第86話 薬草盗難事件
週明けの光の日に教会での奉仕活動を終えて学校へ行くと、なにか大騒ぎになっていた。
「どうしたの?」
その場にいた子に尋ねると、
「ちょうど収穫できる薬草がゴッソリ盗まれたんだよ」
でも学校の中の畑だよ?外部の人は許可なくして校内に入ることが出来ないのに。
学校は生徒の安全を守るために強い守護結界が為されている。ただ王都の門と同じようにヒトは排除出来るが魔獣や動物は排除できない。できそうなのにとは思うけれど、そういうものだで済まされている。どうしてダメなんだろう?
不思議だが今は私の薬草畑の確認が先だ。
薬草畑に向かうと何人もの人が被害の状況を嘆いていた。
私の畑は無事だったのでそのまま戻ろうとしたら、
「ちょっと待ちなさい!エリー・トールセン!」
はい?私?
「何でしょうか?」
知らない女生徒が顔を真っ赤にして立っていた。手袋をしている。貴族だ。
「何であなたの畑だけ被害にあってないのよ!どういうことか説明しなさい」
「どういうことって、それは自分の畑に防犯の付与を掛けているからです。私の許可なく私の畑に手を出したら多分気絶します。どうぞ試してみてください」
「き、気絶すると言われてやる訳ないでしょ」
だがそれを聞いて薬草を引っこ抜こうと触った人がいた。
「うわっ、ビリビリする」
「そうなんです。光と闇魔法の複合魔法陣をクランで教えてもらったので、電撃を付与してあるんです。死なない程度にしていますが大丈夫でしたか?」
「本気で盗むつもりじゃなかったから大丈夫だ」
お試しされたのはリカルド様だ。好奇心旺盛だな。
それでも痛かったと思うので手を取ってアクアキュアを掛けておいた。
「ちょっと!クライン様に何馴れ馴れしく触ってるのよ」
「ああ、痛かったろうと思って治癒魔法かけたんです」
「ありがとう、エリー君。ブラーエ嬢、エリー君は私と専攻が同じ友人なのだよ」
あっ(察し)。
「申し訳ございません。婚約者様でいらっしゃいましたか?ただの手当てでございますのでお許しください」
そういってリカルド様から1メートルほど離れた。
「いや、婚約者候補ですらないよ。ブラーエ子爵令嬢はただのクラスメイトだ」
それはどうでもいい。私はリカルド様のことで敵を作りたくない。
私は彼らと距離を保ったまま、畑の様子をよく観察した。
人がたくさん入って踏み荒らされているけれど、薬草のなくなった様子から人が盗ったのではなく動物に食べられたようだ。
「この噛み痕から見ても草食動物が食べたのだと思われます。学校にいる従魔か、野外から獣か魔獣が入ってきたのかまではわかりませんが」
「あなたの従魔はどうなのよ。週末に連れてきていたと聞いているわよ」
「カーバンクルもケット・シーも基本肉食です。薬草を好んで食べませんし、彼らは私の薬草を触れますのでここが全然食べられていないのはおかしいです」
「あなたが他の人の薬草を食べろと命令したら食べるでしょ」
ブラーエ様がそういうと周りが私を疑うようにざわつき始めた。
なんてことを言うんだ。この人は私を犯人にしたいのか?
後ろでリカルド様が引き気味の顔してるのがわからないのかな?
もしかしてさっき手を取ったのがそんなにムカついたの?
