誓い
「はっ…はっ…はっ」
自暴自棄になりかけながら、俺は夜の街を走り抜けた。息が切れて立ち止まりそうでも、走る、走る、走る。
俺の中で、かつてない焦燥感が身体中が駆け巡り、嫌だ、嫌だと否定する。
(ざっけんじゃねぇぞアリス…!テメェには俺が居ないとダメで、俺にはテメェが居ないとダメなんだよ…!あんなの置いたのは、なんか理由があんだろうが!!)
俺らの中での暗黙の了解とも言えるものが、一つだけ存在する。それは『冗談でも別れるなんて言わない』という事だ。たとえそれがエイプリルフールであっても、傷を負う事なんて言わない。
だから俺は焦った。冗談でもそんなことを言うはずがないアリスの置き手紙。
(何処だ…!何処にいる!!)
その気持ちは、心の中で思うだけでは止まらず、声に出して叫んでしまうほどだった。
「アリス!!何処だ!!」
深夜帯の時間で、他人に迷惑をかけるかもしれない、だけど…叫ばずには居られなかった。
スマホは持ってきて無い。慌てて旅館を飛び出してきたんだから当たり前だろう。
「クッソが…!諦めねぇぞ…!!」
そう声を出しながら、俺は片っ端から探し回るのであった。
………
……
…
「はぁ…はぁ…はぁ…」
息を切らして立ち止まり、辿り着いたのは、俺とアリスがこの旅行で遊んだ海だった。
海の波で大きく鼓膜が刺激され、先ほど走ったせいで息も切れて居る。
だけど…そんなのどうでも良いくらいの安心感を得た。
「アリス…」
見覚えのある金髪の後ろ姿、それを前にして名前を呟くと、俺の方に振り返った。
「あ、見つかった?」
まるでかくれんぼで見つかり、少しだけ罰が悪そうな顔をするアリス。見つけたらどうやって責めてやろうか、そんなことを考えていたが、いざアリスを目の前にすると、頭が真っ白になった。
「なんだよ…あの手紙」
そして振り絞った言葉がそれだった。アリスは自分の腕を後ろに回したまま、少し微笑する。
「結構遅かったね、空の事だからLINEして直ぐに気づくかと思ったけど」
「LINE?なんだそれ」
LINEというのは知ってる、つかやってるから分かるのだが、メッセージが届いていたのは知らない。だって今俺スマホ持ってないし。
「え…スマホは?」
「持ってないわ。あの置き手紙見て飛び出して来たんだっつの」
「………はぁ…全く、せっかちなんだから」
そう言ってアリスは大きくため息を吐いた。まさか…スマホにここに居ると送ったんだろうか。だとしたら俺…凄い遠回りしてないか!?
「うぐっ…だって…仕方ねぇじゃねぇか…。あんなの見たら、お前だって何もかも忘れて飛び出すだろ」
そんなところを安易に想像出来る。アリスは小さく笑って「そうだね」と返した。
「ごめんね空、でもルールは破ってない。私は一言も、空と別れたいなんて言ってないからね」
それを聞いて「あ…」と声を出して理解した。そうだ、こいつは関係を終わらせるって言っただけで…ってアレ?
「か、関係を終わらせるんだったらどっちみちダメじゃないか!?な、何か俺に至らぬ点があったか!?それなら直ぐ治す!!」
以前の俺が聞いたら背筋がムズムズしまくって変な目を向けて居るだろう。そんな言葉を放つと、アリスは微笑しながら俺に近づく。
「大丈夫、今に分かるから。じゃあ空、目を瞑って」
「わ、分かった」
言う通り直ぐに目を閉じる。目の前は暗く、真っ黒な世界。その時間が数十秒続く。
「開けて良いよ」
その言葉を聞いて、俺は徐々に目を開く。目の前には片膝をついて、小さなケースに入った指輪を差し出して居るアリスの姿。
「あ…」
気が動転しそうだった。ショート寸前の頭に、次の言葉が叩き込まれる。
「結婚してください、空」
関係を終わらす、その言葉を漸く理解した。それが別れるというものじゃない事も。
「……バカが、ならあんな言い方をしなくても良いじゃねぇか…!お陰でクソ心配したんだぞ!」
顔の半分を左手で覆った。
「ごめんね、でもあの言葉しか思いつかなかったんだもん」
そして怒気は何処かへ消え、「ふぅ」と一息を吐いた後。
「なぁ…こういうのってさ、普通男がやるもんじゃねぇの…?」
「残念、こういうのは早い者勝ちだから」
夜空に輝く綺麗な星々と、その光を反射する広大な海原。それをバックにしたしてやったり、といったアリスの笑みを、俺は一生忘れることはないだろう。
(クッソ…しくじった)
どっちがよりお互いを幸せに出来るか、その勝者は、ほぼ確定してしまった。
(この勝負、俺の負けだな)
どう足掻いても、俺がこれ以上の幸せをアリスに与えられる手段を思いつかなかった。
本当に嬉しくて…嬉しくて…涙が出そうだった。
その涙を堪えながら、今の気持ちを言葉にする。
「あぁ、喜んで」
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