第33話 不愉快な依頼

 

 もともとこの依頼はひどく気乗りがしなかった。



「私の娘がね。あまりにもわがままが過ぎるのでちょっとお灸を据えてやりたいと思っていてな。乗り心地のいい我々の使う馬車じゃなく、平民たちが使う乗合馬車で旅の苦労をさせようと思ってるんだよ」

「それで我々に子守をせよと言うわけか?随分な話だ。我々は適任ではない。断らせてもらおう」


「いや、待ってくれたまえ。ビリー君。私は娘がかわいくないわけではないんだ。それでどうしてもいままですべての護衛を成功させている常闇の炎に依頼したいんだ」

「護衛だけならともかく、子守もというのが我慢ならんな。それに俺たちは忙しいんだ」

「そこをお願いしたい」


「言っていいか?」

「なんだね」

「お前の娘、出来るだけ早く修道院に送って養子を取るか、新しい妻と子でも作るんだな」

「なに?!」

 俺の言葉に動揺してかミューレン侯爵は気色ばんだが、たかが人間。

 俺を威嚇することも出来ない。


「ミューレン侯爵閣下、マスターは魔眼を持っております。真実を見抜き、先を見通すもの。一つ耳を傾けてはいかがでしょうか?」

 クララがつまらないことを言う。

 この依頼を受けることでSランク試験を受けなくてもいいという話だから聞いてみたが、今の名も姿も捨てて、また新たに冒険者をやればいいのだ。

 所詮人間に俺を見分けることなんかできないのだから。



「魔眼……」

「ビリー、あなたはローザリア嬢に何が見えたの?」

「あの少女のスキルとジョブ、そして魂の称号だ」

「まっまさか、あれがわかるはずが」

「スキル:我儘 傲慢、ジョブ:悪役令嬢、称号まで悪役令嬢だ。彼女がその定めから逃れるには並大抵の努力では出来ないだろう」

「なんということだ!」

 ミューレン侯爵は膝をついて頭を抱え込んだ。



「それは、それだけは誰にも」

「無駄だ。お前の娘に隠蔽スキルはない。我儘、傲慢以外にスキルがないと言うのも最悪だな。いったいどういう教育をしてきたんだ?貴族の世界には鑑定持ちを抱えているものなど掃いて捨てるほどいる。もうすでにお前の娘は避けられているのではないか?」

 ミューレンは肩を落としていたが慰める気にもならん。



「頼みの綱だったカーレンリース辺境伯家から養子をもらおうとしたのだが、断られてしまった。あそこの次男ならばと思ってお見合いさせたのだが」

「ダメです!それだけは。ほかの国ならいざ知らず、わが国ではいとこ同士の婚姻は認められていません。しかもミューレン侯爵夫人とカーレンリース辺境伯夫人は双子の姉妹でもっとも認められないものではありませんか。

まさか白の結婚をさせるおつもりだったんですか?」


「違う、違うんだ。長男次男は前妻の息子で血は繋がってないんだ。だからよいだろうと思ったら、三男のユリウス以外は嫌だと言うのだ」

「それは、カーレンリース辺境伯もお断りになったでしょう」

「ああ、二度とローザリアを城内に入れないし、わが侯爵家とも個人的なお付き合いはしないと宣言された。禁忌に触れる恋を娘は所かまわず言いふらしたのだ」


「つまりユリウス様にもお気持ちが?」

「それが全くないのだ。血が近すぎて結婚できないことは初めから知っていたので、妹のように思っただけだそうだ。今は蛇蝎のように嫌っているらしい」

「それはそうだろうな」

「残酷なことを言うようですが、それでは余計にローザリア様は学院に行くのはお取りやめになられてはいかがですか?ユリウス様もお困りになるでしょう」


「それがユリウスは別の学校に行くと言ってくれたのだ。

三男で騎士になるつもりだし、最高学府にいく必要はないとな。

それにローザリアが他校に行くことはあの子のプライドとしてはありえない。

貴族の娘としてのマナーと最低限の勉学はさせてあるし、見目のよい子が好きなので誰かを見初めてくれればと思っているんだ」

「とにかく俺の答えはこの依頼は受けないし、娘は修道院に入れろだ」


「やはり自分の子どもは可愛い。その子供の幸せを考えぬ親がどこにおるのだ。ローザリアはまだ10歳。これからの教育で厳しく指導してもらえれば何とか」

「馬鹿か、ジョブだけならば転職できる。あの娘は称号付きなのだ。

称号の力を侮るな。称号も変わる場合は加護を失い自滅した時か、さらに強い称号に代わるだけだ。

お前の娘には加護がない。つまり悪役令嬢より上位の称号例えば悪徳夫人とかそういうのしかないぞ。いまならば迷惑は身内だけで済むのだぞ」



 ここまで言って断ったのに、クララがこの依頼を受けてしまった。



「なぜ受けた」

「しょうがなかったの」

「理由を言え」



 常闇の炎は、人間どもが亜人と呼ぶ獣人・ドワーフ・ダークエルフ・巨人・小人・魔族を中心にメンバー構成をしているクランだ。

 人間は自分たちとは違う穢れた存在のように我々の事を言うが、こっちから言わせれば人間も、エルフも、獣人もドワーフも巨人も小人も魔族も中身はさして変わらない。どちらかといえば人間の方が非力な分、卑怯な真似をする。



 その卑怯な手のせいで仲間の一人である、狼獣人のサイモンが役人に捕まってしまったのだ。酔っぱらって暴力をふるったというがサイモンは下戸で酒は口にしない。

 このままでは極刑と言われたが、上位貴族の口添えがあればと向こうから言ってきたらしい。

 クララはクランには数少ない人間のメンバーで人間との対外交渉にあたってくれている。ミューレンの事がすぐ頭に上がったらしい。



「くそっ!こっちは誘拐犯のことで忙しいのに!」

「サンディーやロットはまだ見つからないのですか?」

「ああ、どうやら明るい色の獣人の子どもを狙っている奴がいるらしい。うちのクランとは関係のない他の獣人の子どもも連れ去られているようだ」

「奴隷ですね。色味の指定があるなんて変態貴族が絡んでそうです」


「どうも裏通りにある店がアジトらしいんだが。仕方がない。裏通りの店の件はカイに任せよう。とにかくこの依頼は断れないんだな」

「ええ、嵌められて悔しいです」

「だから人間は嫌なんだよ。だが2週間ちょっとの辛抱だ。あとは出来るだけこっちの要望は飲んでもらうぞ。クララ、お前の手腕を見せてくれ」

「了解しました」



 カーレンリース辺境伯領に入ることは許されていなかったが、出来るだけユリウスの側にいたいと手前のティンドルの町に滞在していたローザリアを捕まえ、乗合馬車に放り込んだ。



その2日後、俺は一人の少女と出会った。








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