第87話 苛め
薬草盗難事件は無事に終わったが私の無罪が立証されたことと、女性貴族との溝が深まったこととは話が別だった。
次の日から、私は一部の令嬢たちからゴミや水を浴びせられる日々が始まった。
付与魔法のおかげで汚れも濡れもしないけど、掛けた相手が水浸しになって私に水を掛けられたと事務局に訴えに行ったのには驚いた。
ニコルズさんはこういう事例に慣れているようで、魔法で過去を遡って調べてくれた。結局令嬢方の方が先に掛けたとわかって注意されていたけどいつ何が起こるかわからない。
私の部屋にも侵入しようとして撃退されていたみたいだし、私の持ち物に触れることも出来ないので嫌がらせもできないのだけれど。それで余計イライラするのかな。
私が実質学年1位の成績なことも、有力な後援者が何人もついていることも、男装していることも、強い従魔を従えていることも、すべて『平民のくせに』という一言で終わってしまう。何もかも気に食わないのだ。
リカルド様が身分に頓着されず、友人と言ってくださったこともあるのだろう。
ジョシュから彼は結婚相手として有望株だと言われたばかりなのに。
正直疲れる。私まだ10歳なんだけど。
貴族の結婚は早いのかもしれないけど、平民は20歳過ぎてからになる。
ウチの両親は店を継いだのが早かったから18歳で結婚していたけど、ある程度生活基盤ができてから結婚するのが一般的だ。
つまり平民の結婚は就職してから考えるので、油断していたのだ。
リリー寮長に相談してみると、
「難しい問題だわ。もちろん、あなたは身の潔白を証明しなければ学校にいられなくなるし仕方がなかったのはわかるわ。
クライン伯爵家はとても特別な家柄で王直属の近習の一族なの。
その忠義の厚さから王女が降嫁されたこともあるし、はじめは側妃としての輿入れだったそうだけど王妃になられた方もいらっしゃるわ。
つまり伯爵家の中では随一の名家なの」
「それほどの名家ならばなぜ爵位を上げないのでしょうか?」
「クライン家が断られたそうよ。
王の側に仕えるのは伯爵位以下でないと出来ないの。
だって侯爵家や公爵家のご子息がお側にいたら他の人はやりにくいし、政治的な偏りも起こってしまうでしょ。
クライン家は身分を笠に着て下のものを見下さないよう幼いころから教育されるの。あなたに親しげにされるのもそのせいね」
「どうすればいいのでしょうか?」
「ごめんなさい。いい忠告ではないとわかっているけれど何もしないようにすることね。かわいそうだけど苛められても抵抗しないように。あなたなら付与魔法がすごいから、持ち物を汚されたり、暴力を振るわれたりは出来ないと思うの。
せいぜい陰口をたたかれるだけ。ならば聞き流すことね」
ああ、貴族の必殺スキル『聞き流し』。こんなところでも役にたつのか。
「クライン家のご子息と仲良くしないようにと言いたいけれど、同じ錬金術科で成績から考えても専科に行けるのはあなたとクライン家のご子息くらいなの。
あとの子たちは相当頑張らないと難しいわ。
だから節度をもってお付き合いすることね」
「はい、もう怪我の手当てだからだといって、手を取ったりしません」
「そんなことしたの?そうね、あなたは平民だからわからないわよね。
貴族にみだりに触れてはダメよ。相手もそうされるはずだし。手当てをしたいときは手袋をした手で、清潔な布の上に手を置いていただいてからするのよ」
ええっ?リカルド様手袋してたよ。その上から触っただけだよ。それでもダメなの?
「そうよ、素手は特に女性貴族にとって裸も同然なの。あなたが素手で触ったということは誘惑したことになるの」
何ですと?そんな話初めて聞いた。
「騎士学部でも手当の時そうなんですか?」
「実戦で傷ついたらそんな暇ないわね。でも手合わせなどで余裕があるときにはそうするわ」
緊急事態以外はダメってことね。いや緊急事態でもダメと思ってた方がいいかもしれない。
「あの……」
「何かしら?」
「夏休み前の私が開く鍋オーブン料理のお茶会は皆さま来ていただけますか?」
「ああ、心配してたのね。もちろん行くわ。私たち姫騎士を目指すものはそのような些事にはとらわれてはいけないの。約束したことは守るわ。
あなたの事はよく話もしたし、理解しているつもりよ。
学校側からもあなたのことは注意して見てほしいと言われているの」
「そうだったんですか……」
知らなかった。私は問題児なのかもしれない。
リリー寮長は迷っているようだったが、
「ねぇ、冒険者にはいろいろ聞いてはいけないと伺っているのだけれど少し聞いてもいいかしら?」
「はい、答えられることでしたら」
「あなた、貴族の血を引いているのではなくて?」
「あの……母は金髪に緑の瞳でかなり貴族的ですが両親のいない平民だっていつも言っています」
これは母さんと余程のことでなければ話さないと約束していた。
「そう。お母様はご実家のことは話さないの?」
「はい」
「事情がありそうね」
リリー寮長は考え込み、私は黙るしかなかった。
「ひとつだけ、あなたお母様は貴族的だとおっしゃるけれど、あなたもそうよ」
「私は父似で地味なんですが」
「いいえ、あなたは貴族の家に生まれていても遜色なかったでしょうね。むしろ才色兼備で有名な人気令嬢だったかもしれないわ」
「私は平民です。貴族の皆様が背負っている重荷など背負えません」
「そうしろと言っているわけではないの。ただあなたの姿は貴族的だから貴族の男性が心惹かれるかもと周りは心配になるのよ。
自分よりも美しくて賢い女性が好きな人の側にいるなんてと思うのよ」
私は自分が美しいとは思えなかった。緑色の目はまぁまぁキレイかなとは思う。
でも髪は薄茶色で今は肩までしかないし、背も低くて子供っぽい。ルノアさんだって私には魅力がないって言ってたし。だいたい男装してて変だといつも笑われる。
王都とニールでは美の基準が違うのかな?
