第89話 説得

 

 リカルド様にどのようにお願いするか考えて結局正攻法でお願いすることにした。

 涙ながらに訴える女性はサミー様には効果がありそうだが、リカルド様には効かない気がしたのだ。



 まだ古代語の学習帳を作って渡しているのでそれにメモ書きの手紙をつけてサミー様に渡した。

『リカルド様とサミー様にご相談したいことがございます。ご足労をおかけしますが授業終了の1時間後に7番教室にお越し願えませんか?よろしければこの度は手紙をそのまま私に返してください。ご都合が悪ければ、この手紙を丸めてお返しください』

 リカルド様が頷いたので、サミー様は学習帳を返すふりをしてそのまま手紙を返してくださった。



 この日は立ち合いをマリウスとジョシュにも頼んだ。

 2人は嫌がったけれど、

「薬草、2人も被害あったんだよね。納品は免除だけどポーションはいるよね。それ全部私が出すのでどう?」

 ポーションのためには冒険者でない彼らはお金を出して買うしかない。

近くのアランカの森での採取は冒険者が一緒に行かねばならず、その冒険者を雇うのにもお金がかかる。それで了解してもらった。



「じゃあ、行こうよ」

 ジョシュは早く終わらせたいのか私を急がせる。早く帰りたいのかな?

「待って、ちょっと気合入れる」

 私は体中に魔力を巡らせて気力を高めた。

「行こう」



 7番教室のドアをノックし、応答があったので静々と入っていった。

リカルド様は椅子に腰かけていて、その傍らにサミー様が付き従っていた。



「おや、今日はお友達も一緒なんだね」

「はい。彼らにも関係があることですし、私とお二人だけでは逢引きと言われてしまうかもしれません。それで連れてまいりました」

 空気を呼んでジョシュが会釈をしたので、マリウスもしてくれた。よしよし。



「それで相談とは何かな?」

「ご存知かもしれませんが私は今貴族のご令嬢方からちょっとした行為を受けております」

「はっきりと苛めといっていいだろう」

 不快そうにサミー様が答えた。彼は騎士科志望でもあり苛めなど愚劣な行為でしかない。



「私は付与魔法のおかげでほとんど被害がありませんが、側にいてくれる彼らは私の代わりに被害を受けています」

「ああ、知っている。彼らが濡れたり、汚れたりするたびに君が魔法できれいにしているのを見たよ。いつも鮮やかだなぁと感心していた」

 感心しないで止めてほしいんだが、今日の目的はそれじゃない。



「最近では階段を突き飛ばされたり、従魔に攻撃を加えられたりもしています。今は問題ありませんが、あちらが自棄を起こさないか心配なのです」

「充分問題だぞ、エリー・トールセン」

 正義感の強いサミー様はかなり怒った口調だった。



 私は首を横に振って、

「私が心配しているのは私への攻撃ではなく、自殺などされないか心配なのです」

「自業自得だと思うが」

「サミー。エリー君、君が思っているよりも貴族はしたたかだよ。

彼らは足掻けるまで足掻く。大丈夫だよ」

 リカルド様はサミー様を諫めたが、楽天的な返事にこっちが困惑した。



「それに他の関係のない方々を巻き込んでしまうのではないかとも思っています」

「それは大いにあるだろうね。食堂でのゴミ事件のことを考えれば」

 令嬢方は私がいるテーブルに風魔法でゴミを送り込もうとして、周りのテーブルに送り込んでしまったのだ。下手だなぁと思って速攻片付けたが、その日以来私は食堂に行っていない。



