第25話 戻ってからのこと
ダンジョンから戻ってきて父さんと母さんにうんと甘えて幸せな日々を過ごしたけど、今はラインモルト様所有の離宮で試験勉強中だ。
王族って離宮とか別邸とかちょいちょい持ってるんだって。
私の知っているラインモルト様は遺跡の土にまみれてる書いたメモの整理のできない、遺跡に関しては落ち着きのないおもしろいおじいちゃんなんだけど。
この建物見てやっぱりすごいんだなぁって実感。
あっ、王都に行く受験生は毎年ラインモルト様のこの離宮で試験勉強するんだよ。
毎年1~3人でいない年もあるんだって。ちなみに今年は私一人だ。勉強は基本的に順調。特にできない勉強はない。ないんだけど、そうないんだよ。
なのに!
王侯貴族にマナーや立ち居振る舞いを教えるのを専門とされているカレン・エイントホーフェン伯爵夫人。
ラインモルト様のほどではないがご高齢の貴婦人で、先代、当代と2代にわたって王妃教育を任された女性なのだ。もちろんその王女様方もすべて手掛けていて、外国に嫁がれ王妃となっておられる方もいるのだ。
とんでもなく優秀で、素晴らしい方なんだとは思う。
「わたくし、こんなによくできる生徒に出会うのは初めてですわ。
ええ、よろしいですわ。わたくしがあなたを王都一の淑女にして見せます」
……嫌です……。私ただの平民なんです、しかも錬金術師になるんです。時々ダンジョン潜るんです……と言っても聞いてくれる訳ないか。
もしかして貴族の人ってそういうスキルがあるのかな?
必殺スキル「聞き流し」とかね。
とにかく自分のいいと思ったものは他の人もいいと思っているに違いないというのが彼女の考え。一応、最初に私が平民で錬金術師になることだけは伝えたが聞いてなかったと思う。
今まであった女の人の中でダントツに恐ろしい女性だ。冒険者よりすごい。視線だけで人を殺せると思う。
私が学んだのは、こういうタイプの方には逆らわず、言う通りにしておくこと。
本を5冊も頭にのせて何時間も背筋を伸ばすのもした。
その状態でしなやかに歩き回るのもした。
カーテシーを2時間以上維持することもした。
どんなに大きな音が鳴ろうと、悲鳴が聞こえようとも優雅な微笑みを絶やさないこともした。
貴婦人特有の特殊な声の出し方も、ゆったりとした上品なしぐさで動く訓練等、思っても見ないようなこともやった。
きっと私に教えることが何もない時が来るはず……それいつだろ?おかげさまで、どこの貴族へ嫁いでも恥ずかしくない身のこなしが身についたそうです。
いらなーーーい!
最初は1週間の予定だったのに、もう1週間伸びたと聞いたときは顔が引きつりそうだった。身につけた貴族的表情のおかげでおくびにも出さなかったけど。
私の手伝いをしてくれたメイドさんたちはエイントホーフェン伯爵夫人の授業だけは誰もついてくれなくなった。だって突然叫び声を上げさせるためにつねったりするんだもの。
実はもう1週伸びるところだったのだけど「来週の指導予定は」と伯爵夫人が言いかけたその時、
「カレン悪いが、レオノーラから早くカレンを返してほしいと手紙が来ておるのじゃ。娘の教育を他のものに任せておかしな癖がついてはいけないからとな。ここから王都は遠い。出来るだけ早く出立してほしいのじゃ」
ラインモルト様!ぐっじょぶ!
あっ、これハルマ用語です。いい働きしたってこと!
「まぁ、殿下が。それはお待たせしてはなりませんね。
ではエリーさん。今までお教えしたことを忘れないようよくさらっておくように。
本当はぜひ高等会話術も伝授して、よい嫁ぎ先を見つけてあげたかったのですが」
「わたくしはあなた様にご教授いただけたことこそ、この身の誉れと存じます。エイントホーフェン伯爵夫人」
そして夫人は満足そうに帰ってゆかれた。
その後、ラインモルト様が謝ってくださった。
「すまぬ、カレンが完ぺき主義だったことをすっかり忘れておった。
ほかの勉強に支障は出ておらぬか?」
「勉強は出来ております。ご安心くださいませ」
「普通にしゃべってよいぞ」
「大丈夫です、ラインモルト様」
「それでは、お茶にでもしようかの」
「ではわたくしがお注ぎしますわ」
「いや、普通でよいぞ」
「夫人の調教が……半端なかったです」
こんな感じで(いやほかの教科はもっと穏便に)いろいろ教わって、ラインモルト様には感謝しかありません。
あれからいろいろあったなぁ。
まずダンジョンから戻ってから、ハルマさんとシンディーさんがウチの店に来てくれた。二人はリノア・ルノア姉妹とパーティーを解散し、ニールのクランも辞めて王都に出ることにしたんだって。
「さすがにもうしないだろうけどあんなことの片棒を担がされてパーティーを続ける気はなかったし、クランの方もちょっとな、みみっちい感じで俺に合わないつーか。いずれ出るつもりだったからこれを機に王都に出ることにしたんだ」
「あたしも呆れてものが言えなくなるくらいだったわ」
何があったんだろ?
