第85話 波紋の石
工芸の授業の後、私はメルと次の授業の漆器という初めてのジャンルのものについて知ってるか話していたら、ロッカが詳しく知っていた。
「何でも海の向こうの遠い東の方の国の工芸で、木で作った器に特殊な塗料を塗って、耐水性が出来てすごくつやつやになるんだ。一度だけ見たけど、とてもきれいだったよ」
ロッカのレストランは王都でも人気の大きなレストランで、Bクラスに入っているだけあってかなり裕福みたい。
それに食器のことは研究しているだけあってすごく詳しい。
そんなこんなで話し込んでいると、サミー様に呼び止められた。
「トールセン、カールセン、悪いがこちらに来てくれないか?」
私たちは呼び止められる覚えがないので顔を見合わせたが、断る理由もないのでついていくことにし、ロッカとはここで別れた。
ついていくと言っても教室の後ろのリカルド様の席の方だ。
近くに座るカーラ様がいつになく不機嫌そうでちょっと怖い。
「あのー、ぼくたちに何か?」
「すまない。実は古代語の授業のことなんだが、私と同じ班のカーラ君があまり得意としていなくてね。少し授業が滞っているんだ」
「「……」」
もちろん知っていた。
毎回班で読み解いた訳を発表する。
カーラ様は決められた質問に対する回答はスラスラ答えられるけど、先生が変則的に質問してくるときの回答は出来たためしがない。
しかも班で相談する前にカーラ様に訳文を読み上げるように言ったときのあのひどい訳、いったい何を勉強してきたの?って感じなのだ。
全く知らなかったユナの方が今ではずっとマシである。
「それで君たちにカーラ君と班員の入れ替えをお願いしたいんだ。できればエリー君に来てもらいたいんだが」
「ええっ?あの、それは困ります」
困るよー。こんな格好だけど一応女ですからね。リカルド様モテるみたいだし。
「メルの方がいいんじゃありませんか?そしたら男女で分かれたことになりますし」
「だがメル君は魔道具つくりには興味がないのだろう?
私は高度な魔道具を作りたいので古代語はブリュージュ帝国語まで行きたいんだ。
そうなるとエリー君レベルでないと一緒に出来ないだろう」
ああ、リカルド様は私以外の子が途中で脱落するのを見越しているんだ。
レベルが上がれば上がるほど、手分けして訳文に挑めば効率も上がるしね。
他の3人は文官科で目標が違いすぎるからなー。
「わたくし何とか頑張りますわ。ですから」
「そう言うからここまで待ったんだよ。私は不得意なことを君に強いてまで続けてほしいとは思わないよ」
「そんな……」
うん、前回のアレが急によくなるわけもないか。でもリカルド様、待ったって2回くらいじゃないですか。
「メルはブリュージュ帝国語、やる?」
「ごめんなさい。僕は付与と現代の魔法陣で十分なんです。古代語も刺繍の図柄に定型文をちょっと使うから自分で読めたらかっこいいかなって思っただけなんです」
「じゃあしょうがないね」と私が受けると、
「何がしょうがないよ!あなたはわたくしと取って変わろうというの?」
「取って変わったりはしません。古代語は必修ではありませんし、カーラ様が受講をおやめになるのも1つの方法です。そうすれば8人になりますので予科の間はリカルド様はサミー様とお2人で続けられるでしょう。専科になれば学院の優秀な方が他にお見えになるでしょうから、私などお呼びではございません」
カーラ様はブルブルと震え始めた。
「嫌よ!」
「ならリカルド様の望む学力をお付けになってください。サミー様、前にお渡しした学習帳をカーラ様に」
「実はもうお貸ししたんだ。あまり見ていただけなかったようだが」
「あれで分かりませんか……」
困った。かなり噛み砕いて書いたんだけど。
「カーラ様、どうしても古代語が学びたいならもう1度学習帳を見て、1からやりませんか?そして夏休みの間に専門の家庭教師をつけて集中的に学べば2学期以降もリカルド様と同じ班で続けられるかもしれません」
「エリー君、君は前に言ったよね。不得意な分野があるなら得意なものと手を組めばいいと。私はカーラ君が無理に古代語を学ぶ必要はないと思うんだ。彼女の作りたいものには多少の単語が分かればよいのだから」
「それをお選びになるのはカーラ様で私ではありません。古代語が出来ればもっと違う魔道具を作る道も開けます。今は皆足並み揃えての授業なのですからもう少しカーラ様を待ってあげてはいかがですか?」
「そうしたかったんだけど全くやる気を感じないし、僕らの答えを写すだけなんて他の子に失礼だと思うんだ」
班を変わっても写される相手がリカルド様から私やメルやユナになるだけだよ。
というかカーラ様、リカルド様の答えを写すなんてすごいですね。
「カーラ様、やめたらどうかと言ったことは取り消します。
もう1度勉強しましょう。学習帳が嫌なら担当のレヴァイン先生にご相談してわからないところを徹底的にやりましょう。
それで次回からもう少し翻訳できればリカルド様もご一緒くださいますよ」
でもカーラ様は泣いて外へ飛び出してしまった。
リカルド様に追いかけてほしかったがそのつもりはないようだ。表情には出してないけどかなりお怒りなのだな。
サミー様はリカルド様の命令でないとお側は離れないし。困るなぁ。
「もう少しぐらいじゃ一緒にやりたくないけどね」
「そうは言わないで上げてください。彼女は恋する乙女なんですから」
「私の地位に恋しているのだ。そうでなければ宿題より化粧を優先したりしない」
「「「……」」」
みんなそう思うけど、それを言ったらおしまいなんですよ。
「とにかく今学期中は変わりません。ユナも急にカーラ様と私が変わったら驚くでしょう。リカルド様はお出来になるんですから今期中だけでも許してあげてください」
「私は口だけで努力しない人間は嫌いなのだ。サミーも全然読めなかったが君の学習帳をやりながらすごく勉強していた。そして今の授業に付いてきているのだ」
そうだね。私もそう思うよ。
結局班員の変更はなしと言うことになったが、この件はこれまでのなだらかな日常を乱す波紋を起こす石となった。
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