第68話 孵化


 その日の夜、クランから寮に戻ってくるととうとうその時がやってきた。



 いつも持ち歩いている卵を寝る前に磨いて、お手製布団に寝かしつけようとしたら、パキンっと音がした。

 よく見ると殻がひび割れ、殻の一部が零れ落ちていた。



「ど、ドラゴ君、どうしよう。生まれる~」

「エリー落ち着いて。生まれてすぐは柔らかいし、濡れてるからタオルの上にでも置いたら?」

 そう言って、ドラゴ君は少し離れたところに行った。


 生まれた魔獣が初めてみるのは、私でなければならないからだ。

 私は言われた通りにし、卵の殻を撫でながらそっと魔力を送った。

 それから1時間以上ゆっくりと時間をかけてからのひび割れは大きくなり、とうとう殻から雛が出てきた。



「うわぁ~、猫だぁ」

 みぃみぃ鳴く姿は生まれたての赤ちゃん猫にしか見えなかった。

 全身がしっとり濡れていたので、手のひらに乗せて柔らかい布でそっと拭き、手のひらで温めるように撫でた。

 子猫は全体が黒いけれど、口元と4本の足先が白かった。

目がまだ開いていないけど、ドラゴ君は遠目で確認。

2人で鑑定の結果、ケット・シーの女の子で間違いなかった。



「ミルクでも飲ませる?」

「魔力送ってあげなよ」



 私は子猫を胸に抱いたまま、魔力を送り込むとしばらくたってようやく目を開けた。

 私と同じ緑色の瞳。

 胸の奥からワーっと湧き上がる愛おしさに慄きつつも、この子に名前を付けなくてはいけなかった。

 みぃみぃ鳴く声がかわいらしい。



「あなたの名前は、そうね、ミランダ。ミランダよ」



 ミランダはみゃあと一声上げると緑色の光を放ち、左足に私の印章が入っていた。

 私の従魔になった証だ。

「生まれてきてくれてありがとう。大好きよ、ミランダ」

 そうだ、生まれたことを知らせなきゃ。



 そのまま、部屋を飛び出そうとしたら、

「エリー、どこに行くの?」

「無事に生まれたから知らせなきゃ」

 あれ?誰に?

 ルードさんはこういうの興味ないよね。クララさんやビアンカさんには従魔の卵の事話してないし。ジャッコさんにとっては日常茶飯事だし。

 いったい誰に?



 考えても混乱するばかりだ。

 わからない、わからない、わからない。

 でも誰かいたんだ。私に従魔の卵の育て方を教えてくれた人。一緒に従魔の誕生を喜んでくれる人。

 一体誰?



 考え込んでいるとドラゴ君が、

「勝手に学生寮から出ちゃダメだよ。明日は音楽のレッスンなんでしょ。早く寝なくちゃ」

「うん、そうだね」



 釈然としないながらも、明日のために私はベッドに入った。

目を閉じると、思った以上に疲れていたのかすぐに眠ってしまった。







 ドラゴは横でエリーが眠っているのを確認して、転移した。

転移先は『常闇の炎』クランハウスのビリーの部屋だ。



「ウィル様~」

「おう、ドラゴ。何かあったのか?」

「卵が孵ったよ。ケット・シーの雌。黒に一部白で緑の眼」

「そうか」


「エリーがウィル様に知らせに行こうとして、誰に言ったらいいのかわからなくなってたよ。かわいそうだよ」

「そうか」

「そうかじゃないよ。ぼくが全部フォローするの大変なんだから」

「すまんな」


「悪いと思ってるんだったら、眷属にしてよ!」

「それとこれとは話が別」

 ビリーはドラゴを抱き上げて、魔力を分け与えた。


「俺の代わりに、エリーを守ってやってくれ」

「わかってるってば。ねぇ、エリーはいい子だよ。エリーなら大丈夫だよ」

「ああ、大丈夫だから余計に危ないんだ。俺が俺を狙う魔族なら確実にエリーを狙う。俺は出来るだけ側にいないほうがいい」


「……何とかならないの?」

「国にこだわらなければ、この世はそれほど住みにくくはないんだが。だが国がないせいで魔樹も枯れているし、新しく生えていてもどこなのか不明だ」

「それを見つけたらウィル様はどうするの?」

「どうもしない。一度枯れても生えるなら、また枯らしても生えるだろう。ほっておくさ」


「それはそうとぼくを実験材料にしたいって女どうする?」

「お前は何もするなよ。クララに仕掛けさせるから」

「ふぅん、あの女も眷属になりたいの?」

「いいや、あいつには別の対価を渡してある」

 そういうことならと、ドラゴはエリーの部屋へ戻っていった。



 1人になったビリーはエリーから奪った記憶の魔石を眺めてまたハンカチに包んで胸ポケットにしまった。





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