王都までの護衛の依頼を受けてたからあんまり長く話せなかったけど、ハルマさんが前世の記憶をまとめたノートを私に貸してくれた。それで私が王都に出たら冒険者ギルドを通して連絡をしたらいいと言うことになった。
「今度はダンジョン一緒に潜ろうぜ」
「絶対よエリーちゃん。楽しみにしてるから」
2人にそう言ってもらえて私がどれだけ嬉しかったか。だって年の近い人にまた会いましょうって、言われたことなかったんだもん。
それからルノアさんは無事にCランクに上がりました。
私は会ってないけど、母さんはちょっとくぎを刺しに行ったみたい。リノアさんがちゃんとルノアさんの面倒を見ると約束して引いたそう。
よく考えると、ルノアさん私をそこまで落とし入れようなんて思ってなかったんじゃないかな。1階層の休憩所は私たちのパーティー以外の人は全然使わなかったし。むしろ5階くらいに置いてきぼりにされた方が危なかったかもしれない。
母さんははじめから置き去りにするつもりなのがよくない!って怒ってたけど。
でもルノアさんはもう絶対にしないと思う。だって彼女は自分の大切なものを見つけたから。
それはリノアさんというたった一人の家族。
意識を失った(演技)リノアさんを見て半狂乱になったルノアさんはシンディーさんに泣いて助けてと頼んだそうだ。
ここで演技だとは絶対にバレてはいけないとシンディーさんは回復魔法をかけ続けたらしい。リノアさんの寝ているすぐ横の地面に。
おかげでバレずに何とかなったのだが、自分に失うものはないと思っていたルノアさんは私が襲われてヴェルシア様の呪いがかかったらどうしようと思ったらしい。
その時ルノアさんは妹であるリノアさんを心から受け入れたのだ。
もしかしたら、そこからルノアさんも自分を受け入れてくれる人を見つけるのかもしれない。
あとは、そうそう宝物のことだ。
父さんが毎週行く町の会合に出たすきにダンジョンでもらった宝物を母さんに見せたら、しばらく絶句していた。
こんな大量の宝ものは見たこともないし、これを使うのは命の危険があると判断。
でも学費がいるからどうするかということになり、あの中にあったスキルスクロールだけギルドのオークションにかけようと言うことになった。
でも私が拾ったとはいえないから、学費のために母さんがダンジョンに1度だけ潜ると言うことになった。
父さんは最後まで反対していたけどね。
母さんが何度も踏破しているからと説得して行った。
なぜかレアダンジョンの方を。
「レアダンジョンの方がソロ向きなのよ。スライムダンジョンはレベルの低い冒険者でも踏破できるからね」
そしてなかなかの成果を上げて帰ってきたときに、あのスキルスクロールを混ぜておいたのだ。
ギルドが買い取りたいって言ってきたので、鑑定して内容を精査してからと返事。その鑑定も私の鑑定と同じ「調味料作成」というレアスキルと判明し、王都のギルドオークションにかけたいと持ち掛けたのだった。
ニールのギルドは母さんとの共同出品者になるので手数料が入るしということで了承してくれた。
ただし、3つ条件を付けた。
このスキルスクロールを購入できる条件として1つは、調理人や調味料生産者といったスキルを独り占めしない人であること。
これはスキルコレクターという厄介な人種がいて、おもしろいスキルスクロールを使わずにコレクションして悦にいる貴族がいるのだ。うーんやっぱり貴族ってややこしい。
2つ目は、スキルを取得してから私に1つ調味料の作り方を教えること。
3つ目は、以上2つを守るべく魔法契約に同意すること。
おかしな条件だけど、本当は娘が欲しがったのを無理やり販売するので、せめてもの慰めに1つ教えてほしいと言うことで説明したそうな。
それで1か月半後に私は購入者で王室調理人であるフランク・リヒター子爵に教えていただくことになっている。
貴族かぁ、ややこしくないといいけど。
ここはひとつ、カレン・エイントホーフェン伯爵夫人仕込みのマナー&身のこなしを活用するつもり。もちろんラインモルト様のお名前も使わせていただきます。
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