貴族の令嬢たちは私にはないキラキラとした自信のようなものがある。目に力があって睨まれるとやっぱり怖い。
私にはあんな風にはなれない。なりたくもないけど。
お昼休み、私たちは校庭の大きな木の陰で食事をしていた。弁当は全員分を私が作っている。
食堂で食べると令嬢方がいろんなごみを飛ばしてきて、私ではなく周りに迷惑がかかるからだ。
「もういい加減にして欲しいよね。エリーに掛けられる水のほとんどは僕にかかったような気がする」
「俺もー」
「ごめん、二人とも」
「まぁ、旨いめしをタダで食べられるからいいけどさ」
「昨日転送の魔法陣習ったから、ゴミも水も全部処理場に飛ばすようにしたから」
「そんなこと出来るの?」
「ウチのクランマスターがドラゴ君から聞いて魔法陣作ってくれました」
「お前んとこのクランマスターはホントにすげーお人だ。マジ弟子入りしてーよ」
「マリウスの前に私が弟子入りしたいよ。ドラゴ君曰く、出来ない魔法はないんだって」
「そんな神聖魔法とかは出来ないよ。あれは神様のお力だからね」
「そういうのは別にしてって意味だと思う」
マリウスがため息をついた。
「エリーと一緒にいると俺の理想の女の子像がどんどん崩れていくわ」
「私だけが例外じゃなかったの?」
「あんなオーガみたいな顔をして水だの腐った卵だの飛ばしてくるの見たらな」
「階段から突き落とされたのなんか犯罪じゃない?エリーだから無傷だけど」
「こういう時に冒険者の訓練が役にたったね」
私は階段から突き落とされても、身体強化で大きなけがにならないのだ。
「問題は二学期だ。攻撃魔法の時間、集中砲火だろうね」
はぁ、とため息が漏れる。
「実はさ、最近ドラゴ君とミランダに攻撃魔法打たれたんだ」
「「何だって?」」
「全然ひ弱でドラゴ君にしたら当たっても痛くも痒くもないんだけど反撃出来ないからうっ憤がたまるみたい。ニコルズさんにやられたことを言って注意してもらうようにしたけど」
「馬鹿じゃねーの。人化も転移も出来る上位魔獣に攻撃するなんてさ」
「司祭が憎けりゃ、祭服まで憎いってやつだね。それでは益々クライン様に嫌われるだろうに」
「私リカルド様とは授業以外はお話ししないんだ。あちらにもご了承いただいた。でも嫌がらせのグループに同じ錬金術科志望の方がいて」
そうカーラ様はブラーエ様と親しくされていて、私の苛めの急先鋒だ。
授業で何を話したとか、何度 目があったとかそんなことまで逐一報告されている。最近はサミー様と話した回数まで数えられていて、サミー様もうっとうしいといきり立っていた。
私たちが話していると大声で邪魔したりもする。嫉妬は仕方がなくてもご自分だって勉強しなくちゃいけないんだし、私の勉強の邪魔だけはしないで欲しい。
「リカルド様とサミー様とカーラ様と私の授業はほとんど被っているんだ。君たち2人がまだ私と仲良くしてくれていてよかったよ」
「ふん、騎士たるもの。いじめを受けている友を見捨てるわけにいかないだろうが」
「僕としては下位貴族のブラーエ家よりクライン家に睨まれる方が怖いし、あの子たちよりエリーの方が面白いからね」
「ジョシュ、お前本音の方が先に出てるぞ」
「どっちでもいいよ。私は友達でいてくれる方がいい」
実は仲良くなりかけたメルやユナがカーラ様に怯えて私と話をしてくれなくなったんだ。仕方ないんだけどさ。やっぱり悲しい。Cクラスの女子も私を故意に避けるようになった。私と親しくしてとばっちり来たら困るからだ。
私、リカルド様に授業以外近寄らないって魔法契約してもいいけどーと声を大にして言いたい。そしてこの状況から脱したい。
ヴェルシア様、何かよい知恵はお授けいただけませんでしょうか?よろしくお願いいたします。
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エリーは貴族の茶会や舞踏会などに出席するときは、手袋が必須で食事の時以外は外さないということはエイントホーフェン伯爵夫人から習っていました。
しかし素手で相手に触れるということがみだらな行為とみなされることは知りませんでした。
貴族しか教えない伯爵夫人にとって余りにも常識(人前で裸になってはいけないぐらいの感じ)過ぎて言う必要を感じなかったのです。
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