第7話 冒険者になるということ
午後からの実地訓練に行ってみると、赤い髪のリノアさん一人が立っているだけだった。
「訓練あなただけ。ラビット狩りできる人多い。ラインモルト様の依頼で一か月徹底指導する」
「リノアさん、さっきと話し方が違うんですね」
「私はルノア、あれは双子の妹。ついてきて」
双子なんだ。初めて見た。
あんまり縁起が良くないとされてるから、片方を里子に出すのが一般的なんだけど、親が気にしない人だったのかもしれない。
よく見るとリノアさんより肩のラインが細く、無表情で目が冷たい印象だった。気持ちを表情に出すのが苦手なのかもしれない。
ルノアさんの後をついていくと草原地区にでた。ラビット系の魔獣が良く出るところだ。
「短剣使える?」
「いえ、昨日触ったところです」
「魔獣を倒したことは?」
「ありません」
「じゃ今日は短剣使わない」
じゃあ何で倒すんだろうと不思議に思うと、ルノアさんは腰の袋から1本の棒切れを取り出した」
「これ、木の棒。これでラビットを叩いて倒す」
えっ?と質問をする間も与えず、ルノアさんは足元の石を拾って草むらに放り投げると、ギィーという鳴き声と共にジャンピングラビットがこちらへ向かって突進してきた。
「ラビットの弱点は眉間。そこを打ち砕けば死ぬ」
飛び掛かってきたジャンピングラビットに蹴られそうになり、なんとか避けた代わりにしりもちをついてしまった。空振りに終わったラビットはすぐに態勢を整え飛び掛かってきたので、急いで立ち上がり無我夢中で棒を振った。
「よく見ないと当たらない」
ルノアさんの冷静な声が飛ぶ。
私の棒振りを避けたジャンピングラビットは横から蹴りを入れてこようとするので、また私がめちゃくちゃ振り回す。
そのうち昨日習った刺すの要領で棒を突き出したら、たまたまうまく喉元に当たりラビットが吹っ飛んだ。
そのまま飛び掛かって動かなくなるまで棒でたたき続けると、ジャンピングラビットは死んだ。
ハァハァと切れる息、何度も殴ったせいか腕がしびれるし、よくわからないけれど心も体も痛い。
「エリー、それが命を奪うということ」
ハッとしてルノアさんを見ると、
「冒険者は魔獣や犯罪者の命奪う仕事。だから奪われても文句言えない。続ける?」
「……続けます。私王都の学校へ行かないといけないんです。
これ以上父さんと母さんに迷惑かけられない」
「わかった。慣れればこの気持ち麻痺する。忘れないこと。人間でありたいなら」
そう言って、私の倒したジャンピングラビットを腰の袋にしまった。
ルノアさんの腰の袋は何でも入るマジックバッグだった。
それからは言われるがまま何匹もジャンピングラビットと戦った。
時にはラビットは私の攻撃を躱して蹴られることが何度もあった。
当たると息ができなくなるくらい痛くて苦しい。
汗が垂れてきて目に入るけどふいている間に攻撃されるので涙を流しながら戦った。
「10匹狩った。今日は終わり。帰りに薬草採取して帰る」
ルノアさんの冷静な声が現実に引き戻した。
彼女の言った通り、私はもうジャンピングラビットを倒すのに何のためらいもなくなってしまった。
いつの間にかきちんと編んでいた三つ編みもほどけてばらばらになっていた。
いつも可愛くしたいと思っていたのに今は汗と涙で汚れていてそれをぬぐうので精いっぱいだった。
「髪ひも」
ルノアさんが外れた髪ひもをいつの間にか拾っていてくれた。
渡されても息が切れて「ありがとうございます」としか言えなかった。
薬草採取は滞りなく済んだ。
ジョブ判定式を経て、初めて自分のスキルを感じたのはこの時だった。
必要なジキリ草やタミル草が草むらで光って見えるのだ。
採取方法も見ただけでわかった。
もともと大人たちに付いてきて採取した薬草で薬を作っていたおかげなのかもしれない。
「鑑定持ち……」
「えっ、あの、はい」
「次からは答えない。スキルは力。切り札は多い方がいい」
ルノアさんは的確なアドバイスをくれた。母さんにも言われていたのに失敗。
冒険者ギルドの窓口で薬草とジャンピングラビットを納品すると、
「エリーちゃん、Eランクだね。おめでとう」
初日でEランク達成する人は珍しくないらしい。
確かに納品はしたが一人で採取に行けるかと言われれば絶対にできない。
今日はラビット以外の魔獣が現れなかったけれど次にベアやウルフが現れてもうまくいくとはいえなかった。
「どう?ルノアとはうまくやれそう?」とギルドのお姉さんに聞かれた。
ルノアさんはリノアさんと同じDランクで新人冒険者を教育しないといけないんだけど、リノアさんみたいに説明が上手ではないので講習会は出来なかったらしい。
それで新人パーティーの引率をしたそうだが、なぜか苦情が相次いだそうだ。
そのせいでルノアさんはDランクから抜け出せそうになかったのを、まだ9歳の私一人を1か月教育するだけでCランクにしてもらえることになった。
かなりの特例処置だ。
うん、確かにあの説明ではすぐにわからないし、言葉数が少なすぎて付いていきづらいかも。
「大丈夫です。うまく教えていただいてます」
本当に?脅されてない?ってとても心配された。
ルノアさん……信用ないんだな。
とにかく最初の目標は達成したのだと思い返し、私は頭を上げて母さんの待つ鍛練場へ向かった。
短剣と投げナイフの練習をし、くたくただったが試験に出るという歴史書を読み返す。これが2か月続くのだ。
その代わり今までやっていたお手伝いは全部免除されていた。少しでもいい点を取れば奨学金が出て借金をせずに済むのだから。
毎晩ヴェルシア様に祈りをささげているのに、この日は疲れて眠ってしまった。
ヴェルシア様、申し訳ございません。
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