俺の地元へ ⑦
「幼馴染ってだけって……私と喜一は赤ちゃんの頃からずっと一緒に居たのよ? これからも一緒にいるのが当然じゃない。喜一は昔、私とずっと一緒にいるっていってくれたんだよ。子供の頃に!」
「それ、子供の頃の口約束ですよねー? そもそもきー君とずっと一緒に居たいっていいながら、きー君が逃げちゃうような行動したの藍美さんですよね?」
尋常じゃない様子の藍美を前にしても、花音はにこにこと笑っている。
「逃げちゃうって……私はそんなことをしてない!」
「してますよー。きー君は優しくて、何だかんだ全部受け止めてくれそうに思えたからでしょう? きー君は優しくて私の事をいつも甘やかしてくれていて、だから私も時々きー君に甘えすぎて、きー君にもたれかかりすぎそうになるんですよねー。要するに藍美さんは、そういうのを見誤って、きー君ならなんだって許してくれると思って――それでそういう行動をしすぎたんですよね? きー君がこの地元に居るのが嫌になるぐらい、怖くなるぐらい、逃げちゃう行動をしたんですよね?」
花音の表情は見えない。けれどあまり怒らない花音が、少し怒っているように見えた。
……あと花音は俺を買いかぶりすぎだと思う。
「逃げたって……。なんで喜一が私から逃げるの? 喜一は私の事が好きでしょう? どうして勝手にいなくなった喜一を私が許してあげるって言っているのに、そんなことを言われなきゃいけないの?」
「ふふふ、本当にわからずやさんですね? 藍美さん、きー君が愛しているのは藍美さんではなくて、他でもない私なんですよ。私がきー君の彼女で、きー君のすべてをもらうことは確定しているのです! 私の将来計画として、きー君と結婚して、子供を産んで、孫が産まれるぐらいまでいちゃいちゃしながら老後を楽しくすごすんですよ!」
「なっ!!」
藍美が何を言っているんだとでもいう風に手を上げようとする。だけどそれは花音に腕を掴まれて止められる。
「手を上げようとするなんて感心しないですよ? というか、藍美さん、貴方、きー君のこと、ただ好いとーだけですよね?」
「なっ……」
藍美の顔が赤く染まる。花音は藍美がどうしてこういう行動を起こしているのかというのを、対面してすぐなのに分かっているらしい。
というか、藍美が俺を好いているってどういうことだろうか??
「きー君は鈍感さんやけんね、わかってなかったんだろうけど、この花音ちゃんにはバレバレですからね! 藍美さんは、中学デビューしたんですよね? それで自分が特別な感覚になってたんじゃないですか? 周りの目が変わって、ちやほやされたりしたら、自分の事を特別に思う人も多いですからね。――藍美さんは、周りからちやほやされて、周りから求められたんじゃないですか? 私の予想としては結構告白もされたんじゃないかって思いますね!」
花音のマシンガントークが炸裂している。
所々で方言が漏れ出しているのは、花音の感情が高ぶっているかもしれない。
藍美は何か反論するかと思ったけれど、予想外に黙っている。
「それでもきー君が態度が変わらなくて、きー君が藍美さんの事が好きだって言う態度を示さなかった。そこがきー君のいい所ですよね! 中学時代のきー君を想像するだけで楽しかです。って、そういう話じゃないですね。なんというか、だからこそ、藍美さんはきー君が自分の事を好きって広めていたんじゃないかなーって勝手な私の予想ですけど。藍美さんって、自分から自分の気持ちなんて口にしていないのに、きー君から告白されるの待ってた感じですよね? 中学校で藍美さんは影響力のある人だったから、その嘘が定着して、周りが勘違いして、藍美さんの事を持ち上げて――それで引っ込みがつかなくなったって感じかなーって勝手に思ってますけど、どうです? あってます?」
花音の言葉に俺は驚いていた。
花音の言っている藍美が俺の事を好きで、俺から告白されたいからそういう噂を広めたなんて……そんなこと考えたこともなかった。
「藍美さんはやり方間違ってたんですよ。きー君って、そういう所、素直に言わないと分からないと思いますよ? 素直にすいとーよって口にしてたら、きー君が振り向いたかは分からないけれど、こんな風にきー君は逃げたりしなかったと思いますよ? まぁ、私は藍美さんがそういう行動をしてくれたからこそ、きー君と出会えたわけなので、感謝しかないですけどね? 今のきー君がいるのって少なからず藍美さんの影響がありますしね。というわけで、藍美さん、私の元へきー君をよこしてくれてありがとうございます!」
