バレンタイン ②
――気になっているからこうして渡しているの。
――ううん、気になるというより好きだなと思っているの。
そんな言葉に俺が固まるのは当然であると言えるだろう。だってこんな風に明知から告白を受けるなどとは思ってもいなかったのだ。
まさか、明知がこんな風に俺のことを思ってくれているなどとは……全くもって考えていなかった。
ぽかんとした表情をした俺に明知はおかしそうに微笑む。
「上林君、凄く驚いた顔している。私がこんなこと言うと思わなかったの?」
「え、あ、ああ」
「私、結構露骨に上林君に話しかけていたと思うのだけど……」
「クラスメイトだからかなと」
俺がそう言えば、「上林君って、思っていたより鈍感だよね」などと言われてしまう。
「それで、返事はどうなのかな? もし上林君がすぐに答えられないというのならば、よく考えてからでも全然良いのだけど……。まずは友達以上恋人未満からとか……」
明知は全然気づいていなかった俺にそんな風な提案をしてくる。人にこうして付き合ってくださいと告白をすることはとても勇気のいることだろう。俺はそういう経験はほとんどないが、漫画やラノベの主人公たちはとても勇気を出していた。
ちゃんと答えなければならないと思った。
……明知に告白をされて、明知は俺と恋人になりたいと思っているわけで。そうなると……放課後に一緒に出掛けたりすることになるだろう。明知と出かけるのはそれはそれで楽しいかもしれない。でも……となると花音と今のように楽しく過ごすことは出来ない。花音がいないだけで寂しく感じて他のクラスメイトと遊んでいるぐらいなのに……、いやでも代わりに明知がいるということになるのか?
そもそも花音が朝から家に来て一緒に朝食を食べて、放課後には家に当たり前のようにいて一緒に過ごして、土日も毎週俺の家に遊びに来ていて――という関係性は恋人が出来るのならば許されないだろう。恋人がいるのに毎日他の女と過ごしているなんて文面にしてもひどい。
……それは嫌だなと思った。
明知と付き合うというのは、花音のことを抜きにしたら構わないことだとは思う。明知の事が嫌いなわけではないし、少しでも嫌ってないならそういう選択肢もあり得るだろう。
例えば俺が花音と仲良くなる前だったら考えたかもしれない。結果的にそのまま付き合ったのかもしれない――でも、花音という存在は俺の中で大きい。
花音と過ごすのは楽しくて、花音がいない日常というのが、今の俺には考えられない。
――ああ、でも……もし花音に恋人が出来たり、俺より仲が良い友人が出来たら、花音は俺の側にはいてくれないだろう。
そう考えると胸が痛んで、はっとなった。
「……ごめん、明知」
はっとなったと同時に、俺は気づいた。
まったく気づいてなくて、思い至っていなかった――俺の胸の奥にある気持ちに。
「俺、好きな子いるって気づいた」
……花音のこと、俺は好きなんだなって。ただの後輩としてじゃなくて、一人の後輩として、……天道花音って女の子のことを好きなんだなって……。花音は俺が下心ないからって安心してああいう姿を見せて無邪気に笑っているのにとっくの昔にきっと、花音に惚れていたんだってそんな事実に気づいてしまった。
「はは、何それ。今気づいたの?」
「ああ。……ごめん」
「それって、前にプレゼント選んでた子?」
「ああ。そうだな」
「そっか……。なら仕方ないね。上林君、好きな子いたら他の子と付き合ったりなんて出来なさそうだもんね。あ、でももしその子と上手く行かなかったら私の事頼ってね?」
「フラれたらお世話になるかもな……。というか、俺も告白する」
「今気づいたばかりなのに?」
「ああ。あいつのこと、好きだって気づいたならこのままじゃ駄目だ」
……花音に下心がある状態で、花音とこのまま通りに過ごすというのは何だか花音のことを裏切った気持ちになってしまうから。
