花音の実家 ⑤

「喜一、ラーメン食べに行くぞ」

「はい」




 家に帰って数時間経過したころ、凛久さんにラーメン屋に誘われた。




 俺も凛久さんのお勧めのラーメン屋さんが気になるので、頷く。俺が立ち上がれば、側にいた花音も「私もー」といっていたが、「俺は喜一と話したいからな。花音は今度な」と言われていた。




「えー、なんで? お兄ちゃんばかりきー君と仲よくしてずるいやんかー!!」

「花音は今度、喜一と出かければいいだろう。男同士で会話をしたいこともあるんだ」

「むー、んー、じゃあ明日はお兄ちゃんにはきー君は渡さんよ! きー君は明日は私とデートやね!! おうちでデートでもよかし、出かけてデートでもよかよ!! とりあえずきー君を独占すーよ!!」

「おう。それでいいぞ。今日は俺が喜一をラーメン屋に連れてく」



 やっぱり何だか前と同様に勝手に色んな話が進んでいる。まぁ、俺はどっちでも楽しいからいいけれど。



「あらあら、凛久も花音も喜一君が大好きなのね」

「デートとは何を言っている……」




 咲綾さんの楽しそうな声と、栄之助さんの何とも言えない声が聞こえてくる。



 俺はのんびりと成り行きを見習っていた。そうしていれば、花音と凛久さんと会話が終わったらしい。俺は凛久さんと二人でラーメン屋に行くことにする。





「豚骨ラーメンが美味しい店だぞ。喜一はラーメンは何ラーメンを食べるんだ?」

「醤油ですね」

「醤油か。俺はラーメンは頭骨ってイメージがつよかけんな」




 そうか。ラーメンも地域によってどういうのを食べるかというのがあるのか。俺は醤油がメインだな。でも他の味でも問題はないけれど

 凛久さんに連れられて夜の街を歩く。10分ほど歩いてラーメン屋にたどり着いた。近い。

 ついたラーメン屋のカウンターに座り、凛久さんに何が良いかと聞かれる。俺は無難な醤油ラーメンにした。凛久さんは豚骨ラーメンを頼んでいた。




「美味しい」

「だろ?」




 届いたラーメンの感想を呟けば、凛久さんが自慢げに言う。

 凛久さんのお勧めのラーメン屋は美味しかった。




「喜一はすっかり俺の家に馴染んでいるな」

「花音がいるからですね。なんだか花音の実家なのに、俺の家みたいな感覚で……」

「花音は喜一になついているからな」



 凛久さんはそう言って笑う。



「父さんとも母さんとも仲良くなれたようで良かったよ。喜一が喜一のままだからだろうな」

「俺のままだから?」

「そうだな。俺や花音は、自分で言ったらこう嫌味かもしれんが、目立つ顔しているだろ」

「はい。そうですね。花音は美少女ですし、凛久さんは美男子ですしね……」



 凛久さんの言い方は人によっては、嫌味に聞こえるかもしれないけれど、凛久さんは自然体だ。なんだろう、凛久さんも花音もだけど自然体なんだよな。急に人からもてはやされたわけじゃなくて、きっと幼いころからそうだったのだろうと分かる。



「だから俺達が仲良くなると勘違いするものも多いだろう。俺もちょっと仲よくしたら勘違いされてややこしいことになった経験もあったからな。花音もそういう嫌な思いはしたこともある。喜一が喜一のままだから花音は余計に懐いているんだろうな」

「俺の場合はなんというか……噂や自惚れの怖さってのは分かってるので」



 花音はあれだけ無邪気で、幸せそうに生きている――でもあれだけ美少女なら良い思いと同時に嫌な思いもしているだろうと思う。花音って無邪気でも色々と考えているタイプだろうからな。



「ふぅん、何かあったのか?」

「んー、なんというか中学の時に……幼馴染が高校デビューならぬ中学デビューしてややこしいことになったんですよね」



 特に誰かに話したりしていなかったことだが、別に凛久さんになら良いかと思って口にする。

 そう、住んでいた地元、高校に入学するまで住んでいた場所は知り合いばかりだし、幼馴染もいた。家族同士で交流があった。



「中学デビューして急に異性にモテてなんというか……それで俺がその幼馴染の事が好きだと勘違いされたんですよね……」



 ただの幼馴染として仲よくしていただけだった。だけどなぜかそういう態度をされた。否定しても聞いてもくれないし、向こうも告白してきたわけでもないし、寧ろ周りに「私はただの幼馴染と思っているけど喜一は私が好きで~」みたいなことを言っていたらしい。そういう話を聞いた時全く何のことだか分からなかった。



「へぇ……それって喜一が身近な異性だからってことか」

「そうですね。その幼馴染は外面もいいし、中学に入学してからは特に人気者になっていて、俺はまぁ、目立つ方でもないので余計にややこしいというか」

「ふぅん。それで?」

「なんだかその幼馴染は俺が好意を抱いていると思い込んで、暴走気味になってましたね。生徒達を味方につけて訳が分からない雰囲気になってました。一部はちゃんとそのあたり分かってくれてたのですけど、見知らぬ男子生徒に突然悲しませるなって言われたり、後半は特に居心地悪くて。そういう経験があるから、なんだろう……噂や思い込みは怖いなと思っているんで」




 噂や思い込みというのは怖いことで、勘違いして自惚れることも恐ろしいことだと思う。実際に俺はその幼馴染がそういう思い込みで行動して、なんとも居心地が悪い中学生活を送ったわけで……、やっぱり自分が嫌だったことはやるべきではないからな。




「ふぅん。それで喜一はそうなんだな。なら、俺はその幼馴染の子に感謝すべきか?」

「感謝ですか?」

「ああ。だって喜一はその時に嫌な思いをしたかもしれないけれど、今の喜一がいるのはその経験のおかげだろう? そういう経験がなければ喜一は今の喜一ではなかっただろうし、そうなれば花音もこんなに懐かなかったと思うぞ」

「……凛久さんもやっぱり花音の兄ですよね。なんというか、前向きというか」

「ははは、まぁ、母さんがそういう性格だからな。花音も同じこと言うだろうな」



 なんというか、本当に凛久さんも前向きだと思う。高校で地元を離れたのも、そういうことがあったからだけど――実際、幼馴染の件がなければ俺も今の高校に通わなかったかもしれない。そのまま地元で過ごしていただろう。そうすれば俺は花音と出会わなかっただろうし、こうして花音の実家に来ることもなかったかもしれない。



 そう考えると確かに今が楽しいのは、そういう事があったおかげで此処に居ると思うと良かったともいえるだろう。

 



 それからしばらくして凛久さんと会話を交わして家へと戻った。花音が「おかえりー。きー君、お兄ちゃんとなん、話したと?」と花音が玄関まで迎えに来てくれた。



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