急にお礼を言いだした花音に、藍美があっけにとられた様子を浮かべて、座り込んでいる。
やっぱり花音は凄い。相手がどんな相手だろうと、自分のペースに持っていくというか……。こんなに落ち着いた藍美は久しぶりに見た。
――でも花音の推測を聞いていると、藍美がこうなった原因の一端は俺が気づかなかったからというのもあるのかもしれない。
「……藍美、花音が言っていることは本当のこと?」
中学時代、訳の分からない噂を広めて、意味の分からない行動ばかりしていた藍美は、俺には理解出来ない存在になっていた。こうして落ち着いた藍美と話すのも随分久しぶりだ。
藍美は俺の顔を真っ直ぐに見る。こうして目を合わせて話すのも久しぶりな気がする。
花音は顔を合わせる俺と藍美を見て優しい笑みを浮かべている。
「……うん」
そう言って頷いた藍美の表情は、中学デビューする前の、ただの幼馴染だった、大人しかった藍美の面影が残っている。
「……その子の、いう通りだと思う。私は……喜一がずっとそばにいると思ってた。私が可愛くなっても、告白されても、そのことを喜一にいっても喜一は全然変わらなかったから」
――中学時代、確かに藍美は俺に告白された報告とか結構していた気がする。俺は藍美に恋愛感情はなかったから、そういう行動はしなかった。
「私は……、それに苛立ってたの! なんで私が告白されていても、誰かと付き合おうかなみたいなことを言っても、なんで喜一は、私を好きだって告白してくれないんだろうって」
俺は藍美が俺を好いているなんて思ってなかったし、中学に入学したばかりの頃なんて恋なんて考えてなかった。……その辺の恋愛感情の芽生えはやっぱり女の子の方がはやいのだろうか。
「……でも、その子の話聞いててなんか理解出来た。喜一は私の事をそういう目で見ていなかったんだから、告白されないのなんて当然だよね。私は喜一が私の事を好きなのは当然で、喜一が私とずっと一緒にいるのは当然って思ってた。……それって私の独りよがりだったんだよね。許してもらえるとは思えないけど……ごめんなさい」
「ふふふー。藍美さん、偉いですねー。ちゃんとごめんなさいが出来たなら、大丈夫ですよー。私のきー君は、それを許せるだけの器の広さがありますからね!!」
花音は俯いた藍美の頭を撫でて、俺を見る。その笑みが学園で『聖母』なんて呼ばれるのが当然だと思えるような何処までも優しい笑みで俺は笑ってしまう。
「藍美。理由が分かったし、謝ってくれたから藍美にこれ以上何か言うつもりも俺はないよ。ただ……俺は藍美の気持ちには答えられない。ごめん。全然藍美が俺のことをそんな風に思っていたなんて気づかなくてごめん」
「……謝らなくていいわよ。私が、はっきり言わなかったのが悪いだもん」
「でも藍美さえ良ければ俺は……、昔みたいに仲の良い幼馴染として藍美とは話したいとは思うよ。仲の良い幼馴染だったって過去系になって、このまま実家が隣同士なのに会話を交わせない関係よりは、昔のように戻れた方が俺は嬉しい」
――中学時代以降の藍美は何を考えているか分からなかったし、正直意味が分からなくて怖さもあった。だけど花音と話して、昔のような面影を俺に見せる藍美とは仲の良かった幼馴染として戻れるならその方が嬉しいと思った。
その言葉に藍美は、涙を流して頷いた。
泣き止んだ藍美が「でもお母さん、どうしよう。私が散々言ったから、色々勘違いしたままで」と言っていたが、それも花音が「私が話します! 私を連れて行ってください」といって藍美のおばさんと話しに言っていた。
そして「ふふー、ばっちり誤解解いたよー。流石私やね」とドヤ顔で帰ってきた。
やっぱり花音は凄い。
花音は人の事をよく見ていて、その無邪気で優しくて、太陽のような明るさが周りを全て照らして、相手がどんな態度をしていても結局その温かさで、相手を引き込む。
そういう眩しい花音が、好きだなと改めて思った。
戻ってきた花音の手を思わず引いて、抱きしめる。
「うん。ありがとう、花音」
「お礼はよかよー。私がやりたくてしたことやもん!!」
お礼を言えば、花音は当たり前だと言う風に俺の腕の中で笑うのだった。
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