俺の地元へ ⑤


 夕方になると冬人と菊夜たちは帰っていった。



「じゃあな、喜一。しばらくいるんだろ? また誘ってくれよ」

「じゃあね。喜一」



 そう言って二人は去っていった。最後に「藍美たちに絡まれないように」と言ったら、「もう慣れてるからあしらえる」なんて言われてしまった。



 本当にどれだけ藍美は周りに突撃したりしていたのだろうか。正直外に出かけた時に遭遇したらどうなるんだろうかという気持ちで一杯である。



「きー君、久しぶりの実家は落ち着く?」

「うん。落ち着く。やっぱり中学卒業までずっとここにいたからな」



 冬人たちが帰った後、この家に残るのは俺と花音と凛久さんだけである。



 花音は俺に向かってにこにこと笑っている。花音は俺の実家に来れていることが心の底から嬉しいといった笑みをこぼしている。その笑みが愛らしくて、可愛くて――思わず俺も笑う。



「きー君、あんさ、この家の中探索してよか? 私、きー君の家だって思うとわくわくしとっと」

「うん。いいよ」

「やったー。じゃあぶらぶらすー」



 花音はそう言って、家の中を探索に向かった。



 俺にとっては見慣れた実家だけど、花音にとっては探索するのも楽しいらしい。花音はなんというか、他の人が楽しみを見いだせない所でも楽しみを見いだせるというか……そういう所が俺は花音らしいなぁと思う。

 そう言う花音の前向きさとか、明るさに俺も引きずられて良い方向に変化してこれていると思う。




「喜一、夕飯はどうする?」

「買いに行って作ってもいいですけど、近所の定食屋さんとかにいってもいいですね。家族でよくいっていたところとかあるので」

「喜一がよく行っていたところか。そういう所に行くのもいいな」




 凛久さんの言葉に俺は昔から顔を出していた定食屋のことを思い起こしていた。

 俺の地元は決して都会というほど栄えているわけではない。都内に電車で行ける距離だから、アクセスはいいけれど田舎といえば田舎だと思う。俺が家族とよくいっていた定食屋が家から少し歩いた場所にある。両親とは車に乗っていったり、徒歩ていったりしたものである。




 あそこの炒飯美味しかったなぁなんて思い起こすと、久しぶりに行きたくなった。



「急に行きたくなったので、その定食屋でいいです?」

「もちろん、いいぞ。喜一がそうやって気に入っている定食屋やったら花音もいきたがるやろしな。何がうまかと?」

「炒飯とか、餃子とか。あとハンバーグも定食屋さんって感じだし、美味しいですよ」



 近所から常連さんがよくやってくる定食屋だ。あとは県外からも訪れる人もいると聞いている。



 しばらくして、花音が俺の実家の探索から戻ってきた。戻ってきた花音に行きつけの定食屋に行きたいと言えば、花音は「いきたか!」と笑顔で言ってくれた。

 俺と凛久さんが想像していた通りの反応に思わず二人して笑ってしまう。




「なんわらっとっとー?」

「花音は花音だなと思って」

「んー。なんよーわからんけど、きー君が楽しそうやけんよか!」



 そんな会話をした後、三人で定食屋に向かう。歩いて十分少々だ。それにしても出てすぐに藍美とおばさんと遭遇ってことがなくて良かったとちょっとほっとした。どこかで遭遇はしそうだけど、折角美味しい定食屋に花音と凛久さんを連れて行こうとしているのだから、そういうのはない方がいい。




 定食屋にたどり着いて、扉をあければ店主のおじさんに声をかけられる。




「喜一じゃないか。久しぶりだな」

「お久しぶりです」

「数年ぶりか?」

「はい。久しぶりに帰ってきたので」



 幼いころからよく顔を出していたので、此処の店主たちとも親しい仲である。あと常連さんの中にも知り合いがいるので、声をかけられたりした。



「喜一、その可愛い子と、おそろしいぐらいの美形の兄ちゃんはなんだ?」

「初めまして。天道花音です! 喜一君の彼女です! こっちはお兄ちゃんです。よろしくお願いします」

「喜一の彼女!?」



 かわいらしい顔をしている花音が俺の彼女だと言うことに、驚いた様子をされる。



 店主も常連さんも藍美のことは知っているが、特にそのことを言うことはなかった。俺も特にそのことを口にすることもなかった。




「きー君、なんたべっと? 私ねー、今、唐揚げ定食の気分やけん。唐揚げたべっと」

「俺は炒飯が食べたい。あと餃子。凛久さんは?」

「俺はハンバーグ定食を食べたか」



 注文をさっさと決めて、頼む。



 運ばれてきた料理はどれも美味しそうだ。炒飯も餃子も美味しいんだよなぁ。あと花音と凛久さんが頼んだ唐揚げ定食とハンバーグ定食もおいしそうだった。あつあつの出来立てで、食欲を誘う。



 美味しく料理を食べて、家へと帰宅する。



 ――そうすれば、家の前に誰かいた。




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