花音の幼馴染

 花音は楽しそうに電話をしている。よっぽどその“えーちゃん”という子と仲が良いのだろう。



 電話口で、そのえーちゃんが何を言っているかは俺には聞こえないが、長崎の子なのか、花音ががっつり方言で喋っている。同じ方言同士の会話だからか、何だか俺に話す時よりも早口で、何と言っているかいつもより分かりにくい。



「えーちゃん、あんさ」

「お兄ちゃんは――」



 固有名詞は流石にわかるけれど、方言は他の地域の人からしてみれば難しいよなとそんな風に思った。



「え、きー君? おっよ」


 花音が電話に出てしまったので、俺はのんびりゲームを続けていたのだが、突然俺の名前が出てきた。何で花音は電話で俺の話をしているんだか……。「おっよ」とは、いるよってことかな?



「うんうん。ここ、きー君家やもん」

「え、大丈夫よ。きー君は紳士さんやもん」



 なんというか、目の前で自分の話題を出されると何とも言えないむず痒い気持ちになる。

 というか花音は長崎の友達に俺の事を結構話しているんだろうか。……どういう風に話しているんだか。




「ねーねー。きー君、えーちゃんがきー君とはなしたかっていいよっけど、どうすー?」

「え、俺と? というか、えーちゃんって誰なんだ?」

「うん。きー君と話したかって。あ、えーちゃんはね、前に言ったやん。幼馴染おーって。そん幼馴染なんよ。中学まで仲よくしとってね、今でもよく連絡とっとっと」



 花音はそう言いながら俺を見る。というか電話も保留にしていないみたいで、「是非、話したいわ」という女の子の声が聞こえてくる。


 花音の幼馴染って、確か前に話題に出ていた子か。

 花音も変わってほしそうにしているし、俺も花音の幼馴染は気になるし、いいかと変わることにする。



「えーっと、初めまして。上林喜一です」

『初めまして。私は堂ケ崎絵麻(どうがさきえま)です。よろしくお願いします』



 えーちゃんという名前は、その「絵麻」という名前から来ているらしい。なんだろう、言葉は親しみを込めた感じだけど、声の雰囲気はそうでもない。向こうからしたら幼馴染の女の子に近づいているよく分からない男ということなのかもしれない。



 なんだか最初に会った頃の凛久さんを思い起こしてしまった。

 というか、俺は何を話せばいいのだろうかと悩んでいたら堂ケ崎さんの方から声をかけてきた。



『花音がいつもお世話になっています』

「俺も楽しいので問題はないですよ」

『……凛久兄が許しているから問題はないと思うけれど、花音を悲しませたら許さないですからね?』

「そんなことをする予定はないから安心してください」



 花音は本当に周りに愛されている子だなと、何だか嬉しくなった。


『ちゃんと言い切ってくれて安心しました。花音は地元でも可愛がられていますから、本当に何かあったら花音の自称保護者たちが暴走しますからね』

「なんですか、自称保護者って」

『田舎は近所づきあいが深いですからね。周りのおばあちゃんおじいちゃん、おばちゃんおじちゃんも含めて、花音の事を可愛がってますから』




 周りも皆方言だし、花音も方言丸出しで長崎では過ごしていただろう。素の花音は無邪気で、確かに年上には可愛がられそうだ。





『上林さん、くれぐれも花音をよろしくお願いしますね? 花音はしっかりしているのだけど、抜けている面もありますし、なんせ同性の私から見てもあんなに可愛いから心配なんですよ』

「ああ。もちろんです」

『……じゃ、花音に代わってください。あと長崎に来ることがあるなら、花音と一緒にうちに泊まってってください。うちの両親も花音のいうきー君に興味津々ですから』




 ……俺のことは堂ケ崎さんの両親にも伝わっているらしい。あれなのか、長崎ってこっちより情報伝達がはやいのだろうか。それとも東京より、人と人の結びつきが強いからなのか。


 そんなことを考えながら花音に電話をかわった。



「きー君、やさしかやろ? よか声やろー?」



 何故か花音は自慢するように堂ケ崎さんにそんなことを言っていた。何で花音はそんな自慢をしているんだか……。



 とりあえず花音の電話が終わるまでの間に、夕食の準備を始めることにする。今日はすき焼きにする予定で、昨日のうちにもう材料は購入してあるのだ。

 準備を進めていれば、電話をしていた花音が俺の行動に気づいた。



「あ、きー君、ごはん準備しとっと? 私も準備手伝う!! じゃ、えーちゃん、またね!! 私、きー君とごはんつくっけん」



 そう言って花音は電話を切ってしまった。俺一人でも準備出来るから別にまだ話していて良かったんだが。



「きー君、手伝う」

「俺一人でも準備出来るんだが」

「そがんことしっとーよ。私がきー君と一緒に準備したかだけやもん。一人でご飯作るより一緒に作った方がたのしくなか?」

「まぁ、そうだな」

「あ、そうだ。きー君、えーちゃんよか子やろ? しっかり者で、同じ年やけど、お姉さんみたいな雰囲気あって、私えーちゃんのこと、大好きなんよ」



 花音は堂ケ崎さんの事を自慢するように、そんなことを言う。確かにしっかりしている雰囲気はあった。



「あと長崎来っとやったらえーちゃん家泊まってっていいよったよ」

「ああ。俺も言われた」

「えーちゃん家は私の第二の家みたいなもんやけん、きー君と一緒にいけっと思うと楽しみやね!!」



 花音の中ではもうすっかり、俺と長崎にいつか旅行に行って堂ケ崎さんの家に泊まることになっているらしかった。



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