「それで根本を考えてみたのです。私への行為をやめさせるためにはどうすればいいのか?」

「ほう」

「それは、恐れながらリカルド様とサミー様があの方々をお許し下さることではないかと存じます」

「何!」

「つまりエリー君は私に彼女たちと付き合えというのかな」

 怒るサミー様に反してリカルド様はいつも冷静だ。でもその方が怖い。



「お二人が出来る範囲でかまいません。お二人は高潔なお方です。

周りの方々にあの方々と付き合うな、などとはおっしゃってないでしょう。

ですが当校でも高貴な貴族であるリカルド様に皆さまは倣っておいでとお見受けいたしました。

あの方々も今のままではいけないと感じておられるのがわかります。

でもどうすることも出来ないために私で鬱憤を晴らしておいでなのでしょう。

お二人がお許しくだされば、他の貴族もそれに倣うでしょうから、社交で忙しくなり私の事など構っている暇などなくなるでしょう。それに」


「それに何かな?」

「私とリカルド様はブラーエ様たちの人生を潰しかけているのです。それは私たちにとっても人生を潰す一端となるでしょう。

私にとってはあまり良い方々とは思いませんがたった1度のしくじりでこれからの人生が決まってしまうには私たちは幼すぎると思います」


「私の人生は潰れていないよ」

「いいえ、人の人生を潰して私たちに何もないということはありません。リカルド様御本人でなくてもどこかに波及するでしょう」

「なるほどそうかもしれないね」

 リカルド様は鷹揚な態度で手を振って見せた。それは優雅なしぐさだった。



「それで彼女を許すことで得る私のメリットは?」

「……ございません」

「はっきり言うね。エリー君。君なら私に何か提示してくれると思っていたのに」

「わたくしはただの平民でございます。多少小器用ではございますが魔力量も少なく、リカルド様のような高貴なお方のお役に立つには力不足でございます」

「そうでもないよ。私は君を見ていつも楽しんでいるからね」


「私は今のクランに多大な恩がございます。それを返すのは至難の業です。

残念ですが私の忠義は差し上げられません」

「ではその恩義とは何をしてもらったのだ?」



 私はためらった。でも言うしかない。

「2度命を救われました。1つ目はある方に殺されかけたところを救われ、2つ目は彼らが教えてくれた魔法のおかげで誘拐犯を討伐出来ました。

私ははっきり申し上げて戦いに向いていないのです。

攻撃魔法の威力もひどく弱く、弱い魔獣しか倒せません。

彼らがいなければ私は奴隷落ちして死ぬよりも悲惨な目にあっていたことでしょう」


「では私へのメリットとして君を殺しかけたの名前を言うがいい。ある方と言うからにはそれなりの人物のはずだ」

 私はしまったと言うように目を見開いた。

 でもこれは演技だ。高位貴族に私が渡せるものは忠義か、情報しかない。そして彼らにメリットがある情報は彼女の話しかないのだ。



「……ローザリア・テレーズ・ゼ・ミューレン侯爵令嬢でございます。

動機は護衛をしていたクランメンバーのルードが私と親しくしているのを見ての嫉妬でございます。ルードはハーフエルフで大変美しい男性です」

「なるほど、ミューレン侯爵令嬢か。

確かに私のところにも婚約の話が来ていたように思う」

「リカルド様、間違いなく来ております。侯爵家に婿入りを希望されるとのお話でした」

「ふむ、有益な話ではある。でもちょっと弱いな」

「!」


「だって私たちはこれからあんな嫌な女どもの相手をしないといけないんだろう?

付きまとわれるのもうっとうしいし、このままでも全然かまわないんだ」

 リカルド様は立ち上がり私の元に来て手袋をした手で私の顎を持ち上げて顔を上に向けた。



「エリー・トールセン。これは一つ貸しということにしてあげよう。君にはサミーの勉強を見てもらってるしね。だからお望み通り彼女たちは許してあげる」

「ありがとうございます。リカルド様」

「それともう授業でしか話さないとは言わないでくれ。君は賢いし話しやすい。よい友でいたいのだ」

「かしこまりました。私でよろしければ」

「もちろんだとも。そのうち、君を茶会へ招こう。来てくれるね」

「はい」


「その時はそちらの2人もくるといい。有意義な時間が過ごせるだろう。楽しみだ」

「ありがとう存じます」

 私は深くカーテシーをし、ちらりと2人を見ると、マリウスは普通に礼をしているのにジョシュがなんだか嫌そう?気のせいかな?



 3人で教室を辞してマリウスが興奮したように口を開く。

「なんか同い年とは思えないくらい貫禄があったな。あれが上位貴族なんだな」

「うん、怖いよね。2人ともお茶会のこと、ごめんね」

「いや、俺も1つくらい貴族の茶会行きたいなって思ってたからいいんだ。なぁ、ジョシュ」

 あれ、ジョシュいない。

 どこかいったのかな?



「どうしたんだろ。探す?」

「いやちょっと急いでたっぽかったし、帰ったんじゃねーの。今日はここで解散でいいじゃん。お前も仕事だろ」

「うん、今日はありがとう。マリウス。ダンジョンでのポーションは大船に乗ったつもりでいて」

「おう、楽しみだな。ダンジョン」

「うん」








 ◇




「あーあ、せっかく君がずぶぬれになるところ、もっと見られると思ったのに。

えーと今の名前なんだっけ?」

「ジョシュ・ハーダーセン。王宮庭師の下っ端の息子ってことになっている」

「わかった。ジョシュね。それにしてもまたしてもローザリアか」

「……あいつこそ、自殺してくれたらいいのに」



 腹ただしげに黒い巻き毛をかきむしるジョシュにリカルドは

「フフ、全くだ。それにしてもすごい髪と眼鏡だな。外せないのか?」

「ああ、同室の先輩にバレないようにな」

「それにしてもきみのお気に入りのエリー君がもうすでにローザリアに殺されかけてたとはな。10歳過ぎていたんじゃないか?立件したい」

「理由もふるっている。狂ってるとしか思えない」

「全くだ、ユーリ」

「おい!」

ジョシュはすごい勢いでリカルドを振り返った。



「わかったよ。ジョシュ君。せっかく同じ学校に入ったのに全然接点がなくてつまらなかったよ」

「それでエリーに近づいたのか?」

「いいや。錬金術科志望の生徒の中で付き合う価値のある生徒は彼女しかいないからね。もちろん、サミーは別だが」

「リックはエドワード殿下の側にいるとばかり思っていた」

「さぁ?私はどの殿下にお仕えするか決めてないからね」



 2人の話を聞いてサミーは初めて相手がわかった。リカルドとここまで親しげに話し、しかもユーリとよぶ相手。



 カーレンリース辺境伯令息、ユリウス・ジョシュア・ゼ・カーレンリース。



 リカルドと共に王太子の側近となるべく育てられ、その美貌故にミューレン侯爵令嬢といとこ同士の禁断の恋を噂された少年その人である。






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