第60話 新しい部屋


 屋根裏部屋のドアを開けると何の変哲もないシンプルな部屋だったのに、ドアを閉めると様相が一変した。



「素敵……、どうしてこんなことに?」

 外から見たのとはまるで違う女の子らしいかわいい設えの部屋だった。外に出るとやはりシンプルな部屋でどうやら偽装されているようだった。



 白と緑を基調とした美しい壁紙が貼られつやのある樫でできた家具が並んでいた。

 窓にはレースと淡い若葉色のカーテンが下げられ、光が入って明るい場所に書き物机が置かれていた。


 書き物机は書くところが蓋になっていて、その部分にはとてもかわいらしい花模様が彫刻されていた。

 蓋を開けるとそこが各部分になり、小さな引き出しの中に、紙とペン・インク・吸い取り紙に、小鳥形の文鎮、封蝋も置かれ、印章の柄も彫刻と同じ花の模様だった。

 すぐ脇には本棚も備え付けられ、この場所に本が入れられるのを今か今かと待ち構えているようだ。



 壁際には机と同じ花模様の彫刻が入ったクローゼットがあり、男物の制服一式と制服のプリーツスカートとそれとは別にワンピースが1枚吊ってあり、棚にはシャツが2枚折りたたまれていた。

 クローゼットのドアの内側には全身が映る姿見までついていた。

こんなに素敵なのに、ほとんど男物しか入れないなんてとてももったいなかった。


 そのすぐそばに化粧台も備えてあり、その上に置かれた箱の中にはヘアブラシや櫛などの化粧道具が入っていた。

 まだ化粧品ははいっていなかったけれど、入れるスペースも取ってあった。



 私のベッドには薄緑のシフォンの天蓋が付いており、ベッドサイドには読書用のランプの魔道具があり、美しい細工が為されていた。

 その横には、ドラゴ君用の小さなベッドと、卵のために私がこしらえた布団を敷いた籠もおいてあった。

 ベッドの向こうには衝立が立ててあった。

 平民の子どもには贅沢すぎる部屋だ。



「気に入った?」

「もちろん!ドラゴ君、この事知っていたの?」

「うん、僕が何にもないから家具持ってきてって頼んだの。机にお手紙あるよ」

 侵入者撃退を設定したけど、同居人のドラゴ君が許可を出した人なら問題ない。


 もう一度書き物机を見ると文鎮の下に折り畳んだだけの手紙が置いてあった・





 エリーへ

 これはクランのみんなからの入学祝兼感謝の印だ。

 お前のおかげで誘拐されていた子供たちが戻り、火が消えたようだったクランがまた活気ある姿に戻った。

 デザイン総指揮はビアンカが張り切ってやっていた。次に会うときには皆にお礼を言うように。


 クランマスター




「クランマスターからお手紙いただくなんて。お話したことほとんどないのに」

「……忙しいから。ウィルさまは」

 ドラゴ君は何かもの言いたげにもじもじしていた。



「そうだ、まだ奥があるんだ。その衝立の奥に行ってごらんよ」


 衝立を超えるとそこには台所とお風呂などの水回りがあった。

 台所には魔導オーブンと魔導コンロがあり、火魔法を使えない私にはとても有難かった。

 水は蛇口をひねれば出てくる魔導水道になっていて、流れたものは自動的にどこかへ消えていた。近くの排水施設にまで飛んでいくんだろうか?



 さらに作業台と何かを置くためにわざと開けられた場所があった。

「そこに錬金窯を置くといいよ。エリー持ってるんでしょ?」

 誰にも言ってないはずなのに?でも言ったような気もする。

「……うん」

 錬金窯を設置するといっぱしの錬金術師の工房のようになった。



「すごい……」



 ついこの間までちょっと小器用なただのパン屋の娘だったのに、この3か月でこんなにも変わってしまうなんて。



 なんていろいろなことが起こったんだろう。



 母さんが元貴族ってだけでも十分驚いたのに、ルノアさんたちとの修行やダンマスとの出会い、ルイスさんとの旅と別れ、『常闇の炎』とのつながり。

 ただなんだかものすごく大事なことを忘れているような気もするんだけど。



「エリー、ボーっとしてないで片付けしたら?ぼくはお昼寝するよ」

「そうだね。おやすみ、ドラゴ君」

「新しいベッドは気持ちいいよ。すぐ眠れそう」

 いつの間にか、寝間着に着替えていたドラゴ君はベッドに入ってしまった。



 母さんのマジックバッグから、授業で使う教科書やアイテムを本棚に並べる。

 ラインモルト様から送られた箱から普段用の少年の服と、母さんが買ってくれたワンピースをクローゼットにしまい、靴や小物も並べておいた。



 でもダンジョンから取ってきた宝物やハミル様のお道具箱のような大事なものは並べなかった。



 私より力の強い魔法士なら部屋に侵入できるかもしれなかったからだ。

そしてそんな人はこの世にいっぱいいるのだ。



 ドラゴ君の健やかな寝息を聴きながら、私はこれまでお世話になった方々へ手紙を書いた。

 まずは、クランマスターへお礼状。次は父さんと母さんに近況報告。ラインモルト様やエイントホーフェン伯爵夫人も無事に入寮できたことをお知らせする手紙をしたためた。



 ヴェルシア様、無事入学いたしました。

 これから錬金術師兼楽士を目指します。

 どうか、これからも良き道へ私をお導きくださいませ。





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