第2話『夏の唄』

夏のある日。8月も中旬に入った頃。

俺、夏色かしき なぎさは、少し前に彼女が出来た、今年から彼女いない歴=年齢の俺の敵でありながらも、昔からの友達の、朝日あさひ じゅんと一緒に、山奥にある、田舎の俺と純の祖母の家へこれから泊まりに行くことになった。

俺と純は幼い頃からの幼馴染みで、それこそ今から行く俺と純の祖母が子供の頃から仲が良く、いつしか俺と純は、『老夫婦並みの安定した友達』と言われるようになるほど、いつも純と俺は仲良しだった。

と、言っても、もう俺の方の祖母は俺が生まれる前に故人になってしまったが。

「あのさあ、渚、いつまでも俺をそんな目で見るなって」

「だって!だってお前、あの密かに人気だったあかねちゃんを!あーあ、あーーーあ!俺の薔薇色の人生が、どんっどん失われてく……」

ぐったり、とへこみながらも、景色の広い小さな小道を歩くこと数分。

ここの、前、左、右と枝分かれした道を真っ直ぐ進めば、祖母の家に着く。

・・・のだが。


一歩踏み出した瞬間に、綺麗な歌声が、どこからともなく聞こえてきたのだ。


「~♪~~♪~~♪」


俺は思わず、声の聞こえてきた右の小道へと曲がり、左右に真緑の田んぼや、まばらに設置されている木製の電柱を通り抜けると、この村の神社へと繋がっている大きな山があった。

そこの階段を急いでかけ上り、一段じゃコケそうだと、二段、三段と飛ばして階段をかけ上ると、数歩歩いた先には、お祭りがこれからあるのか、それともあったのか、屋台が神社を中心に周りに設置されており、綺麗に掃除されていた小さなお寺のような神社が、そこにポツンと建っていた。

「~~♪~~♪~~~♪」

しかし、声の主はここではない。この神社の奥だ。確かこの奥は───

「おーーい、渚ーー。どうしたんだ、急に走り出したりして?」

しかし、純が来たとたんに、その声は唄がまだ途中だったと言うのに、フッ、と、ろうそくに消された炎のように、一瞬にして消えてしまった。

「いや、何だか綺麗で、懐かしいような歌声が聞こえてきたような・・・」

「本当か?ここんところそういう嘘をずーっと聞いてきたしな。それに!」

純がジトッとした目で睨んでこちらを見るので、ドキリとしてしまった。

あ、しまった、バレたか。

「お前、ここの村に着いたら荷物交代するって約束したじゃねーかーー!」

「ちょっと待ってちょっと待って!?ここじゃ狭いから!せめて、せめて、ここの階段降りてからスタートして…頭を叩くなあぁ!」

俺と純とのそんな戯れが、端から見れば微笑ましいのだろう、遠くでこちらを見つめる、純白のワンピースと、真っ白で綺麗なリゾートハッわトに身を包んだ、俺達と年が同じくらいの見た目の、美しい女性が…。

「あれ、ん?」

そこの神社の奥にある、数基のお墓の近くに、今、いたはずなんだけどなぁ・・・。


「いでで……分かったって、後でいくらでも持ってやるから、ほら、せっかくここに来たんだし、お参りがてら、あのお墓にもさ。」

腕で首を締め始める純を誤魔化すかのように、目の前にある神社の奥のお墓に目を向ける。

「まぁ、それもそうだな。昔から一年ずつ夏にここでお参りとお墓参りしてるし、今年もここでしようか。」

「よし、じゃあ485円ちょうだい。四方八方からご5円がありますように、で」

また首を絞められた。


仕方なく自分のお金で15円を入れて、二礼二拍手一礼をし、手を合わせて目を瞑る。


そして、今年もあのお参りをすると、


「覚えてる?」

ふと、そんな声が聞こえてきた。俺達と年相応のような、落ち着いていて、しかし少し抑揚のある少女のような声だった。

目を開けるが、隣は目を瞑って口を閉じているだけで、近くには誰もいない。

「今の唄、あなたがまだ私ぐらいに幼かった頃、私が作った唄なの。」

それは、目を開けても聞こえていた。

「あなたが私の娘のお腹の中に生まれてきて、本当に嬉しかった。だから……」

声は、だんだんと遠くなっていく。

「私の作った、貴方がまだ娘のお腹の中にいたときに歌った子守り唄を、聞いてよ───」

そうして、静かに、消えてしまった。


「なぁ、渚。」

「ん?」

俺が頭の中の余韻に浸っていると、もうお参りは終わったのか、純が肩で俺の肩をつついて、

「渚は、何を願ったんだ?」



「んーとな」



お参りで願った事は、言ってしまうと効果が消えてしまう、と、聞いたことがある。



俺は純が側に置いた荷物を持ち、俺の祖母、鈴木すずき 唄乃うたののお墓へと向かう。


「まぁ」




でも、もうその願いは果たせたと思う。


多分、あの声は──




「祖母の声が聞こえますように、かな。」



8月も中旬。

先程までは鬱陶しいと思っていた熱い太陽と青く白い大空が、神社であのお願い事をした途端に、何だか感慨深く見えた気がした。

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