第69話 称号
今日は初めての音楽レッスンだ。
他の人とは食べに行かないドラゴ君とまだ出かけられないほど小さなミランダのために、ミルクとクッキーと具沢山スープを用意して、教会へ出かけた。
この学園地区の教会は王都でも古いものの1つで、ここの特色は勇者のパイプオルガンがついていることだ。
なんでも300年ほど前の勇者は複数いてすべて楽士だったのだ。
この事から騎士が音楽を奏でる音学科が出来たのだという。
彼らは異世界から召喚され、全員不思議な力のある楽器を持っていた。その中で最大の楽器がこの教会のパイプオルガンだった。
彼らのことが載っている古い資料はクランの図書室にあった。
先代勇者が王国から報酬代わりに資料を受け取っていたのだ。
それは彼らが来た異世界の文字で書かれていて、読めるのは勇者だけなのだが、ほとんどすべて翻訳されていた。
原本は隠されているのだという。
私が読んだのは勇者の中のリーダー格の人物の書いた日記だ。
異世界から召喚された時の様子が記されている。
正に演奏直前で、あとは主役のピアニストと指揮者の登場を待つばかりの時にオーケストラごと召喚されたのだ。落雷が落ちたような眩しい光と振動を感じた瞬間、足元に魔法陣が現れこの世界に飛ばされたとある。
パイプオルガンはその時のコンサートホールについていたもので、演奏の専門家はいなかったそうだが、みんなピアノが弾けたので、試行錯誤で弾けるようにしたそうだ。
勇者たちの持ってきたほとんどの楽器は王宮の宝物庫に入っているが、このパイプオルガンだけは大きくすぎて城で鳴らすのにも不向きだったため、届いたその場所に教会をたてたのだ。
勇者たちの遺言で楽器は使わなければ痛むものだから、教会のパイプオルガンも他の楽器も神官楽士や宮廷楽士たちが弾いて保全している。
ただ唯一ピアノだけは、その時の勇者の最後の1人が亡くなったときから鍵がかかっていて誰も触れないそうだ。仕方がないので、外側だけ磨いてるんだって。
ちなみにマーガレット様が演奏されたハープは、ハープ奏者の勇者が女性で隣国の王家に嫁いだ時に持って行ってしまったため、この国ではあまり有名にならなかったんだそうだ。
この話はクララさんが教えてくれた。
そんなわけでこの教会を中心にして建てるものは何にしようかとなり、貴族の屋敷では教会とのつながりが強くなるので、考えた末に王立魔法学院とエヴァンズ魔法学校で囲んでしまっている。
その周りも、全部学校になるので、この教会に来る人は学生中心だが、勇者の偉業の証でもあるので、外の地区の人もよく来る。
もしかしたら美貌のレオンハルト様目当てかもしれないけど。
レオンハルト様は教会の皆さんに私の奉仕活動を制限するお話を徹底されていた。今日アクアキュアが出来ることをお見せして、許可をいただかないといけなかった。
エヴァンズ側は教会の裏口に当たるので、裏口からお邪魔した。これは許可をいただいている。
学院は王族の教育をされる場でもあるので、学院側に壮麗な入り口が設けられている。そのことからも今回ディアーナ王女がエヴァンズに入学されたのは大変異例なことなのだ。
手紙で母さんから聞いたのだが、母さんが在籍していたころは学院でも姫騎士の講義がありちゃんと実技もされていた。だが今の学院の騎士学部部長が騎士にとって女性は守るべきものと定めたため、学院で女性騎士は学べなくなってしまった。
だからエヴァンズがそれを引き受けたんだそうだ。
打ち合わせしてあった部屋で待っていると、レオンハルト様はお美しいがしかめっ面で私の前に現れた。
「おはようございます。今日からよろしくお願いします」
「おはよう、それでは始めよう。これまでに楽器を触ったことはあるか?」
「いえ、一度も」
それからレオンハルト様の見本を聞いて、一緒に手拍子をするように言われた。
ンタン ンタン ンタン ンタン。
タンタンターン タンタンターン。
タン タタ タン タン タタ タン タン。
いろいろ手拍子の叩き方を変えて、かなり複雑な手拍子もあったがリズムのスキルのおかげか簡単に感じた。
「なるほど、リズム感はちゃんとあるな」
「ありがとうございます」
「では楽器でも触ってみるか」
「いいんですか?」
「ああ、私が教わったときには「音楽とは音を楽しむという意味がある。だから楽しくなくていけない」と言われてな。音を出してみるのは楽しいからな」
レオンハルト様が奥の棚の扉を開けると、いくつかの楽器が入っていた。
「これは300年前の勇者たちが持ってきた楽器を写したものだ」
見れば、バイオリン、フルート、クラリネット、トランペットの4つだ。
