花音の実家へ向かう ②
「次は乗り換えよー、きー君」
「ああ」
花音に手を引かれて、電車を降りる。行ったこともない駅で、きょろきょろしてしまう。花音はそんな俺を見て楽しそうに笑っている。
「きー君、私が案内すっけんね。心配せんといて。私はきー君を置いていったりせんけん」
そんな会話をしながら花音は俺の手を引いたまま歩き出す。花音はいつもより楽しそうだ。よっぽど俺と一緒に実家に向かうのが楽しみらしい。
「次はバスにのって、その後もう一度電車乗けんねー。行くよー」
花音は「こっちこっち」と俺の手を引く。次にバスに乗った。バスに乗っている間に、俺は少し眠くなってくる。
「きー君、眠ってよかよー。降りる時おこすけん」
花音がそう言ってくれたので、俺は少しだけ眠ることにした。バスに揺られながら目を閉じる。
「――きー君、つくよ」
そんな花音の言葉にはっとなって目を覚ます。気づけば俺は花音に寄りかかっていた。
「ごめん、花音」
「寄りかかっていたこと? 全然きにせんでよかよ。きー君、寝顔かわいかよね!」
「いや、可愛くないだろ」
「かわいかよー」
「……それを言うなら花音の寝顔の方が可愛いだろ」
「私、かわいかもんね!」
うん、週末に見かける花音の寝顔の方が俺の寝顔より断然可愛いことは確かだろう。というか、俺の寝顔を可愛いなどというのは花音ぐらいである。
花音に手を引かれてバスを降りる。
「きー君、飲み物かわん? あっちに自販機あったよ」
「そうだな。買うか」
「きー君、何のみたかー?」
「んー、そうだな。アップルジュースかな」
「このアップルジュースおいしかよね。私も好きよー。私はこれのもーと」
そんな会話をしながら自販機で飲み物を購入した。あともう一つ電車に乗れば、花音の実家である。……花音の家族が良いと言っているというのは知っているし、花音は俺を家に連れて帰りたいと思っているというのは知っている。けれども花音の実家に行くこと自体は緊張する。本当にいっていいものなのかとそんな気持ちになるのも当然であろう。
「きー君、どがんした?」
「いや、花音の家、緊張するなぁと」
よく考えていればただ親しくしている後輩の実家に、年末年始という特別な期間にお邪魔するのも変な話なんだよなぁ……などと思いながら答える。
「緊張なんてせんでよかよ。大丈夫!! お父さんがきー君虐めるんやったら私とお兄ちゃんで守るけんね!」
花音の父親は凛久さん同様、花音のことを可愛がっていると聞くし、どんな反応を示すのだろうかとそんな風に不安に思ってしまう。
そんな俺に花音はにこにこと微笑みながらそんなことを言う。
「きー君、きー君は不安なんて感じんでよかとよ。きー君は私にお持ち帰りされとるだけなんやけん、思いっきり楽しめばよか」
俺はちょっと緊張をしながらも、花音に手を引かれて、最後の電車に乗る。最後の乗り換えの電車もそんなに混んでいなかった。花音と一緒に並んで座る。
「きー君、緊張まだつづいとる?」
「そうだな」
「大丈夫よー。私、きー君のこと、大好きやけん」
満面の笑みで躊躇いもせずに花音はそんなことを言う。なんだろう、不安を感じていても花音の屈託のない笑みを浮かべているとなんでも大丈夫な気がする。
何と言えばいいんだろうか、花音の笑顔って本当に見る人に安心感を与えるような不思議な力がある。少なくとも俺は花音が味方でいてくれるという事実があるだけで、何でも出来るような錯覚をしそうにさえなる。
「お母さんはきー君のこともう気に入っとるし、お父さんも何だかんだ私と好みにとるけん、気に入るはずよ!!」
「そうだといいなぁ。花音のお父さんと仲良くなれないなら、近くのホテル泊まるよ」
「そがん心配せんでよかって。お父さんが嫌言ってもきー君はうちん家泊まるんだよ。それにきー君は私がお持ち帰りしとっと! きー君が他んとこいくんやったら私もいくと!」
花音は何回、俺をお持ち帰りしているなどといっているのだろうか。花音の元気な声を聞いた周りの客がちらほらこちらに視線を向けている。
花音ががっつり方言をしゃべっているからもあるだろうけど……、何だかほほえましい目で見られている事実に何とも言えない気持ちになる。花音は俺にはすっかり慣れ切っていて、方言を出しまくっているからなぁ……。
なんて思っていたら、
「仲良いわねぇ」
などといいながらおばさんに話しかけられた。優しそうな笑みを浮かべている。
「私ときー君は仲良しです」
「ふふ、貴方達はこれからデートなの? 恋人?」
「私の家にきー君を連れて帰るのです。恋人ではないですよー」
おばさんが不思議そうな顔をした。俺も改めて客観的に考えて俺と花音の関係ってよく分からないよなと思う。俺と花音はただのお隣さんで、仲よくしている先輩後輩なだけである。だけどなぜかそんな仲なのに俺は花音の実家に年末年始行くことになっている。
「家に連れて帰るの? 本当に仲が良いのね」
おばさんは驚いた顔を引っ込めて、にこにこと笑いながらそう言った。
それからしばらく降りる駅にたどり着くまでおばさんと会話を交わすのであった。
花音は俺と仲良しと言われて嬉しかったらしく、にこにことしながら話していた。
そして、花音の実家の最寄り駅に辿り着く。
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