第26話 自分らしく生きる


 只今、ラインモルト様とお茶会中です。

 明日、この離宮を出発し、一度家に戻って王都へ出発します。

 それではエイントホーフェン伯爵夫人仕込みのマナーを発揮して、しめやかにお茶会を執り行おうではありませんか。



「エリー、そんなにおとなしくてはつまらんのう。もっといつも通り話しておくれ。そうじゃ、ダンジョンに行ったのじゃろ。そこで怖い目にあったと聞いたがどうであったのか教えてくれんか」

 いや、教えられません。怖い目は合ってないし。



「実はそれは本当のことではないんです。皆さんがダンジョンにいる間に私の10歳の誕生日が来るとわかって、早く帰ってもいいとご厚意で帰していただいたんです。でもラインモルト様のご依頼期間中だったのでそのような言い訳をしたのです」

「なんじゃ、それならわしにそう言ってくれればよかったのに」

「ラインモルト様よりギルドがどう判断するか気になったんです。

そうだ、私そのとき妙な体験をしたのですよ」

「ほうそれは?」



 母さんを待つ間暇だったので宿屋の手伝いをしたら、そこの女の子にキラキラした目で見られたという話をした。

「どうしてでしょうね。ダンジョン帰りでしたし、たいしてきれいな格好をしてなかったし、男装もしてたんですよ。その子もお兄ちゃんと呼んでましたし」

「ふむ、なるほど」

「なるほどとは?」

「その子はエリーの事を素敵な男の子だと思っておったんじゃ。

10歳になる前からダンジョンに入れて、暇があれば宿屋の手伝いをしてくれる働き者で格好いい子だとな。それで好意を持ったのじゃ」

「それは思いつかなかったです」

「おやおや、エリーには好きな子はいないのかい?」



 黙るしかなかった。好きな子どころか、友達すらいない。

「……いないです」

「そうか、こういう事はどちらかといえば女の子の方が早いものなんじゃが」

 知らなかった。

 ああだからイーダは昔から結婚結婚って言ってたんだ。

 父さん母さんに聞いてみたように、ラインモルト様にも聞いてみようか?



「あの、ラインモルト様」

「何じゃ?」

「その、私って違いますか?他の子たちと」

「ふむそうじゃな。わしから見ると全員どこか違っていて同じ子など1人もおらん」

「違いすぎてしゃべりたくないほど違いますか?」

「今わしと話して居るではないか」

「そうなんですけど」



 ラインモルト様はお髭を撫でながら、

「エリー、わしは神ではない。だから言葉にしてもらわないとわからぬ。

そなたが王都へ行ってしまえばこのように話を聞いてやることもできぬ。

心配事があるなら今話してみてはどうかな?」

 ラインモルト様の言葉に背中を押されて、私は思い切って話してみることにした。



 ニールの町では友達が一人もできなかったこと。さらに勉強や手伝いをしていたことで妬まれていること。

 王都の学校でもそれが続くのではないかと不安なこと。そのように人と仲良くなれなくてもいいのだろうか?貴族との付き合いや社交の授業についていけるのか?

 思いつく限りの不安を言葉にしてみた。



 自分ひとりのことなら頑張れる。でも相手がいることは、自分だけではどうすることもできない。



「ふむ、そのような不安は実は大人もみんな抱えておるものじゃ。

そなた1人が悩んでいるわけではない。

そなたが妬みを受けていることはどうやらわしのせいでもあるようじゃ。

そなたのように有能で、遺跡の話も出来るものがなかなかおらんのでな。

わしもそなたに甘えておったようじゃ。

すまなかった」

「いえラインモルト様には感謝してもしきれません」



 ラインモルト様は目を閉じてしばらく黙っていた。

 そして目を開けると、

「わしの思う答えはこれじゃ。『自分らしく生きよ』」

「自分らしくですか?」



 でも自分って何なんだろう?