だって花音は俺がただの先輩として接するからああなわけだから……伝えて距離をおくことになったり、花音との縁が切れたら悲しいけれど、その時はその時だ。
それに花音は聡いから、俺の気持ちの変化にすぐに気づきそうだし。
そう答えたら明知は笑った。
「頑張ってね」
明知は俺にフラれたという形になるというのに、笑って俺を送り出してくれた。
その後、俺は空き教室を出たわけだが……何故かそこには倉敷と三瓶がいた。
「……何しているんだ?」
「上林が委員長に呼び出されたって聞いて!!」
「ごめんね。私も達史も気になっちゃって……」
俺と明知が連れ添って空き教室に行くのを見られたらしく、二人は気になったらしい。
「いや、付き合わないよ」
「そうなのか? 明知と上林だったらお似合いだと思ったんだけど」
「あれでしょ! 前に出かけていたっていう恋人みたいに仲良しな子がいるからでしょ!! やっぱり恋人なんでしょ?」
……勢いよくそんな風に話しかけられる。ちなみにそうやって倉敷と三瓶に捕まっている間に明知は教室を出てそのまま頭を下げて帰っていっていた。
「あー……うん、恋人ではないけど、なんというか、好きだと気づいたというか。だから断った。そして、倉敷、ごめん」
「ん? 何で俺に謝るんだ?」
「きゃー、やっぱりそうなの? いいわねー。というか、達史に謝るって事はあれじゃない? 上林君の好きな人って天道さん?」
「えーと、うん、ああ、そうだな……」
「おー!! 俺と一緒なのか。花音ちゃん可愛いもんな。でも何で謝るんだ?」
「あれ、というか恋人みたいに仲良い子がいるのは知っていたけど……前に言っていた明るくて楽しい友人っていう子のこと好きなのかなって思ったんだけど」
三瓶はよく俺が前に言っていたことを覚えているなと思った。廊下で話していて、人が来て聞かれても困るので、先ほど明知と会話を交わした空き教室に三人で入った。
「それでそれで?」
「……ちょっと言いにくいんだけど、前に言った明るくて楽しい友人って花音のことから」
「え? ってことは上林、花音ちゃんとデートしてたの? すげー」
倉敷は花音の事が好きだと前面に出していたので、こんなこと言えば何か言われるかなと思っていたが、倉敷の反応は違った。
「え、あれ、天道さんなの? 天道さんは明るくて楽しいってイメージとは違ったのだけど」
「別に花音ちゃんのことを好きな人は沢山いるんだから、わざわざ謝る必要はないぞ。というか、花音ちゃんのこと、花音呼びとかすごい!!」
「夏ぐらいから仲良くしていて、結構花音は元気なんだ……」
そう告げたら恋バナが好きらしく俺をキラキラした目で見ている。
「夏ぐらいから? 天道さんとそれだけ仲良しなの? すごーい。じゃあ、天道さんと付き合うの?」
「いや、それは花音次第だろう。気づいたからちょっと告白しようかなとは思っているけど……」
「告白!! 凄い勇気だわ。呼び出すの?」
「いや、家で」
「はい?」
家でといったら三瓶にも倉敷にも目を剥かれた。
今までの事を説明したら固まられた。……俺のところに花音がいつもいたら驚きだよな。
「……上林君、それは大丈夫よ」
「上林、そんなに花音ちゃんと仲が良いのか……!!」
「いや、だって花音の気持ちは誰にも分からないだろ」
「上林君……いや、もう何も言わないわ。告白、頑張って!!」
「上林、頑張れ。告白する勇気がある上林は凄いと思うぞ」
俺の言葉に三瓶にはなぜか呆れたような目を向けられ、倉敷には応援された。
『きー君、まだかえらんとー?』
『もうすぐ帰る』
花音からの連絡にそう返事を返し、俺は緊張しながら帰路を歩くのだった。
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