第24話 私の誕生日


 朝になって冒険者たちがどんどんやってくる。

 宿屋の中はご飯を食べてからダンジョンに入る人たちで朝から大忙しだ。私よりちょっと小さい女の子が忙しそうに給仕に片付けにクルクル立ち回っている。



「ねぇ、ちょっと人を待ってるから時間があるんだ。手伝おうか?」

「えっ、いいの?じゃあ食器洗ってくれる?」

「了解」



 テーブルから下げた食器を洗って拭く。洗ってもすぐに使われてしまい、女の子が下げたきた食器をさらに洗う。私は孤児院の手伝いをしているから、たくさんの食器を洗うのも慣れている。

 半時間ほど洗うと冒険者の波も収まり、1階層のボス戦の時間に間に合うようにみんな出ていってしまった。



「手伝ってくれてありがとう、これどうぞ」

 女の子は果実水を手渡してくれた。昨日のものとは違うものだ。

「これ、売り物じゃないの?」

「大丈夫、私が森で摘んだ実で作ったから」

 飲むとちょっと酸っぱさが立つけどその奥の甘みがおいしい。

「おいしい……」

「ランベリーの実はそのまんまじゃ酸っぱいんだけど、ちょっとだけ蜂蜜入れて煮るとおいしくなるの」

「へぇ」


「お兄ちゃんはダンジョン行かなくていいの?」

「昨日まではいたんだけど、今日10歳の誕生日だから帰っていいって」

「そうなんだ、誕生日おめでとう」

「うん、ありがとう」

「あたしは来年なの」

「へえーそうなんだ。なにかやりたいことあるの?」

「うーん、お料理作るの好きだからこの宿を継げたらいいなって思ってる」

「そりゃいい。この果実水もおいしいから、楽しみだね」

「ありがとう、絶対また飲みにきてね」

 やたらキラキラした目で見つめられて、びっくりした。



「アイダ~、部屋の片づけ手伝っておくれ~」

 2階からおかみさんの声がして、アイダは上に上がってしまった。

 年の近い子とこんなに長い時間、話をしたのは初めてだった。

 町の男の子も女の子も私が話しかけると気まずそうに下を向いてしまうから。

 嫌われるのはもう慣れたけど、あんな風にみられるのは初めてだなぁ。



「エリー!」

 食堂の入り口に母さんが立っていた。

「母さん、ごめんなさい」

 私は母さんに抱きついた。

「どうしたの、その髪?」

「私、男装しなくちゃいけなくなったの。だから」

「どうして男装しなくちゃいけなかったのか、そこのところが気になるんだけど。

とにかく馬車に乗りなさい。話は道中で聞くわ」

「うん、来てくれてありがとう」

「さっ、乗った乗った」



 母さんの借りた馬車は幌のない荷馬車だった。母さんが御者台に乗ったので隣に座った。

「馬車も馬も借りるの高かったでしょ」

「そうねぇ、ちょっと甘いかなって思ったけど10歳の誕生日じゃなかったら迎えに来なかったかも。で、ダンジョンが怖くて帰るって本当なの?そんな感じがしないんだけど」

「うん、いいことと悪いことがあった」

「話したい方から話していいわよ」



 それで私は1階層で隠し部屋を見つけたことを話した。

「そこで金貨とか宝石とか見つけたから王都の学校の学費払えるよ。交際費だって出せると思う」

「エリーすごいじゃない!」

「いっぱいあるから、母さんたちも楽してね」

「いいのよ、私たちは。

私は実家でそれなりにもてはやされる暮らしをしたけど、今の方が絶対楽しいもの」


「父さんはどうかな?」

「トールはお金には興味ないけど……」

「本ね」

「うん、ちょっとだけ使わせてあげようか。だから全部見せないでね」

「わかった」

「でもさすがにエリーが見つけたからってパーティーのみんなにも分けたんでしょ。もしかして分け前でもめたの?」

「ううん、私一人の時に見つけたから、私しかもらってないよ」

「1階層で一人?」

「うん、それは嫌な方の話」



 私がこれまでの経緯を話すと母さんがため息をついた。

「そう……、だからってやっていいことじゃない。許せないけどエリーは許すのね」

「許すっていうか、私はもう王都へ行くしルノアさんに会うこともないと思うの。

ルノアさんはちょっとがめついし、ちゃんと話をしてくれないけどそんなに悪い人じゃないんだ。

ちゃんと尊敬できるところもある。普段はああいうことしない人みたいだし。

私と出会っちゃって嫌な自分が出たんだと思う」

「それを許すっていうんだけどね。本当にそれでいいのね」

「うん」

 それからしばらく無言で馬車が進んだ。



「あのね、母さん。私友達いないんだ。本当はね、みんなみたいにいろいろおしゃべりしたり、遊んだりしてみたかったんだ。

でも私が近づくとみんな目も合わせてくれなくて。

だから勉強したり、大人の人のお手伝いしたりして。

そしたら、大人に媚びてるとか、えこひいきされてるとか言われて余計誰もいなくなっちゃった。

1回ぐらいじゃなくて、どこにいってもそうなるから私が悪いのかなって思うの」


「エリーは悪くないわ。ほんとよ。

うまく言えないんだけど、子供って自分と違うものを嫌うの。

エリーの緑色の眼はあんまり下町には生まれにくいの。

緑は風属性の色でそれが目に出るのは魔力の表れで貴族の色なのよ。

冒険者していたからみんな何も言わないけど、多分私が貴族の血を引いているのはみんな気が付いていると思うわ。

