バレンタイン ③

「あ、きー君、おかえり!! 今日は遅かったんね。なんかあったと?」


 帰宅すると、花音がいた。



 花音は俺の気持ちを知りもせずに、いつも通りににこにこと笑っている。花が咲くような明るい笑み――その笑みにドキリッとする。ああ、もう毎日見ている笑みなのに、気づいたからとこんなに緊張するなんて……。



「ああ、ちょっとな」



 ……花音にいざ、告白をしようと思ったものの、何だか緊張して心臓がバクバクする。でも、ちゃんとそういう気持ちを言わないと、俺を信頼して微笑む花音のことを裏切っている気持ちになるから。——だから、ちゃんと言わないと。



「あ、きー君、これ、あげーよ」



 花音は俺の様子が何処かおかしい事は気づいているだろう。でも特に気にした様子はないようで、冷蔵庫の方へと向かっていく。

 そして冷蔵庫から取り出した小さな紙袋を俺に渡してくる。



「的場先輩に習ってつくったんよー。味わってたべーね?」



 満面の笑みを浮かべて、花音はそんな風に言う。可愛いなと実感する。好きだという気持ちに気づいたから、余計にそういう気持ちになって落ち着かない。



「……ああ」

「きー君? うれしくなかと? 浮かない顔しとっけど。私からチョコレートもらって嬉しくなかことはなかよね?」

「嬉しいよ」

「んー? なんか元気なか?」



 花音は心配そうに俺の顔を覗き込もうとして、俺は顔が近づいてきたと後ずさってしまう。花音がちょっとだけ傷ついた顔をする。




「うー、きー君、もしかして私のこと、嫌いになったと? かわいか私が顔近づけて嫌がるとか……」

「違う!」



 思わず声をあげてしまったら、花音が驚いた顔をしている。……ああ、もう全然余裕がない。でも花音の悲しそうな顔を見ると、否定しなきゃと思って、柄にもなく大きな声をあげてしまった。



「えっと……花音、ごめん」

「よかよ、びっくりしたけど。きー君もそがん声、あげることあっとね?」

 全てを受け入れるとでもいうように、花音は優しい顔を浮かべる。

「えっと……花音」

「ん、なーに?」



 花音の事を好きだと気づいた。——だから、花音に告白しよう。



 そう思っているだけなのに、中々、口に出せない。それはこの関係が終わってしまうことへの怖れなのか、花音がもう俺に笑顔を向けてくれなくなるかもしれない――という恐怖なのか。



 ……明知は本当に勇気を出して俺に告白をしてくれたのだなとよく分かる。誰かに気持ちを伝えるということは、本当に勇気がいることだ。

 今までの関係を壊して、新しい関係を歩んでいくことなのだから。



「ごめん、花音」

「それは何に対する謝罪なん? きー君、大丈夫?」

「俺、今日色々様子がおかしくて花音を困惑させている自覚ある。でも、花音に聞いて欲しいことがあるんだ」

「なんでもはなしー! きー君の話すことやったら何でも聞くけんね。私ときー君の仲やろ?」



 花音は様子のおかしい俺の言葉にも、やっぱり笑みを溢した。——優しくて、何でも話してしまいたくなるような穏やかな笑み。

 無邪気に笑う花音も、こんな穏やかな笑みを浮かべる花音も……やっぱり好きだなと思った。




「――花音、俺、花音のこと、好きだよ」

「ん?」

「……花音は、俺が変わらないから、下心ないから信頼してくれているだろ。それなのにこんな感情抱いてごめん。でも告白されて、色々考えた時に俺は花音の事が好きだって気づいた。ただの後輩や、ただの隣人としてではなく、天道花音を一人の女の子として好きなんだって。花音の楽しそうな無邪気な笑みを見ると嬉しくて、俺まで幸せな気持ちになる。花音と過ごしていると楽しくて――俺は卒業しても……、花音とずっと一緒に居たいって思ってしまったんだ」



 一気にそんな長文を口にしてしまった。花音は突然の言葉に固まっている。どういう感情を花音が感じているかは俺には分からない。



「ごめん、こんな気持ち感じていて。でも俺は花音が好きだから――花音と恋人になりたいなって思ったんだ。それだけは、花音に伝えたくて……。突然こんなこと言って、ごめんな。一旦、外で頭冷やしてくる」



 花音も突然、こんなことを俺に言われて困惑していることだろう。俺だって仲よくしていた友人が急にこんなことを言ってきたら驚愕する。



 自分の頭を冷やすためにも、そして花音をこれ以上困らせないためにも外に出ようと背を向ける。

 そして俺は部屋を出ようとしたのだが――、バタバタとした足音と主に、背中に体温を感じた。



 俺を追ってきた花音が俺の背中に抱き着いている。

 って、はい? なんで、花音が俺に抱き着いているんだ? 背中に花音の体温を感じる……。



「花音……?」

「きー君」



 花音の顔は見えない。困惑した俺の声に、ただ花音は俺の名前を呼んだ。



「私もすいとーよ」



 ……背中から聞こえてきたのは、そんな信じられない言葉だった。

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