第4話 母さんの話 その2
「学校を出ていない貴族の女が働けるところは少ないわ。
でも私は剣と風魔法が使えたから冒険者になってダンジョンのあるこの町に流れてきたのよ。
でも体目当てにパーティー組もうって男が多すぎてね。
ソロはやっぱり大変でなかなか稼げなくて。
行倒れそうになって助けてくれたのがトールなのよね」
「俺は売れ残りのパン、食べさせただけだし」
「あの時のパンの味は今でも忘れない。
私パン代に体を要求されると思ってたけどトールはそんなことしなかった。
それでコロッと恋に落ちちゃったの。
それなのになかなか気づいてくれなくて」
「そのときはさ、マリアが髪の毛短くしてて、晒しも巻いてたからてっきり男だと思い込んでたんだよ」
「それから誤解が解けて結婚したってわけ」
私も後半の話は知っていた。
金髪に緑の瞳でかなりの美人の母さんは女の姿では身の危険を感じて、髪を切り男の格好をして冒険者をやっていた。
でも別にそういう女の冒険者は少なからずいたし、名前もマリアで通していたので女だと分かっていると思っていたのだ。
父さんの方は助けた美少年が毎日毎日やってきて、好意を見せてくれるのは嬉しいけれどこれが女だったらと嘆いていたんだって。
しかも母さんから告白したら、男とは付き合えないと返事をする鈍感ぶり。
怒った母さんが「私は女よ」と父さんに平手打ちを浴びせると気絶してしまい、それで看病のためと言って押しかけ女房したんだって。
そのうち私を授かり、母さんは冒険者を引退したのだ。
父さんと出会ってから母さんの冒険者ランクはぐんぐん上がっていったり、父さんも美味しいパンのレシピを見つけて店がうまくいったりと順風満帆だったんだ。
本当はいろいろあったみたいだけどその辺は私は知らない。
「とにかく王都に行っても父はともかく母には頼れないわ。
身分のためにまだ夫婦でいるみたいだけど。
結婚していれば騎士爵夫人だけど、離婚したらただの平民ですからね。
私がいたころは屋敷があったけど、男爵家への賠償で屋敷を処分して今は下級官吏がすむようなアパート暮らしらしいわ。
父は騎士の宿舎から家へ帰らなくなったし」
「それは……連絡はしないほうがいいな」
「ええ、それに父にも私がニールにいるって言ってないの。
結婚して女の子が生まれたから冒険者はやめたとだけ手紙でお知らせしたけれど」
「母さんはそれでいいの?その……おばあちゃんと仲違いしたままで」
母さんは真顔になって私を見た。
「私は騎士として活躍する父を尊敬していたし、魔法も使える私なら卒業して騎士になったあとでもいくらでも結婚できたと思うの。
実際子爵家や伯爵家のご子息からも婚約のお申し込みが来ていたのよ。
でも母はわざわざ私たちを蔑むような考えの、しかも男爵家を選んだの。
あの人は美貌の子爵令嬢だったことだけが誇れることだったのよね。
でも騎士爵の娘が風魔法を使えて自分によく似た顔をしていることが許せなかった。
だから子爵より格下でとても評判の悪い男の元へ嫁がせようとしたの。
汚らしい妬みだけの女よ」
複雑な感情を秘めた苦しい表情で母さんは言い捨てた。
「母親から、お前なんか不幸になればいいと言われた時のショックは今も忘れられないわ。
でも母には愛されなかったけど、父はすべてを捨てても私の幸せを守りたいって言ってもらえて私は壊れずに済んだの。
父は全財産を処分して男爵家に賠償金を払ったわ。それは父にとってもよかったの。母と別居するいいきっかけになったから」
だから母さんは私に親の話をしなかったのだ。こんなつらい話を共有したくなかったから。
「私家名は言わないわ。
もし偶然母とどこかで会ったとしても、エリーが知らなければ母も孫だとはわからないと思うの。
水魔法も風魔法も使えるエリーを自分の復権のために利用することを厭わないでしょうからね」
「おいおい、そんなことできるのか?」
「わからないけど、夫に顧みられない騎士爵の妻よりどこかの伯爵夫人の祖母の方が聞こえはいいじゃない。」
「私伯爵夫人なんかにならないわ」
「あの人ね今は貴族の家庭教師をしてるの。
母の妹が上位貴族に嫁ぐことができたおかげでそれなりに仕事があるみたい。
かといって贅沢できるほどは稼いでないと思うけど。
とにかく人脈だけはすごいのよ。
頭のゆるい伯爵令息を言いくるめて結婚させるぐらいできると思うわ」
「なんか一番教わりたくない先生だな」
「一応一番厳しく教わったのは私だと思うわ」
父さんがコホンと咳払いをして、
「話がえらく反れてしまったが、問題はエリーの王都での暮らしの事だ。
仕送りをしてやれればいいがドレスだの茶会だのの費用が出せるとは思えない」
「ええ、それで移動時間も考えてあと2か月。
この間にエリーには冒険者として自衛手段とお金を稼ぐ手段を学んでもらうわ。それと勉強ね。できれば成績優秀者になって奨学金をもらって借金を減らすのよ。
トールには悪いけどしばらくはお店をあんまり手伝えないかも。
お願いできるかしら?」
「わかった。みんなでこの問題を乗り越えような」
「ええ、頑張りましょう、エリー。早速冒険者ギルドへ行くわよ」
なんだかとんでもない方向に物事が進んでいた。
私が冒険者?
どうしてこうなった?
ヴェルシア様、私の願いは思ってもみない方向へ進んでいるようです。
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