しかもトールは下町ではありえないほど本を読む読書家でしょ。

私たちはちょっと町から浮いているのかもしれない」


「父さんと母さんも?」

「そうよ。でもね、大人になると逆にちょっと距離がある方が付き合いやすくなるのよ。みんな仕事で忙しいし、人にかまってなんかいられないからね。

ちゃんと役割を果たして人に迷惑をかけないってわかれば受け入れてくれる人もいるの。今は寂しいけど、大丈夫よ」

「私の事も受け入れてくれる人いるのかな?」

「もちろんよ。当たり前でしょ。私とトールの自慢の娘なんだから」


「ハルマさん、この人ルノアさんのパーティーのアタッカーなんだけど3年もすれば男の子はほっとかないって言うんだけど」

「そうね、それはそうでしょうね。ちょっとエリーが望んでいるのとは違うけど」

「どう違うの?」

「友達じゃなくて、恋人になってほしいってことだから」

「恋人?」

 私が欲しいのは友達で、恋人じゃないんだけど。



「あのね、もうひとつ言いたいことがあるの」

「何?」

「わたしね、パン屋が嫌だった訳じゃなかったんだけど、もうちょっとだけ勉強したいなぁって思って、何かスキルがあれば上の学校へ通えると思ったの。

だからいろんな人手伝いしてスキルできたらいいなぁって」

「エリー、私もトールもあなたを上の学校へやるつもりだったのよ。

どうしてそう思ったの?」

「お向かいのサガン食堂にいるイーダがお店の子はみんなそうだって」

「イーダかぁ」



 イーダは調理人のジョブが付いて11歳になる前から、サガン食堂で働いている女の人だ。歳は近いけど大人だ。話とするというより何かにつけて注意をされる。

 6歳年上だからか私の意見など聞いてもらえないし、気に食わないとぶたれたこともある。友達とは程遠い。



「店持ちで恵まれてるんだから、早く店を手伝ってお婿さんをもらえって」

「何言ってるの。トールも私も30なったところだし、引退するわけないじゃない」

「そうなの?お婿さんも早く修行しないといけないんじゃないの?」

 うーん、そうなんだけど、どうしようと母さんが困っていた。


「イーダは16歳になったばかりだけど割と早くから働いているじゃない?早く結婚したいと思ってるんじゃないかな。だからすぐ結婚するとか、店を継ぐとかに考えが行っちゃうの」

「ああ、結婚が身近だってことね」

「そうだと思う。だから私たちと考えが違うの。わかった?」



 そっかぁ、そうだったんだ。

「私頑張らなくてもよかったんだ。

そしたら王都の学校なんか行かなくてもよかったのに」

「エリー、それはないわ」

「どうして?」

「エリーの魔力量はあと少しで魔法士レベルなの。

成長すれば魔力は強くなるから、国はエリーを魔法士にするのよ」

「そんな!魔法士って魔法を使って戦う人でしょ。そんなの嫌!」


「もちろん、戦争があったらそうなるけど、基本的にそのひとの得意分野に進むことになるの。

エリーの道具箱を作ったハミルさんはきっと普段は鍛冶ばっかりしてるはずよ。

それに戦争になったら、冒険者や男は兵隊にとられるし、薬師とか役に立つ仕事の人も徴用されるの。だからエリーが戦闘に特化しなければ大丈夫よ」

「ハミル様は公爵様だから鍛冶ばかり出来ないと思うけど」

「どういうこと?何で知ってるの?」

 間髪入れず母さんが大声で詰め寄るので道具箱に手紙が入っていたことを伝えた。



「……アリステア・ハミルトン・ゼ・バルティス様って、陛下の弟君よ。

そんな方が作った作品だったの?」

「やっぱり偉い方だったのね。

だって使う度にこれ国宝じゃないのかなって気がして」

「こ、国宝?」

「最近鑑定すると、だいたいの価値がわかるようになってきて。

なんとなく国宝かなって」

「……そうなの、なんだか驚くことが多すぎてびっくりだわ」

「私もびっくりしてるの」



 しばらく二人とも無言で馬車を走らせていると、ニールの町が見えてきた。

「さっきの話、私のスキルがいっぱいで錬金術師が出たから王都に行くわけじゃないのね」

「全く関係がない訳じゃないけど、どっちかというと私に流れる血のせいね」

「私が悪いんじゃなかったんだ」

「そんなこと思っていたの?エリーは悪くないわよ。

ちょっと考えすぎなところはあるけど、あたしたちの大事な娘よ」


「パン屋の跡取りどうするの?」

「そうね、もしかしたらトールが弟子を取るかもしれないし、養子を取るとかいくらでも方法はあるの」

「私、弟か妹欲しいな」

「そうね、その可能性だってあるんだから、エリーは気にしないこと」

「うん」



 気が緩んだのが涙が止まらなくなって、母さんが背中をさすってくれた。

 私、知らなかったけどずっと我慢していたんだ。友達の事、パン屋の事、学校の事、ルノアさんの事、そして自分自身の事。

 ワンワン泣いたら、すごくすっきりした。少なくとも学校の事はもっと早くに父さんと母さんに言っていればよかった。



 ウチのパン屋に近くなると店の前で父さんがうろうろしている姿があった。

もう、父さんったら。いつからそうして待ってたんだろ。



 ありがとう、父さん、母さん。

 大好きだよ。







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