第67話 授業開始


 今日からは通常授業だ。

 私はジョシュとマリウスと一緒のグループだ。もう一人いるといいなと思う。できれば女の子いないかな。

 うん、みんな固まっていて誰を誘えばいいのかよくわからない。



 一番初めの授業は魔法学の授業で四大属性魔法の説明があり、その属性の利点を上げよという質問だった。



 四大属性とは、火・水・風・土属性のことだ。

 この4つは持っている人も多いので使いやすいし、攻撃魔法としても優秀なので特に力を入れて学ぶ。



 他にも光・闇・樹属性がある。


 光属性は光の力で辺りを照らし、穢れを払うことができる。

この穢れを払うことが出来ることから別名聖属性ともいう。

強い治癒魔法や攻撃魔法にもなるが持っている人は少ない。

王族や神官に多いとされていて、ディアーナ殿下他数人しか1学年にはいない。



 闇属性は闇の中で静かに眠るイメージで、癒しや精神に作用する。とても素晴らしい魔法だが使い方を誤ると呪いとか洗脳とか恐ろしい使い方も出来る。

 テイマーになる人は闇属性が多いらしい。従魔を従えるって癒し支配が必要になるからだ。



 樹属性は神聖魔法・精霊魔法と言ってもいい。神聖魔法とは自然に作用する魔法で雨を降らせたり、動植物の成長を早めたりなどが出来る。

基本的に人間には使えないものだ。

 使えるのは神や精霊、一部の魔族やエルフ、それとごくまれに使える魔獣がいる。

この魔獣のことを神獣・聖獣と呼ぶそうだ。

さすがの『常闇の炎』にも神獣や聖獣はいない……と思う。多分。



 いや今は授業中だった。私も土属性の質問の時に当てられた。



 皆にめいめい意見を聞いて、次の授業からは、精霊石を用いての実践になった。

 楽しみだな。



 昼からの授業は魔獣学である。担当は副担任のターレン先生だ。

この授業は従魔も連れてきていいのでドラゴ君も同席している。



 先生の手法は、弱い魔獣だけど実物を見せる、だった。



 私にとってはスライムなんて珍しくも何ともないと思っていたけど、王都の中心で育った、特に女の子たちは見るのも初めてだったらしく恐る恐るつついていた。

 倒し方は手を突っ込んで魔石を取るなんて、野蛮な感じがするんだろうか。効率的でいいと思うんだけど。



 ラビット系は素早いので連れてきておらず、代わりにゴブリンを1体連れてきていた。

 ゴブリンは体の小さい人型魔獣で、群れを成して武器を使って狩りをするのだが、ヒト族とは意思疎通が出来ない。

時折特殊個体で知能が高く、話が出来るものもいるそうだが、基本的に自分たち以外の種族は食べ物なので魔獣に分類されている。



 檻の中のゴブリンは体じゅう傷だらけでものすごく怯えていた。

 みんなに突かれて嫌な思いをしたんだろうけど、それだけかな?

 外で元気よく襲ってくるときは私も応戦するけれど、こんな風な見世物扱いはなんだか嫌だった。



 すると先生がさらに嫌なことを言い始めた。



「トールセン。あなたの従魔にこのゴブリンを倒させなさい。みんなもカーバンクルの力を見てみたいでしょう?」

 突然の申し出に驚いた。この授業は従魔の力を見るものではなく、どのような魔獣がいるかの授業なのだ。


「あなたは主なのでしょう。命令もできないの?」

「いいよ、エリー。ぼくやる」

 私がドラゴ君の見世物扱いを拒否しようとする前にドラゴ君から言ってくれた。



 するとドラゴ君はにっこり笑って前に出て、

「エリー、命令して」

「ドラゴ君、ゴブリンを苦しませずに倒しなさい」

「【永久に眠れ】」

 ドラゴ君は私たちではわからない言葉を発すると、ゴブリンは眠ったように死んでしまった。



「これは素晴らしい。トールセン、実に素晴らしい従魔です。是非研究したいので私に貸してくれませんか?」

「従魔を貸す?それは出来ません。研究内容が体の大きさとか、食生活とかなら、後日レポートにしてお出ししますが?」

「あなたのレポートなど客観性に乏しいものは必要ありません。研究には検体が必要なのです」


「ですが従魔は家族の一員です。しかも私はクランからお借りしている仮の主で、彼には真の主が別にいるんです。

どういう研究なのかも聞かないでお貸しするなど私の一存では出来かねます。

もし彼にとって良い研究なら、真の主の了解をとってお返事することは可能ですが。

どういった趣旨のご研究なのですか?」

「そうですね、彼の戦闘能力を徹底的に調べたいと思います。

先ほどの呪文もかなり古い古語のようですし、どこまでの魔獣と戦えるのか、あとどの程度で怪我をするのか、カーバンクルの弱点も知りたいと思います」


「それでは戦う必要もないのに先生の研究のために戦わせるというのですか?