「私のことを疑っておいでなのですか?」
「週末の畑の出入りはあなただけなのよ。疑って当然でしょう?」
「それほどまでにお疑いなら私は冒険者ですのでヴェルシア様に訴えればよろしいのでは?私の体に罪の印が出れば犯人ですが出なければ冤罪が晴れますので是非訴えてください。本来の犯人に印が出るでしょう」
「何でわたくしがそんなことしなくてはならないのよ!」
「私は薬草の盗難にあっていません。私はこの件に関しては訴えることは出来ません。ではこうしましょう。今晩から私の畑の付与を一部解除します。それで犯人を引き寄せましょう。それを一緒に捕えればよいのではありませんか?」
「いい加減にして!やりたければ勝手にやれば!!」
いいや、私を犯人のように言ったからには責任は取ってもらわねば。
「私一人では私が細工したと言われてしまうでしょう。言い出されたのはブラーエ様ですし、お見届けいただきたいのです。他の被害に遭われた方でも構いませんよ」
周りを見渡すと私とは目を合わせないように顔を背けられた。面倒に巻き込まれたくないのだろう。私だってそうだ。
サミー様をちらりと見たが、リカルド様が首を振った。ダメだ。リカルド様が許可してくれなければサミー様は動いてくれない。
「どうしてわたくしがそのような真似をしなくてはならないの?平民のくせに偉そうに!」
「恐れながらあなた様は私を泥棒のようにおっしゃいました。たとえ平民の虫けらのような名誉でも傷がつき学校にいられなくなります。
貴族としてご自分の発言に責任をもってくださいませ。
私が従魔に他の方の薬草を食べるように命令したのではないかという発言を撤回するか、私と今晩からこの薬草畑で不寝番をするか、ヴェルシア様に訴えるか、いずれかしていただきたいのです」
リカルド様が取りなすように、
「ブラーエ嬢。君も根拠のない不用意な発言は今すぐ撤回するんだ。
彼女がヴェルシア神の裁定を持ちだしたのには自分が有利だとわかっているんだ。
彼女が無罪なら君にとって不名誉なことになる」
「貴族に向かって逆らうなど、思い上がりも甚だしい。クライン様このような女の側にいてはいけませんわ」
「撤回しろと言ったのが聞こえなかったのか?」
「撤回いたしませんわ。聞けばかなりの貧乏な平民ではありませんか。
自分の畑の薬草を高く売るために他の畑を潰すくらいやりそうですわ。
人殺しも出来るくらいですから」
私の誘拐犯の討伐について言ってるのか?この人はそんな風に見るのだな。
「それに自分の成績がいいことを利用して従者を踏み台にクライン様に取り入ろうとしていること、わたくし知っていますわよ。
汚らわしい下賤な女の考えそうなことですわね」
何言ってるの?サミー様と学習帳のこと?そんなことある訳ないのに。
「撤回しないんだな。君の発言でエリー・トールセンはこの事件が解決するまで容疑者となった。つまり君はすでにエリー君の人生を潰す発言をしているのがわからないのか?このままだと学生裁判に持ち込まれるぞ」
「平民の人生がどうなろうとわたくしの知ったことではありませんわ」
リカルド様はそれに答えなかったし、他の子たちもその発言を聞いて顔を青ざめさせた。
「ここまで来た以上、私はここを警吏に任せるべきだと思う。エリー君もそれでいいかな」
暗に学生裁判は起こさないようにとの念押しのようだ。
「わかりました。私は潔白ですのでどのような方法でも構いません」
学生裁判。
それは学生同士でもめごとが起こったときに学校が間に入って裁判を行うものだ。
今回のような盗難事件の犯人を平民の仕業だと決めつける貴族がいたために出来た制度と聞いている。
学生裁判に負けたらそれこそブラーエ様の名誉は失墜する。公文書に負けが記載されるからだ。
でもリカルド様が先に釘を刺してきたせいで、学生裁判には持ち込めない。
まぁ別に私の無実さえわかれば、退学にはならないんだから構わないけど。
リカルド様がクライン伯爵令息としての権限で学校側に警吏の出動を要請した。
私は容疑者なので行動の制限を申し渡され、教会の奉仕活動とクランへの出勤は出来なくなった。事務局のニコルズさん経由で行けない旨を書いた手紙を出してもらうようにお願いした。
この間は巻き込んではいけないので、マリウスもジョシュも近寄らないように言っておいた。
5日間の捜査の結果、犯人は私を含めた学生でも従魔でもなく、学校の敷地に住み着いた
リカルド様は学校に私とブラーエ様のもめごとについては知らせなかったようだ。だから私は何もしなかったし、ブラーエ様も謝りに来なかった。
ただ、ブラーエ様のお茶会の誘いをリカルド様以下のA、Bクラスの貴族のほとんどが断ったと聞いた。
サミー様が言うには、
「リカルド様が調停に入られて、発言の撤回を求めたのにあの方はそれを聴こうともしなかった。
それに君の英雄的行為を人殺しと揶揄した。もし俺が誘拐犯に会ったとしたら同じように討伐すると思う。そしてあの方はそれを人殺しと嘲笑うんだろう。
そのような驕り高ぶった令嬢と社交する必要はないと判断しただけだ」
いや、サミー様だったら、きっと手を叩いて褒め称えてくれるよ。
それにしても婚活に来ているのにそれはまた随分と厳しい判定だ。それでも同学年は無理でも年上か年下ならば結婚が可能なんだろうか?
私が不安そうな顔をしたのか、サミー様は続けた。
「君があの令嬢の事を心配する必要はない。
リカルド様は伯爵位とはいえ王家とも深いつながりのある上位貴族のお方。
そのリカルド様が交際されない女性と若い有望な貴族が婚姻を結ぶとは考えられない。格下の家柄か、年配の貴族の後妻にでも入るだろう」
たったあれだけでブラーエ様はご自分の価値を下げてしまった。貴族社会とは本当に恐ろしいところだ。私は平民で本当によかったとしみじみと噛みしめた。
ヴェルシア様、私は自分の名誉を守っただけなのですが、厳しすぎたんでしょうか?それともこれが当たり前なのでしょうか?
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