「自分とは何かという問いは、古来から賢人たちが問うてきた問題でわしやそなたのような小さな存在では簡単に解ける問題ではない。

しかしわれらにはヴェルシア様がついておる」



 ラインモルト様がパッと宙に手を振ると、1枚の紙が降ってきた。

「そなたのジョブ判定書じゃ」



 スキル習得大

 音楽

 楽器演奏

 絶対音感

 共鳴

 調和

 調律

 リズム

 料理

 製菓 

 製パン

 家事

 調薬

 園芸

 飼育

 裁縫

 刺繍

 採取

 付与

 鑑定

 計算

 言語能力

 整理整頓

 描画

 文字解読、

 複写

 発掘

 研究

 細工

 努力


 ジョブ

 錬金術師、楽士、薬師、学者 技師 




「これが何か?」

「そなたのユニークスキル、スキル取得大と錬金術師のジョブに気を取られておるが、そなたにはほとんど学んだことのないスキルがたくさんついておる。それが楽士のスキルじゃ」

「楽士……」


「ほとんど音楽を聴いたことがないといっておったな」

「はい、お祭りで吟遊詩人さんの竪琴、あとダンスの曲、それとよっぱらいの鼻歌。これぐらいです」

「そなたのジョブが錬金術師ではなければ音楽の道へ進ませてやりたいのじゃが、国としてはより有益なジョブに就くことを求めるのでな。

ただそなたに音楽も勉強させたいと思う。どうじゃやりたいか?」



 やりたい!

 その時の私の中でありえないほど高まる何かを感じた。

 何だろうこれ、私はこれをよく知っているはずなのに。でも思い出せない。



「うむ、その目を見ればわかる。胸がいっぱいで話もできんのじゃろ。

エリー、それがそなたの本当の気持ちじゃ。

その気持ちを大切にすることこそが『自分らしく生きる』ことじゃ。

わしらには自分が何かはわからぬが自分の魂が求めるものはわかるのじゃ。

その手助けを偉大なるヴェルシア様は与えてくださっておる」



 私はうなずくしかなかった。涙があふれてきた。今私は目の前に自分の求めるものが手に入ろうとしているのだ。



「今までそなたに親しいものができなかったのは、自分らしく生きてなかったからじゃろう、違うか?」

「そうかもしれません。学ぶことは好きですが、ここまでやりたいと感じるものはありませんでした」

「もちろん自分を偽って暮らして居るものも多い。そうするしかないと思って居るものもな。それでも生きていけるが、やはり不満や不安が多くなるのじゃ。

その苦しみは周りに気づかれなくとも感じられてしまう。

もしかしたらそれが違いかもしれぬ」


「でもみんなが望み通り生きているわけではないでしょう?」

「そうじゃな。例えばトールじゃ。

トールは大変な読書家で10歳の判定式で最適ジョブは司書と出ておった」

「司書?」

「図書館で本を整理したり、補修したり、本を探している人に最適な本を探してあげたりする仕事じゃ。数多くの本の内容を知っていなければならず、難しい仕事じゃ。だからわしは王都の学校を勧めた。じゃが跡取り息子で他に子供もいなかったため、トールは町の学校を出て、今はパン屋じゃ」


「では父さんは自分らしく生きてはいないということでしょうか?」

「そうでもない。人は折り合いをつけると言うことができるのじゃ。

トールは嫌々パン屋をやっていた時は生活も苦しくつらかった。しかしマリアと結婚して余裕が出てきたおかげで、教会図書館の夜間開館に毎週出かけておる。

もちろんマリアも知っている。人には会合と称しておるがの」

「えっ?あの会合そうだったんですか?」

「そうじゃ、町で勉学が好きとか、本が好きとかは知られるとちょっと浮いてしまうからな。聞こえがいいように言うただけじゃ。

前は理解ある妻と週に1度だけでも本に囲まれて十分じゃった。

今は同じ本を読んで感想を言い合えるかわいい娘が王都へ行ってしまうと寂しいとこぼしておったわ。贅沢な話じゃ」



 ふふふ、父さんったら。

 そうだったんだ。知らないことがいっぱいあるなぁ。

 折り合いをつけるか。そんな考えがあったんだ。



「ただそなたの場合、楽士の色合いが濃いにも関わらず錬金術師とある。

スキル取得大のようなユニークスキルのこともあるし、もしかしたら何らかの使命を帯びておるのかも知れぬ。

だから音楽だけにかまけず、遠回りなように感じても錬金術師の勉強も頑張るのじゃぞ」

「わかりました。本当にありがとうございます」

「何、教会を訪ねてきてくれる子は皆わしの子じゃ。

こうして聞いてくれれば返事をするのにわしの身分が皆を委縮させてしまう。

残念なことじゃ。

じゃから頼ってきてくれる子供には出来るだけのことがしたいのじゃ」



 そういってラインモルト様は私の頭を撫でてくれた。



 ありがとうございます。ラインモルト様。

 ありがとうございます。ヴェルシア様。

 私、錬金術師兼楽士目指します。







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