後輩の兄の襲来 3

「上林先輩、大丈夫でしたか? お兄ちゃんが変な事を言ったりしませんでしたか? 変な事をしたりとかしませんでしたか?」



 俺の部屋に戻ってくるなり、天道は凛久さんの事を一瞥もせずにまっすぐにこっちを見てそんなことを言った。

 なんというか、凛久さんがシスコンだからだろうが……俺に対して変な言動をしていると思い込んでいるようだ。




「ひどいな、花音。俺はちょっと上林君と話していただけだよ? 可愛い花音が心配するようなことは何もないから安心していい。それにしても怒った花音も可愛いなぁ」

「お兄ちゃん!! 私が可愛いっていう当然のことは今はいいから!! それより本当に上林先輩に失礼な事をしていないの? 上林先輩には私はお世話になっているんだからね!!」


 天道は凛久さんに対して、そんな風に言って俺の方をまた向く。



「大丈夫でしたか?」

「ああ。凛久さんは俺に失礼な事は何もしていない」



 天道を安心させるためにも笑いかけてそう告げた。だけど天道は予想外の反応をした。俺の言葉を聞いた天道は固まった。

 どうしたのだろうかと、「天道?」と声をかける。

 天道は急に凛久さんの方を向くと叫んだ。



「ちょっとお兄ちゃん!! 上林先輩の事を気に食わないって態度しておきながら、何ちゃっかり名前で呼ばせてるの!!」

「……花音とこんがらがるだろう? 俺は上林君が本当に安心できる存在か確認するためにもちょくちょく様子見に来る予定だからな」

「そんな事言って!! お兄ちゃん、実は上林先輩の事、気に入ったでしょ!! 私に相応しくないとか決めたらすぐに排除にかかるくせに! まぁ、お兄ちゃんが私の周りからいなくならせようってする人って本当にしょうもないような人が多いから感謝してるけど!!」



 天道は凛久さんが俺に名前で呼ばせている事で固まっていたらしい。そんなことで……と思いながら二人の会話をただ聞いていた。


 そしたら天道がくわっとした顔をしてこっちを向いた。




「上林先輩!! お兄ちゃんの事を下の名前で呼ぶなら私のことも下の名前で呼んでくださいよ!」

「え」

「だって、このままじゃお兄ちゃんの方が上林先輩と仲良しって感じじゃないですか!! 私の方が上林先輩と先に仲良くなったし、お兄ちゃんよりも上林先輩よりも仲良しなんですからね!! ほら、はい、花音とどうぞ!!」



 勢いよく天道はそう言って、俺に下の名前で呼べとキラキラした目で見てくる。



 流石に天道の事を下の名で呼ぶのは……というか、凛久さんの前で呼んでいいものなのかとちらりと凛久さんを見れば、目が『花音が望んでいるんだから呼べ』と語っていた。

 天道は呼ばないのかと、呼んでほしいと視線を向けてくる。本当に犬の耳や尻尾の幻想が見える気がする。



「……花音」



 下の名前を口出せば、天道――花音は花が咲いたような笑みを溢した。



「ふふふっ! 上林先輩の心地よい声で下の名前で呼ばれるの凄く良いですね!! このまま花音って呼んでくださいね!!」

「ああ」

「あと、私も上林先輩のこと、下の名前で呼んでもいいですか? 互いに下の名前で呼んだ方がこう、仲良しって感じしません?」

「構わないが……」

「えっと、じゃあどうしようかな。喜一先輩? んー、もっと仲良しって感じがいいから喜一君かな?」



 花音はにこにこと笑いながら、俺の呼び名をどうしようかと頭を悩ませているようだ。



「よし、決めました!! 今度からきー君って呼びます!!」

「きー君?」



 そんな呼ばれ方するとは思わなかったので思わず復唱してしまった。



「はい。きー君って呼びます!! 私ときー君は仲良しですから! あ、きー君ももし私の事をあだ名で呼びたいっていうんだったらあだ名でも構いませんよ!! 互いにあだ名で呼びあうとか本当に仲良しって感じしますし」

「いや、花音って呼ぶ」

「えー、それは残念。あ、でも下の名前の呼び捨ても十分嬉しいですけどね!!」



 流石にあだ名で呼ぶのは躊躇われたので、結局呼び捨てにすることになった。花音は嬉しそうに笑っている。俺が名前で呼ぶだけでそんな風に笑うのは、可愛いと思う。



「花音も上林君も近い!! あと、俺も上林君の事は下の名前で呼ばせてもらおう」



 花音が嬉しそうに「きー君」と呼びながら近づいていたら、凛久さんが俺と花音の間に割って入った。そしてなぜか凛久さんも俺の事をしたの名前で呼ぶとか言い出している。



「お兄ちゃんはきー君とそんな仲良くないんだから、名字で呼べばいいじゃん!! やっぱ、お兄ちゃん、きー君の事を気に入ってるでしょ!!」

「上林君より喜一君のが呼びやすいだろ。いや、長いと呼びにくいな。呼び捨てにしよう」

「……もー。知ってるんだからね? お兄ちゃんが人の好みが私と似てるってこと。私がきー君の事が好きってことは、お兄ちゃんもきー君の事が好きってことだもん!!」

「まぁ、花音に近づく男は総じて嫌だが、それを抜きにしたらそこまで嫌な感じはしないのは確かだが」

「むー、私の方がきー君と仲良しなんだからね!!」

「むくれてる花音も本当に可愛いなぁ……」

「お兄ちゃん!!」




 そんな言い争いをしている天道兄妹を横目に、三人分の飲み物を用意するのだった。

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