第3話 母さんの話 その1
父さんと手をつないで家路につきながらも私は後悔と心配でいっぱいだった。
(私がもうちょっと勉強したいと思っただけなのにこんなことになってしまった)
私の歩みに合わせて歩いてくれるけど、黙りこくっている父さんに何を言えばいいのかわからなかった。
家に着き2人で店のドアを開けて入ると、
「おかえり、トール、エリー。遅かったのね。今日の判定式混んでたの?」
「ただいま、マリア。人数はまあまあだったよ。それより話があるから、今日は早めに店じまいしよう」
それを聞いて母さんは何かを察したらしく黙って店を片付け始めた。
食堂に移動して母さんは黙ってお茶を出した。
「それで話って何?」
「エリーが王都の学校へ行くことになった」
「……そう。魔力が見つかったのね」
「ああ、水と風と無属性でもう少しで魔法士クラスだったらしい」
母さんは驚いた顔を私に向けた。
「水魔法もあったの?エリー、教会からジョブ判定の紙をいただいてるわよね。母さんに見せてちょうだい」
私が差し出した用紙に目を通すと、
「472。これはまぁそこそこだけど、水と風と無属性。しかも錬金術師って」
「ああ」
父さんは困ったように同意した。
「それでなマリア。お前は王都の学校を出たんだろ?一応学費と生活費と必要経費はとりあえず国が持ってくれるらしいんだがきっと他にも色々いるよな」
「そうね。私は騎士科だったし、学費は家が出したからお金の事は知らないけど、国が持つ経費ってここからの交通費と学費と寮費、食費、制服代と教科書代で申請の上ってことみたい」
「それどこかに書いてあったのか?」
「このジョブ判定紙の裏に学費についてって書いてあるわ。筆記用具や紙などの消耗品は自分で用意しないといけないってことね。あと意外とかかるのが交際費ね」
「なんだよ。交際費って」
「王都の学校では礼儀作法も習うんだけど、実際にお茶会や舞踏会に招かれるの。
それに出席しないと単位が取れないのよ。招かれたらお招きし返さないといけないし、着るものに決まりがあってドレスが何着かいるわ」
「ど、ドレス?そんなの一生に1度着るかどうかみたいなものじゃないか」
そこからの母さんの話がひどい話だった。
母さんの2年先輩にあたる文官科の女性が魔力も成績も優秀だったため、割と早い段階で貴族の後援がついたんだそうだ。
その貴族は人脈作りと称して彼女をやれ茶会だ、やれ舞踏会だと引っ張りまわし、ドレスやアクセサリーを準備してくれていた。
でも彼女が王宮の上級文官受験に失敗したとたん、手のひらを反すように態度が変わった。それまで後援していたお金すべてを借金と言い張り、さっさと金を返せと奴隷のようにこき使うようになったのだ。
「下級文官でも頑張れば上級に上がれるんだし、だいたい上級文官って枠が1とか2しかなくて、有力貴族がいたらそっちが優先されるのよ。
結局下級文官の給料じゃ支払えないってことでその貴族の元で首輪のない奴隷扱いだったらしいわ。
ひっきりなしに仕事させて体を壊しても、『起きられないなら寝ててもできる魔石づくりをしろ』って。私も冒険者になったからその後のことは知らないんだけど」
ちなみに魔石づくりとは保存石という魔力を溜めておける石にその人の魔力を注ぎ込んで作る。大体は魔力がちょっと強いけど、魔法として発動しないぐらいの人が少しずつ溜めて作るのが一般的だ。
魔力はその人の生命力から発生するので、病人にさせるなんてあんまりな話だ。
「何だよそれ、鬼だな。だから貴族は嫌いなんだ」
「私も」
2人は考え込むようにはぁとため息をついた。
(そうだ、今聞かなきゃ)
「母さん、さっき父さんが母さんのこと貴族の娘だって言ってたんだけど」
それを聞いてマリアがトールを恨みがましい目で見た。
「ラインモルト様に聞かれたんだ。答えないわけにはいかないだろ」
「そう、しょうがないわね。確かに私は騎士爵の父と子爵家の出の母がいるわ。でも今は平民。勘当されちゃったから親子関係もなし」
貴族の娘が勘当されるのは余程のことだった。
「そんなどうして?」
「私の母は子爵家の出なんだけど属性魔法が使えなくてね。
普通の貴族には嫁げなかったのよ。
それで元々は平民だけど武功を上げて騎士爵になった父に嫁いだわけ。
そのことは彼女のプライドを傷つけていたのね。
でも生まれた私は風属性の魔法が使えた。10歳のころの魔力も684ほどあったし、剣も使えたから騎士になることを目指したの。
なのに母は私に風魔法があると言うことで格上の男爵家に縁談を持って行ったのよ。あんまり素行の良くないと評判の男だったわ」
母さんは貴族についていろいろ説明してくれた。
貴族にはいろいろ階級があり、その階級によって扱いが違う。
公爵、侯爵、辺境伯は上位貴族で王家にも嫁ぐことができ、広い領地と莫大な財産を持っている。だいたい結婚もこの中でしている。
伯爵も一応上位貴族。古い家柄ならば上の位に嫁ぐこともできるが、新興の家柄は下位貴族と見なされている。
子爵、男爵も新興の家柄が多く下位貴族とされるが代々爵位が継げる。
騎士爵は功績を上げた人物が特別に授けられる一代限りの爵位で子供が爵位を継ぐことは出来ない。
つまり騎士爵家から見たら男爵家はかなり格上になり、男爵家から見たら平民よりマシ程度である。
貴族の結婚は国を守るために不可欠とされている。魔力の強い子供を残すためにその血筋を守るのだ。
特に戦闘に使える四属性の火・水・風・土と、治癒や精神に作用する光・闇属性は有用な魔法として珍重されるが、無属性魔法は平民でも持っているのであまり重要視されないのだ。
母さんの方のおばあちゃんは無属性魔法しか持ってなかったのかな。それで母さんが風魔法を持っていたことが嬉しくてそんな人だと知らずに結婚話を持っていったのかしら?
「それでお見合い相手の男爵家のご令息様に「お前は魔法の使える子供を産む道具に過ぎないからな」って言われたの。
こんな人と結婚したら絶対に幸せになれないし、もし魔法の使える子供が産めなければ命を取られるかもしれないって思ったわ。
でも低い身分の私たちの方からは断れない。
それで父と相談して正式婚約の前に私が出奔すればいいということになったの。
その代わり代償は大きくて、私は家から勘当されて学校も卒業できなかったし、父も監督不行き届きで賠償させられたわ。
もちろん父と母の仲は元々悪かったけど、最悪になったし」
余りの話に私は呆然とした。
でも結果的に良かったのよと母さんは笑った。
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