文化祭④
「そろそろ劇を見に行こうか」
「はい」
凛久さんと文化祭の出し物を見て回っていると、すっかり時間が経過して、花音の劇を見に行く時間になった。花音が一生懸命練習していたことは知っているので、花音の劇が俺は楽しみだ。
練習に付き合っていたから劇のおおまかな流れは知っているけれど、最初から最後まで通してみるのは初めてだし、余計に楽しみだった。
体育館に向かいながら凛久さんの方を見る。凛久さんは相変わらず周りから注目を浴びているが、一切、気にした様子はない。花音がいる時はいつもシスコン全開で、花音と同じようにもう少し元気なイメージだが、今、隣を歩く凛久さんは落ち着いた男性にしか見えない。
花音といい、凛久さんといい、周りが知らない一面を持っていて、その一面を俺は知っているのだと思うと、ちょっとだけ嬉しかった。
体育館へとたどり着いて、中へと入る。花音の劇はなるべく良い席で見るために、はやめにここにやってきたわけだが……、流石、人気者な花音が主役の劇というべきか、腕に最前列は埋まっていた。とはいえ、はやめに体育館に来れたというのもあり、それなりに良い席には座ることが出来た。
体育館に入る時にもらったパンフレットを見る。花音のクラスメイトが作ったというそのパンフレットは、とても手が込んでいる。花音の紹介ページの気合の入りようはすさまじかった。
そのパンフレットを見るだけでも花音がクラスメイト達に好かれていることが分かって、何だか少しだけ嬉しかった。
……凛久さんも夢中になってパンフレットを呼んでいたが、流石に人が大勢いる前だからか家にいる時のように騒ぐことはなかった。絶対内心では花音のことを考えてテンションが上がっているだろうなとは思うけれど。
そんなことを思いながらパンフレットを見ながら花音の劇の始まりを待つことしばらく――、花音の劇が始まる時間になった。
とあるところに美しいお姫様がいました。
そんなナレーションと共に、花音が演じる劇は始まった。それにしてもナレーションの女子生徒の声も落ち着いていて、聞き心地が良いものだった。舞台の上に用意されているセットもかなり本格的で、これだけ手が込んでいたら毎公演席がほとんど埋まるのも分かる気になった。
舞台に登場したドレスを身に着け、着飾っている花音はとても美しかった。
所作も丁寧で、美しく、見ているものに本物のお姫様だと誤認させてしまいそうなほどに、お姫様らしく振舞っていた。
あれだけ練習したのだから、これだけ演技が上手いのも当然だよなと花音のがんばりを感じる一方、これだけ完璧な花音を学園で見ると余計に手が届かない遠い存在な気分になってしまった。
もちろん、家に帰れば花音は普通に俺の家にいるだろうけれど、それでもそんな気持ちになった。
花音の舞台はどんどん進んでいく。
美しいお姫様の元に求婚者が絶えなかった。だけど、お姫様はどんなに美しい人でも、どんなに身分を持ち合わせている人でも、検討することなく求婚を断っていた。
日に日に求婚者が増えることで、お姫様はどんどん不機嫌になっていく。そんな中、お忍びで王都に出かけた先で事件に巻き込まれ、お姫様は冒険を強いられることになる。
そんな物語は花音の演技力を含めて、俺が夢中になってみるには十分なものだった。
結果として長い公演を飽きもせずに俺は夢中になってみた。最終的に花音が演じるお姫様が冒険を終えて、王城に戻れた時には良かったなぁと感情移入していた。隣の凛久さんもすました顔で舞台を見つめているが、きっと内心は興奮しっぱなしだろうと確信できるぐらいの出来だった。
劇が終わって拍手が止まらないのも、この劇が素晴らしかったという証だろう。
幕が閉じた後、「すごかった」「流石、花音ちゃん」などという声が沢山耳に入ってきた。
「では凛久さん、行きますか」
「ああ」
その後、凛久さんに声をかけて俺達は体育館を後にした。
花音の劇は終わったが、まだもう少しだけ時間がある。なので、折角文化祭にやってきた凛久さんに楽しんでもらうために凛久さんが行きたい場所に行こうということになった。凛久さんは少し考えるような素振りを見せたあと、迷わず歩き始める。俺は慌ててそれについていくのであった。
残り少ない時間を凛久さんがどこに向かうのだろうかなどと考えていたら、凛久さんは俺が予想もしていなかった行動を起こし始めた。
「花音」
……劇を終えて、すっかり制服に着替えていた花音に話しかけたのである。
もちろんだが、花音は一人で移動しているわけではない。周りには花音のクラスメイトと思しき生徒たちが複数人いる。それに加えて周りからも注目を浴びている状態だ。
そんな中で隣にいる凛久さんが声をかけたわけだから、「彼氏!?」とか騒いでいる生徒たちの声が聞こえた。ついでに俺も注目を浴びていて、勘弁してほしいとは思った。
「お兄ちゃん」
花音の口からその言葉が出ると周りは益々ざわめいた。いや、本当に注目を浴びすぎて落ち着かない。
「花音ちゃんのお兄さん!?」
周りが凛久さんを見て、「なんて美しい兄妹」などといっている中で、俺は「なんであいつは花音ちゃんの兄と一緒にいるんだ?」といった視線を向けられている。うん、落ち着かない。
「ところでその方は?」
花音と一緒に居た生徒が俺の方を見て、凛久さんに問いかける。
「ああ。こいつは喜一。初めてこの学園に来たから案内してもらって、一緒に色々回ってたんだ」
凛久さんがそう答えれば、花音が俺の方に視線を向ける。まるで今気づきましたといったリアクションを取っているが、多分、花音はそう演じているだけだろう。
「そうなのですか。兄がお世話になりました。ありがとうございます」
「気にしなくていいです。天道さん」
なんだか花音にそう返事を返すのは不思議な気持ちになった。その後、話の流れで花音に名前を聞かれたので注目を浴びながら花音に名前を告げなければならず、周りからは何故あいつがといった視線を向けられ、大変居心地が悪かった。
花音との会話はそれだけで終わり、凛久さんは花音と合流していったので俺はそのままクラスに戻ることにした。
その間も先ほどの一件で少しだけ注目を浴びていたり、クラスに戻れば倉敷に「あれ、花音ちゃんのお兄さんだったのか!?」などと騒がれ、少しだけ疲れてしまうのであった。
その後は特に問題も起こることはなく、クラスの手伝いをしていたら文化祭は終わる時間を迎えていた。
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