あれ?なんで私はこの楽器たちの事を知っているのだろう。
鑑定のお陰かな。
「一番音が出しやすいのは、まずはフルートだな」
レオンハルト様はフルートを組み立てずに頭の部分だけを渡された。
「これを吹いて音を出してごらん」
吹いてみるとすぐに音が出た。
「おや?これは口の形が合ってないと音が出にくいんだが」
「あの、私楽器演奏ってスキル持ってるんです。だからかもしれません」
「なるほど」
それから、しばらく練習して最後に聞かれた。
「トールセン、君は称号を持っていないのか?勇者とか聖女とかだ」
「いいえ、ありません。そういう称号はどこで知るのですか?」
「実は教会のジョブ判定式で見ることが出来るのだ。入学式でもやっただろう?」
「はい。でも今回のジョブ判定式でも特別な称号や加護は現れませんでした。ただユニークスキルはありますが」
「それはラインモルト様から聞いている。スキル取得大だそうだな」
「はい」
「そうか、君のようにすぐに楽器を扱えるのはもしやと思ったのだが。
ニールのような田舎では王都のような精度の高い判定は出来ないから。
ラインモルト様は君に加護か称号があるのではないかと考えておられた」
「ラインモルト様が……ご期待に沿えず申し訳ございません」
「すまない。まるで君を責めるように言ってしまった。君が優秀な人材なのは違いないのだ。それに勇者だと分かれば君は戦いの場に駆り出されて使い捨てにされるかもしれない。だから教会で保護したかったんだ」
「使い捨てってどういうことですか?」
「このバルティス王国だけでなく、他の国もそうなのだが、勇者はこの世界でないところから来られるとされている。言わばよそ者だ。だから戦わせるだけ戦わせて力を弱めようとするんだ」
体が震えた。
よそ者だから?そんな理由で?
命を張って世界を救ってくれているのに?
「それは先代勇者様も?」
「ああ、でも彼はかなり強くていろいろ改革していった。奴隷解放運動や亜人の地位向上などだ。
彼がなくなって100年以上たつが、今はその成果が表れていると思う。
君の世話になっているクランもそうだ。
国にとっても亜人と呼ばれた彼らが奴隷であるよりも、一人の国民として税金を納めてくれた方がいいようだ」
「そうなんですね」
「生産性が向上し、奴隷主が奴隷で得た収入を隠匿することが出来ないからな。
でも勇者は違う。勇者はよそ者だから地位や多少の贅沢は許すけれど、ひどく危険な真似をさせるんだ」
「知りませんでした。王国がそんなことをしていたなんて。
私は勇者様の物語も好きでよく読んでいます。
それではご一緒に旅する聖女様や賢者様や神官様や戦士様もそうなのですか?」
「どういう基準なのかはよくわからないのだが、そうなる人とそうならない人がいる。多分人智を超えた力の持ち主かどうかというところなのではないだろうか?」
何と恐ろしいことだ。
本当に称号がなくてよかった。
魔力も魔法士クラスだが、上を見ればきりがなかった。その中でも私の魔力はたいしたことない。
でもハルマさん、勇者かもしれないって。王都で調べたらわかってしまうかもしれない。
「もうすでに保護されている方はいらっしゃるのですか?」
「ああ、君と同い年の少女に聖女の称号が現れた。彼女は今教会にいる。
国との取り決めで、魔王が現れない限りは戦いの場に駆り出されない」
「そうなんですか。でもそんな重要な話をなぜ私に?私のジョブ判定書は次回お持ちしますが」
「疑っているわけではないが、もし誰かに言わない方がいいと聞かされていて黙っているなら教会は力を貸すと言うことを知っていてほしいのだ」
「でも本当にないんです」
「ならばそれでよい。では次回からフルートの楽曲をやっていこう。構わないね」
音楽の勉強はやりたかったので了承し、それからアクアキュアが出来るようになったので奉仕活動をさせてほしいと頼んだ。私のアクアキュア取得が早すぎるともう一度称号がないか聞かれたがないものをあるとは言えなかった。
ヴェルシア様、私にそのような恐ろしい未来なんてありませんよね?
うん、あればこの間のジョブ判定で出たはずだ。
大丈夫だ、うん大丈夫。
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手拍子を参考にした音楽教室のサイトがあったのですが、最近調べたら見つけることが出来なくなってしまいました。
見つけることが出来たら参考先として記載させていただきます。
申し訳ございません。
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