先約があると言っていた相手は俺の家にいる。

 体育祭の競技の練習が進められている。正直、運動をすることはそこまで得意ではないが、クラスの足を引っ張ることはないように練習をしている。



「上林君、頑張ってるね」

「そうか?」



 クラスメイトに声をかけられて、俺は答える。



「うん。上林君って、あんまりクラスメイトとも喋ってないから真面目にこういうのやるイメージなかったけど、真面目にやってるなって」



 そう言って笑いかけてくるのは、このクラスの学級委員長を務める明知裕美子だった。

 比較的クラスメイト全員に話しかけてくれるような委員長で、長い黒髪を三つ編みにして緑色の縁の眼鏡を見に着けている。

 ゆうき以外とはあまり話さない俺にも話しかけてくるのでいい子だと思う。



 その後は特に明知と会話をすることなく、黙々と体育祭の練習をしている。

 そうしていると、倉敷たちの会話が聞こえてくる。



「花音ちゃんに断られた……」

「達史、落ち込まないで! 私たちで遊びましょうよ」



 どうやら花音を誘って、断られたことで落ち込んでいるようだ。



「先約がいるって……もしかして花音ちゃん、彼氏とかいたりするのかな……」

「天道さん可愛いもの……。もしかしたら彼氏ぐらいいるかもしれないけど。い、いたとしても私が――」

「ああああ、だよなぁ。花音ちゃん、可愛いもんなぁ。彼氏ぐらいいても仕方ないか? いや、でも確定ってわけでもないよな……。よし、今日思いっきり郁子たちと遊んでから、また後日チャレンジするぞ! 花音ちゃんもたまたま用事があっただけかもしれないし」

「……そうね」

「ん? どうした、郁子」

「なんでもないわよ! それより体育祭の練習するわよ。かっこいい姿見せられたら天道さんだって達史のかっこよさに気づくわよ!」



 花音が先約があるって断ったか。となると、今日は花音は俺の家には来ないのか。



 と、そんなことを思いながら、体育祭の準備が終わって家に帰ったら……、すぐに花音が俺の家にやってきた。









「おじゃましまーす。きー君!!」



 花音はにこにこと笑って、俺の家に入ってくる。




 先約っていうのは何だったのか。もしかして俺の家に来ることが先約なのか……。

「ん? きー君、どうしました?」

「いや、先約あるって断ったんだろ?」

「あー。もしかして私が断った相手、きー君の知り合いとかだったんですか?」

「クラスメイトだよ」

「そうなんですねー。じゃあ、ちょっと悪いことしちゃったかな。でも私きー君と遊ぶ方が楽しいですもん」

「……そうか」



 倉敷には申し訳ない気持ちにはなるが、花音が俺と遊ぶのが楽しいと言ってくれるのは嬉しいと思った。



 花音はまるで自分の家でくつろぐように、ソファに座ってテレビを見ている。丁度、テレビではドラマをやっている。

 今日から一話が放映されるというドラマを花音はなぜか俺の家で見ているのだった。自分の家でも予約しているらしいが、わざわざこちらに来ているのは花音が誰かとドラマの楽しさを共有したいからというのもあるだろう。

 ちなみにこのドラマは青春系のラノベのドラマ化らしい。俺はその原作は呼んだことがないので、一緒に見ることにした。



 高校生同士の恋愛物語のようで、見ていてこっぱずかしい気持ちになる。あんまりこういう恋愛ドラマ見ないから落ち着かない。花音は全然、気にすることなく楽しそうにドラマを見ている。

 一時間ほどのドラマが終わった後に、花音は俺の方を勢いよく振り向く。



「ねー、きー君、さっきのドラマのヒーローがいってたこの台詞いってくれません? 俳優さんの演技とか声もいいんですけど、私きー君の声の方が好みなんですよね!!」

「お、おう。でも俺台詞まで覚えてないぞ?」

「大丈夫です。私が覚えてますから」



 花音は流石学年一位の成績と言うべきか、記憶力が良いようだ。先ほどのドラマのセリフを紙に書くと、「是非、言ってほしい」とニコニコしていた。

 花音がキラキラした目で見てくると断れないので台詞を言う事にはなるのだが、ドラマを見た後だとなんかそういう恋愛のドラマを見た後に言うのは恥ずかしい気持ちになる。



「あれ、きー君、なんか照れてます?」

「いや、うーん……さっきああいうドラマ見た後に俺に同じセリフを言うのはなと……」

「あはは、そうなんですか? きー君、そういう所可愛いですよね! ふふふ、恥ずかしがっているきー君が言う台詞もありですね。よし、是非、その恥ずかしがったままどうぞ!!」

「……ああ」



 結局花音にせがまれて断れなかったので、俺は顔を赤くしたままその台詞を言うのであった。花音はドラマとは違う表情や言い方になったというのにも関わらず、「ふふふ」と嬉しそうになぜか笑っていた。


 それからその日も花音は夕飯を食べて、22時ぐらいに部屋に戻っていくのであった。


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