 現在の魔法士団団長のカサンドラ・レヴァイン様は最も賢者に近いお方なのだが、ちょっと風変わりな女性らしくなかなか賢者認定してもらえないそうだ。



 ハインツ師と私とは、入学試験対策の勉強のためにラインモルト様が呼んでくださって、ほとんど魔法の勉強をしていなかった私に一から教えてくださった恩師だ。

 一緒に研究できるといいなと励ましてくださったのに、あの誘拐犯の一件で学院の入試が出来ずなかなかお目にかかれなかったのだ。



 招待状を持って初めて学院の門をくぐるとエヴァンズとはまた違う壮麗な建物で学校というよりお城のようだ。簡単な地図が付いていたのでその案内に沿って歩くと、東の塔の下に出た。

 ここが学院の研究者だけが入ることが許される『賢人の塔』と呼ばれるところだ。学院の中でも有数の天才たちが学問に身を捧げる誓いをして入るところだ。身を捧げると言っても教会みたいに結婚出来ないわけではないけど。



 もちろん今日は招待状があるから特別に私も入れてもらえる。

 ドラゴ君とミランダも連れて遊びに行くと、いつもにこにこしているハインツ師とそのお弟子さんたちが出迎えてくれた。



「ようこそ、エリー。元気そうで何よりだ」

「お久しぶりです、ハインツ師。本日はお招きいただきありがとうございます。

こちらに連れましたのは私の従魔でカーバンクルのドラゴとケット・シーのミランダです」



 ハインツ師は私が学院へ入れなかったことをとても残念がっていた。

 誘拐事件の顛末は皆様ほぼ知っていたようで、とても労わってくれた。

気さくな皆様の研究の話や面白い失敗談などを聞かせてもらい、久しぶりに心から笑った。

 私もレオンハルト様のおかげでフルートをお借りできたので演奏したらとても喜んでいただけた。

 いろんなことをして喜んでもらう顔を見ることはあるが、今までで一番うれしかった。



 和やかで、穏やかな時間。

 この研究室に入って勉強出来たらきっと楽しかっただろう。

 2年後には学院へ通学するので一緒に勉強する機会があるといいな。それを楽しみにこれからも頑張ろうと思う。



「エリー、今困りごとを抱えておると耳にした」

 なんと探求の徒であるハインツ師や研究室の皆様もあの薬草盗難事件をご存知だった。



「ああいう事件は噂になるのが早い。平素ならば我らは耳にすることはないのだが、君へ招待状を出したことからこちらの事務局に茶会の招待を取り下げてはどうかと言われてな」


 よくよく聞くと、私は貴族の令嬢からリカルド様を奪った毒婦ということになっているというのだ。

 毒婦って私まだ10歳なんだけど。っていうか、何をしたら毒婦になるのかもわからない。



「話の内容とわしの知っているエリーとが全くかみ合わないのでな。そのまま招待させてもらった」

「ご心配おかけして申し訳ございません」

 私の方からも事の顛末を話した。



「そうか、話を聞けば間に入ったのがクライン伯爵令息であったために起こったことのようだな」

「はい……」

「エリーよ。もっと人に頼れ。君がその令嬢と言い合ったときに冷静な第三者である教師でも事務員でもいい、大人がいればここまで揉めなかったと思うぞ」

「おっしゃる通りです」

「意外だが君は人付き合いが苦手なのだな。君は出来すぎるくらいだから苦手な分野もあって微笑ましいが」

 でも今大変なんです。



「わしが考えた方法があるのだが聞くか?」

「そんな方法があるのですか?是非教えてください」

「君が伯爵以上の家に養女に入ればよい。そうすればクライン伯爵家とも同等で、陰口はなくならないだろうが表立っての嫌がらせをすることは養子縁組先の家に対する敵対行為とみなされるから完全になくなる」

 い、嫌だぁ~。貴族なんかに絶対なりたくない!



「もしくは現王家の中枢の方の元で働くことだ。例えば王妃付きになるとか。同等の侍女からは苛められるだろうが」

 それも嫌です。私は『常闇の炎』でずっと働きたいの。



「あるいは教会に入るか。清らかでなければならないのでクライン伯爵令息とは結婚をしない宣言になる」

 だから『常闇の炎』で働きたいんです。



「これが最後、自分を貫いてもっと力をつけて、嫌がらせしてくる人間など構わないことだ」

 ……これしかないですね。そうします。



「君ならどれを選ぶ?」

「一番最後です」

「そう来なくてはな。では我らがとっておきの防御魔法を教えて遣す。まずはこの防御魔法で友人を守るがいい」

「よろしくお願いします」


「それともう一つ」

「はい」

「クライン伯爵令息に件の令嬢を許してもらうよう説得せよ。

さすがにその齢で老人のところに嫁がされる未来は絶望しかない。

自暴自棄になって何をしでかすかわからない。

そのような不確定分子をそのままにしておくと予測も立てられない」

「わかりました」


「どうやる?」

「とにかく、サミー様経由でお願いしてみます」

「せっかくの美貌だ。跪いて涙の一粒くらいこぼしてやれ。いつものエリー以上に保護欲を掻き立てるようにな」

「師よ、ものすごく自信ないです」

「何、腹をくくればなんとかなるものだ」



 そうか、切々と心の内を明かし頼み込む女性になり切ればいいのだ。

 ハインツ師、私やります!



 ヴェルシア様、私に解決方法を教えてくださり感謝いたします。






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