しかも怪我をさせること前提だなんて。それは承服しかねます」

「まぁ、わたくしの研究内容まで聞いて断るというのですか?生徒の分際で無礼な」

「先ほども申しましたが、私はあくまでも仮の主に過ぎません。

真の主である方もそんな研究材料などには貸さないでしょう。

どうしてもというならその方に直接お願いされてはいかがですか?」

「それは誰かしら」

 ああ、あんまりクラン名をひけらかすなって言われているのに



「『常闇の炎』クランマスターのウィル様です。Aランク冒険者です」



 私は何勝手なことを口走っているんだ。

 なんでクランマスターがこんな奴の相手しなきゃならないのよ。

 でも何かが許せなかった。

 ああそうだ。

 ルノアさんですら持っていた命ある存在に対する畏敬の念がないのだ。

 あの人はちゃんと命あるモノの尊厳を感じていた。

 そして、私にそれを忘れるなと言ってくれた。

 だから、嫌な目に合わされたけど彼女の本質は腐っていないと信じられた。



 でもこの人は違う。



 ドラゴ君もそこのゴブリンと同じ、ただの消耗品だ。

 そんな奴に大切な家族を渡してなるものか。

 使える物なら、クランマスターの名前だって使ってやる!



「まぁ、そんな大手クランのクランマスターとお知り合いだなんてトールセンとても自慢ね」

 この人は私を貶めようとしている……。いったいなぜ?



「その代わり、毎日働いていますよ。放課後も週末も休みはありません。毎日たくさんの魔法陣を描いています。

そういう能力が認められてクランで働かせてもらえます。そして私はそれをやるだけの価値があると信じて働いています。そういう場をいただいたことも、ドラゴ君を貸していただいたことも感謝しています。

だからこそ私はドラゴ君を守らなければなりません。

研究材料として何をしでかすかわからないような人には特に」



 ああ、ダメだ。なんだか煽ってしまった。

 先生に対してこのような生意気な口をきいたら、みんなは決して私に好感は持たないだろう。



「エリー、ぼく、この人嫌だよ~」

 そう言ってドラゴ君は私に抱きついてきた。

 私もかばうように抱きしめた。



「先生よぉ、いつまでつまらない問答続けてんのさ。

エリーはアンタに従魔は貸さないって言ってんだ。

従魔は魔法使いにとっては家族同様だってあんただって知ってんだろ。

さっさと授業の続きしてくれよ。

この時間に使われる金は将来の俺たちの借金になるんだぜ」


 マリウスが自分たちの損になることを告げると、他の生徒も、

「人の従魔を研究材料にするなんてサイテー」

「時間の無駄だな。このやりとり」

 口々に言い始めた。


 他の子たちも自分の従魔を抱きしめたり、引き寄せたりしている。

 みんなではないかもしれないけど、このクラスは従魔に愛情を持っている人が多いようだ。



 なんとなく気まずい感じになったが、そのまま授業は続いた。



 その後のみんなの反応が思ったものと違ったのには驚いた。

「お前、貧乏なんだなとは思ってたけど、そんなに働かないとやってけないのか。

1位でよかったな」

「私も従魔をあんな研究に貸せって言われたら、逆上しちゃうわ」

「でもすげー有名クランじゃん、クランマスターとそんなに親しいのか」

「ううん、全然。なんか虎の威でもなんでも借りちゃえーって思うぐらい必死だったんだ」


「わかる。あのゴブリンの扱い、やな感じだった」

「もっとゴブリンって元気が良くて、何だコノヤローって思うもんな」

「そうなの?あんなんじゃないの?」

「違う違う、あれだと楽勝じゃん。

もっと数が多くてガンガン槍とかで突いてくるぜ」


 段々話が私の話ではなく、ゴブリンをどう倒すかになっていたけれど構わなかった。

 全員ではないにしろ、私と同じように感じた人たちがいてホッとした。



 もちろん、私を遠巻きに見ている人たちもいるのできっと意見が違うのだろう。

 もともと誰にも好かれていなかったんだ。

 少なくとも、ジョシュとマリウスは私を助けてくれた。



「ごめん、私、仕事に行かなきゃ」

「おお、お仕事ガンバ!」

「いってらっしゃーい」



 そう言って送り出してくれる気のいいヒトもいる。

 みんなを、そして自分を信じよう。



 その日クランでこの話をしたら、みんな憤慨していた。

「何よそいつ!なんて名前なの!」

 ターレン先生の名前を言うと、ルードさんが変な顔をした。



「もしかしたら、俺がエリーさんと学校へ行ったせいかもしれません」

 まさか、元恋人とか?

「いえ、20年ほど前に警護の付いたことがあるんです。彼女が14歳ぐらいの時に。それでお付き合いを申し込まれて断りました」

 それは当然ですよね。


「それからも何度か指名依頼が来て断っていたのですが、ある時ご結婚が決まったと聞いてホッとしました」

 そりゃしょうでしょうとも。

「だからただのうぬぼれかもしれませんね」


「離婚でもしたんでしょうか?」

「さぁ、そんな話は聞かないわ。でもそうね、ターレン子爵つまり彼女の入り婿ね。彼が最近若い愛人に入れ込んでいるって話を聞いたわ」

 社交界の情報に通じているクララさんが話し始めた。

「ターレン子爵は結構金遣いが荒いと聞くし。だから講師なんてしているんじゃない?」

「昔は生物を虐待するような人じゃなかったんですけどね。月日が人を変えたのでしょうね」



 本当にそれが原因かはわからないけれど、今が不幸で私に当たっているのかもしれない。

 うん、積極的に彼女に何かをするのはやめよう。ドラゴ君はもう授業に連れて行かない。それでいい。

 勉強なら頑張れるけど、私に彼女を変えることは出来ないもの。





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